第124話
寄り道を終えた僕らは抜け道を通って、今度こそ目的地だった妖精の領域へと辿り着く。
自分が森の中に広がって、状況が手に取るようにわかる感覚は、まだ続いてる。
いや、慣れ親しんだ妖精の領域に来た事で、一層それが強まったかもしれない。
例えば、そこの木から、はらりと一枚の木の葉が落ちそうになってるのさえ、どうしてだか自分でも説明は付かないけれど、感じられるのだ。
まるで森と一体化したようにすら、思う。
落ちてきた木の葉を、特に理由はないんだけれど、何となく手で捕まえる。
摘まんでしげしげと観察してみても、至って普通の、妖精の領域には良く生えてる木々の葉で、特に変わったところはない。
クルクルと指先で木の葉を回転させてから、ポイっと捨てた。
すると前を歩いてたシャムがこちらを振り返って、
「ねぇ、キリク。それって妖精の魔法だから、程々にしなよ」
そんな事を言う。
……妖精の魔法って、この感覚の広がりがそうなんだろうか。
確かにこの感覚は、魔法って言われれば納得できるくらいに、普段のそれとはかけ離れている。
ただ、人間である僕が、妖精の魔法を使える筈はないんだけれど、一体どういう事だろう?
「何で使えてるのかわからないけれど……、いや、ボクが使ってるのを感じて引っ張られたのか。いずれにしても、人間のままでいたいならやめた方が良いよ。人間はそういう魔法の使い方をする生き物じゃないから」
そして続く忠告は、かなり真剣みを帯びていた。
人間のままでいたいならって言葉は、少し大げさに感じてしまうけれど、だけど恐らく、これはシャムの方が正しい。
魔法生物とそれ以外を分けているのは、魔法が使えるか否かだ。
この場合の魔法とは、魔法使いが使うそれだけじゃなくて、魂の力で理を塗り替えて発動する、全ての神秘的な力を示す。
例え話になるけれど、普通の猫と魔法を使える猫がいたとして、仮にその二匹は魔法を使えるか否かの部分以外が全て、毛並みや尻尾の形や行動の癖なんかも同じだったとしても、その二匹の猫は全く別の種族だ。
前者は普通の猫で、後者は猫ではない、何か別の魔法生物って事になる。
要するに魔法の有無は、種族すらも左右するのだ。
本来、人間はその、魔法を使えない側の種族だった。
ではどうして魔法使いが、かろうじて人間の範疇に入っているのかといえば、その魔法は発動体を通して行使されるからである。
もう少し噛み砕くと、魔法生物を通して、魔法使いは魔法を使っているから、自分だけでその魔法が使えている訳じゃないから、半歩くらいは人間からずれているけれど、完全に逸脱してる訳じゃないと見做されているのだろう。
だったら、今の僕は何なんだ?
シャムが言う通り、『人間はそういう魔法の使い方をする生き物じゃない』。
いや、本当にそうだろうか?
僕は、人間が発動体を使わずに魔法を使う例を知っている。
この目で見た訳ではないけれど、あの本には、確かにこう記されていた。
魔法使いですらない普通の人々、つまりはただの人間が使う魔法によって、悪霊が発生する事があるって。
「どうしても使いたいなら、杖か指輪を使って、似たような魔法を新しく考えなよ。キリクなら簡単だろ」
僕はシャムに言われて、……一先ず杖を抜いて、少し考えてから、それを振る。
わからない事だらけで混乱気味だが、それでもシャムが僕の為に忠告してるのはわかるし、確かに僕は、まだ人間を辞めたいとは思ってないから。
すると、状況が少しだけ変わった。
広がった感覚はそのままなんだけれど、森と一体化したような、ともすればそのまま溶けていってしまいそうな感じがもうしない。
なんというか、薄皮一枚が身を包んで、森と僕を遮ってる。
この薄皮一枚が、人間とそれ以外を分ける領分なんだろうか?
森から切り離されて、安堵と寂しさを同時に覚える。
大きく息を吐くと、さっきよりは幾分頭が冷えた気がした。
以前に読んだ『悪霊とは』って本には、悪霊とは何かを説明するなら、魔法の一種である答えるのが、最も正解に近いと書いていた。
そして先程も述べたが、その魔法を行使するのが、魔法使いですらない普通の人々であるケースが多いとも。
当然ながら、魔法使いですらない普通の人々が、魔法の発動体を持っていよう筈がない。
なら要するに、条件さえ整えば人間は、発動体なしでも魔法を行使できるんじゃないだろうか。
あの本には、普通の人にも存在してる魂の力が、何かの切っ掛けで強く発揮され、理に影響を与えて、魔法を織り成す事があるって書いてあった筈だ。
確か、あまりに惨い非業の死を遂げた時や、大勢の人間がそうであると信じてしまった時、それから大勢の犠牲者が出た時なんかが、例として挙げられていた。
……死に関係してるとするなら、肉体を失えば、魂が理に影響を及ぼし易くなる?
大勢が信じた結果そうなるっていうのは、一人一人が発する微弱な魂の力が、折り重なった結果として、理を塗り替えて魔法として成立するって話だったから、人間は魂の力を外に向かって出せるって事だろう。
だったら逆に、どうして普通の魔法使いは、発動体がなければ魔法を使えないんだろうか?
余計にわからなくなってきた。
環境が影響を与えるって事は、十分に考えられる。
例えば、異界であるウィルダージェスト魔法学校の中は、間違いなく外より魔法が扱い易い。
他にも、昼間よりも夜の方が魔法は効果が発揮されるって話だ。
ジェスタ大森林は、他の森に比べて特殊な場所だし、更に妖精の領域は異界でもあるから、魔法が扱い易い場所だろう。
まぁそれでも、僕が無意識にシャムの魔法を真似てしまうってのは、異常な事ではあるんだけれど……。
「キリク、考えるのは後にして、そろそろ進もう。それをほっとけないのはボクもわかるけれど、ここであれこれ悩んでも良い答えは出ないと思うよ」
シャムにそう言われて、僕も頷く。
これは少し考え込んだ程度で答えが出る話じゃないし、もっと落ち着いた場所で、それこそ魔法学校に戻った後で、ちゃんと考察した方が良い。
何だか出歩く度に、いや、特に何もしなくても、問題が積み重なっていくけれど、……それにも割と慣れてしまった。
ケット・シーの村はもう遠くないから、今はそこで情報を得て、シュリーカーと契約する事に、集中しよう。
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