第122話


 なんだか急に物凄く気になる相手の話が飛び出て来たけれど、シャムも詳しい事は知らないらしい。

 単にそういった話を村の大人に聞かされてただけで、そのシュリーカーと直接の面識がある訳じゃないそうだ。


 だったら、これはもう一度会ってみるより他になかった。

 居所は、村の大人のケット・シーなら知ってる筈だし、もっと詳しい話も聞けるだろうって、シャムは言う。

 里帰りは特に予定してなかったけれど、折角ならそうするのも悪くはない。

 シールロット先輩との研究で、妖精の領域で採ってきた素材は使い果たしたし、里帰りをすれば補充も可能だ。


 あの場所の素材に関してはエリンジ先生が採ってくるって話にはなってるけれど、それは魔法学校が、主に教師が使用する素材であって、水銀科に入ったばかりの僕に回ってくる分はないだろう。

 なのでこれから先も、妖精の領域で得られる素材の研究を続けるならば、僕は自分で採取をしてくる必要があった。

 要するに、丁度良い機会である。


 魔法学校からすぐ近くの王都ならともかく、長期の休みであっても遠出をするには許可が必要だ。

 一年生の頃は、どうしてわざわざそんな許可が必要なんだろうって思う時もあったけれど、今はもう、魔法使いには敵が多いからだと知っていた。

 例えば生徒の里帰りも、多くの場合は定められた日に教師の送り迎えがあって、一斉に行われてる。

 恐らくその日までに影靴が動いて、生徒達の安全を確保しようとしてるのだろう。

 そうやって魔法学校は、一人前になるまで生徒を守ろうとしていた。


 けれども妖精の領域に行くとなると、影靴じゃ安全確保は難しい。

 むしろあの場所は、僕らにとっては安全で、影靴の人達にとっては危険な場所だ。

 もし仮に、影靴の人達が妖精の領域に付いてきた場合、逆に僕らが彼らを守ってあげなきゃいけなくなる。

 エリンジ先生は自力で妖精の領域を踏破してるから例外だけれど、あの人はとても忙しいから、そんなにすぐには動けない。

 特に今の時期は、新しい学年の当たり枠をスカウトに行ってる頃合いだから。


 なので結局、裏で魔法学校が動く要素はあまりなく、十分に気を付けるようにと何度も言い含められはしたが、僕らの遠出は許可された。

 恐らくこの許可は、初等部の間はずっと首位の成績を保ってたのと、シャムの存在や、妖精の領域が故郷である事を鑑みて、出た許可だと思う。

 つまり僕の二年間は、……そりゃあ必死さは足りなかったかもしれないけれど、それなりに努力をした時間は無駄じゃなかったのだ。

 あぁ、うん、まだちょっと、引き摺り気味なのかもしれないが、今回の件は、自分の二年間が肯定されたみたいで、少し嬉しい。



 水鏡を覗き、向こう側を確認する。

 旅の扉の魔法を使う際は、水鏡を覗いた段階で転移する先をよく確認するように。

 それがこの魔法を習得した時に、ゼフィーリア先生に繰り返し言い含められた教えであった。

 今から転移する泉は魔法で隠蔽と防護が施されていて、人や獣だけじゃなく、魔法生物も近付かないようにしてあるけれど、それでも万が一はあり得る。


 例えば、魔法学校の関係者以外で、この泉の存在を知る魔法使いが向こう側に潜んでいる可能性は、ごく限りなく低いけれども、ゼロでは決してないだろう。

 旅の扉の魔法に限った事じゃないんだけれど、転移の直後は不測の事態に対応し辛い。

 何故なら、そもそも転移自体が、平衡や方向、その他諸々の感覚にとっては不測の事態に近いから。

 上空に転移して地上を攻撃、なんて風にあらかじめ決めておいた行動は取れるけれど、転移直後を襲われた時の対応は、来るとわかっていなきゃ難しかった。


 あんなにもゼフィーリア先生が忠告するって事は、そうやって転移直後を襲われた魔法使いが、多分いたんだと思う。

 他の転移は何時、どこに現れるかわからないけれど、旅の扉の魔法は泉という決まった場所に、水鏡という転移の予兆が先に出る。

 それを見てから弓を構えれば、転移してきた魔法使いを殺すのに、魔法も要らない。

 もちろん待ち伏せをするには、今日、その場所を誰が訪れるってわかってなきゃならないけれど、国の要人との会談が予定されてるような場合は、そこから転移のタイミングはある程度だが想定できてしまう。


 だからこれは想像なんだけれど、国の要人と会談をしていたような立場ある魔法使いが、旅の扉の魔法で転移した直後に襲われるって事件が、きっと過去にはあったんじゃないだろうか。

 故に、ゼフィーリア先生はこの魔法を使う時は事前に転移先を確認するようにって繰り返してたし、僕が見た事のある転移用の泉は、隠蔽や防護の仕掛けが色々と施されていたのだ。

 魔法史の授業ではまだ習ってないけれど、それが大きな事件だったなら、高等部の授業でそのうち教わる筈だった。


 尤も僕は国の要人と会談をするような立場ある魔法使いじゃないから、誰かに待ち伏せされてるなんて事もなくて、確認が終われば水鏡を扉に変えて、それを通り抜けるように転移する。

 いや、星の灯は僕の事を狙ってるらしいけれど、流石に思い付きで決まった予定を、即座に把握するのは無理だと思う。

 彼らはいかなる手段を用いたのか、僕が星の知識の持ち主であると知った節があるから、あまり油断はできないけれども。


 いずれにしても転移が終われば、向こうに見えるはジェスタ大森林。

 魔法生物が多く棲む場所で、その中には人を餌と見做して襲う者も数多く、危険地帯とされる場所だ。

 ここはもう、吹く風ですら緊張感を孕んでた。

 けれども僕らが生まれ育った妖精の領域、ケット・シーの村は、このジェスタ大森林の奥にある。

 視界が通ってるから、森の入り口までは短距離の転移を繰り返せるけれど、そこから先はシャムの案内頼りになるだろう。


「じゃあ、行こうか」

 僕が声をかけると、肩のシャムは何時でもどうぞと言わんばかりに、ひとつ鳴いた。

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