第125話


 例の木の周りを一周して、僕らは半年と少しぶりくらいにケット・シーの村に戻ってきた。

 この村は、何一つ変わってない。

 まぁ、前に戻って来てから半年しか経ってないのだから、それも当然なんだけれど、魔法学校で常に何かが変わっていく日々を送る僕にとって、この村の変化のなさは、何だか妙にホッとする。

 村の入り口に置かれた椅子の上で丸まってるチャトルも、僕の身体には少し小さい家々も、全く同じだ。


 それは半年前と比べてって話じゃなくて、僕らが魔法学校に行く事になった二年前と比べても、やっぱり何も変わってない。

 或いは僕がこの村に引き取られてからだって、やっぱり変化には乏しかった。

 僕がこの村で暮らし始め、やがて人間の身体に合わせた大きめの家が建ち、更に僕をエリンジ先生がスカウトに来た事くらいが、この十数年でこの村に起きた大きな変化だ。

 つまり、全て僕に絡んだ出来事ばかり。


 他には、あぁ、五年前に新しい子供が村に生まれたって話は、一度あったか。

 その時に生まれたのは、黒と白のバイカラーの毛をしたミィネ。

 とても可愛らしい、小さな子供だ。

 逆に村の誰かが亡くなったって話は、聞いた事がない。


 ……ケット・シーって、一体何歳まで生きるんだろう?

 今までにも、同じ疑問を抱いた事は幾度かあるんだけれど、なかなか聞く勇気は持てなかった。

 何だか、それを聞いてしまうと、僕のケット・シーを見る目が変わってしまいそうな気がして。

 実際にはそんな事はなくて、何も変わらないだろうって思うんだけれど、それでも、どうしても少し怖い。


 僕は、恐らく人間の社会からは弾き出されても、そりゃあショックは受けるだろうが、最終的には仕方ないなとか、そんな風に考えて受け入れると思う。

 だけどケット・シー達から心の距離を置く事は、自分の居場所をすべて失うに等しいから、きっと臆病になってしまうのだ。



「あぁ、そうだなぁ。あのシュリーカーなら、麦畑の向こうにある丘の洞窟に暮らしてるのを数年前に見たな。今もいるかは、ちょっとわからんが」

 パイプに煙草を肉球の手でぎゅっぎゅっと詰めながら、そう教えてくれたのはシャムの父親。

 あのパイプは、人間の国で暮らすケット・シーからの贈り物だそうで、シャムの父親のお気に入りの品だ。

 扱い慣れた品だから、煙草を詰める仕草は堂に入ってるんだけれど、それでもケット・シーがパイプを握る姿は、ダンディーとは程遠い可愛らしさがある。


「元々、シュリーカーはジェスタ大森林中をうろうろしてるんだ。あのシュリーカーは例外で、洞窟で暮らしてたのは村にキリクが居たからだろう。なので、学校にキリクが行った今となっては、どうしてるかはわからんのだよ」

 でも今はその姿に和んでもいられない。

 ……なんで、そのシュリーカーは、そんなに僕に対して執着心があるんだろうか?

 シャムの父親や、村のケット・シー達が特に対処をしようとしてないなら、その執着心は決して悪い物じゃない筈だ。

 そもそも、森の中に捨てられてた僕を見付けてくれたシュリーカーは、恩人でもあるというから、そこを疑ってる訳じゃない。

 悪意があるなら、赤ん坊だった僕を見付けたその時に、いくらだって害する事はできたのだし。

 ただ、救われた僕じゃなくて、救ったあちら側が、僕に執着心を持っているのか、いまいち理由がわからなかった。


 僕が首を傾げると、シャムの父親は何を疑問に思ってるのか察したのだろう。

 火を付けたパイプを咥えて、ぷかぷかと煙草の煙をふかしながら、

「彼女はね、少し特別な変化をしたシュリーカーで、そしてその特別な変化を齎した切っ掛けが、恐らくキリク、君を見付けた事なんだろうさ」

 ちょっと楽し気にそう言った。


 少し特別な変化?

 また意味深な言葉だが、どうやら面白がってる様子のシャムの父親が、詳しくその意味を教えてくれる事はなさそうだ。

 シャムの父親は、僕の事も親代わりとして育ててくれた人……、もといケット・シーだが、そう、やはり妖精であるケット・シーなので、割と気紛れだった。

 僕に危険が及ばないと判断した場合には、こうして少しばかりの悪戯をして楽しんだりもする。

 要するに、そのシュリーカーに関して詳しく知りたければ、実際に会ってみろって事なんだろう。


「なんだよ、思わせぶりなだけで、確実にいるかどうかもわからないんじゃないか。父さんも役に立たないなぁ……」

 でも僕は納得しても、シャムはそれでは納得がいかなかったらしく、不満を声に滲ませて自分の父親をなじってた。

 うん、もしかしたら、僕が何も言わずとも、シャムがすぐに代わりに文句を言ってくれるから、こんな風に納得できるのかもしれない。

 シャムの父親は、息子からの文句にもパイプをふかしながら笑ってる。


 まぁどのみち、会ってみなけりゃ始まらないし、ここに来たのも半ば駄目で元々って気分だ。

 仮にその洞窟にシュリーカーがおらず、会えなかったとしても、また別の魔法生物を選んで契約をすればそれでいい。

 あの年を経た巨大なワイアームを見て、自分に生じた違和感にも気付き、更にこうして村の皆の顔が見れたのだから、それだけで里帰りは十分に有益だった。

 契約相手を求めて焦る必要は、今のところはないだろう。


「麦畑の向こうにある丘の洞窟ね。まぁ、他にあてがある訳じゃないし、シャム、取り敢えず行ってみようか」

 取り合わない父親に突っかかるシャムを、両手で掬うように抱え上げて制して、僕はそう提案をする。


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