第118話


 戦闘学の試験は、僕の負けに終わったけれど、本当に大切な戦いはこれから始まる。

 試験の結果は、やっぱりって言い方をするとアレだけれど、僕が一位だった。

 治癒術と戦闘学はともかく、呪文学に関しては満点を取れたのが大きかったんだろう。


 どんなに魔法を唱える事が得意でも、それを碌に使いもせずに敗北してるようじゃあんまり意味はないんだけれど……。

 まぁ、あれに関しては仕方ない。

 魔法のベテランである教師に対し、自分が勝る身体能力で優位を取ろうって考え方は、そこまで間違ったものではなかった筈だ。

 もちろんそこに縋って敗北を喫したのは、情けないの一言であるけれど、そこはもうギュネス先生の戦い方が上手すぎたんだと思ってる。


 ……あぁ、僕も意外と気にして引き摺ってるのかもしれない。

 ただ、それを気にして落ち込んでもいられないのだ。


 試験が終わって結果が出れば、次に待ってるのは一年の締めくくりであるパーティである。

 このパーティが終われば、僕らは卵寮を出て、それぞれが進むと決まった高等部の科の寮に移り、最上級生は魔法学校を卒業していく。

 ごく一部の例外は、高等部の次は大学へと進むらしいけれど、その大学が実際にどこにあるのかを僕は知らないし、この魔法学校内でそれらしい場所を見掛けた事もなかった。

 なので僕らからすると、やっぱり最上級生はパーティが終われば全ていなくなってしまうのと言っても別に何も間違いじゃない。


 そしていなくなるのは最上級生だけじゃなくて、東方とやらへの留学が決まったシールロット先輩も、やはりこのパーティが終われば魔法学校を去ってしまう。

 つまりこのパーティが、僕が彼女の心に何かを残せる、もっと強い繋がりを作れる、最後のチャンスという訳だった。

 いや、最後だからこそ、最大のチャンスでもあると僕は思って、……信じているんだけれども。


 今日はパーティ用に準備した、この日の為に誂えた衣装に袖を通してる。

 仕立ててくれたのは、ジャックスに紹介して貰った、王都でも有名な職人だ。

 お金は、服の値段だとは思えないくらいに掛ったが、それでもジャックスの紹介だからある程度は値引きして仕事を受けてくれたんだってのは、雰囲気から僕にも分かった。

 幸い、新しい研究室に揃える機材の為にお金を貯めていて、シールロット先輩の好意でその必要がなくなった僕は、どれだけ高くても服の一着や二着くらいじゃ尽きない程度の蓄えはあったし。


 ……それから、シャムは今、僕の肩の上にいない。

 僕にとって、今日は大事な日だろうからって、シャムはパーティに付いて来なかった。

 本当は、大事な日だからこそ、シャムには傍に居て欲しかったんだけれど、しかしそれが甘えだって事くらいは流石に自覚しているから、僕は肩の軽さ、寂しさを極力気にしないようにしてる。


 もしかすると、クラスメイトが今日の僕を見ても、すぐには気付かないんじゃないだろうか。

 だって僕の特徴を挙げろって言われたら、恐らく誰もが肩の上に、或いは周囲に黒猫の姿がある事って答える筈だ。

 更に普段と違う格好をしてたら、わからなくなっても無理はない。


「あっ、キリク君、お待たせ。待たせちゃった?」

 でも待ち合わせをしてたシールロット先輩はすぐに僕に気付いてくれて……。

 あぁ、うん、そりゃあ待ち合わせ場所にいるんだから、すぐに気付くのは当然なのかもしれないけれど、

「今年はパーティの為に服を用意したんだ。服に合わせて髪型も少し変えて、うん、似合ってる。なんだか、去年とは見違えるくらいに立派になったね」

 そんな風に褒めてくれたから、僕の胸はその言葉だけで、ドキリと跳ねる。


 大仰に準備し過ぎてしまっただろうかとか、いや、褒めてくれたんだからこれで正解なんだとか、色々と考えが頭の中をグルグルとしてしまう。

 だけどまずは、そう、僕の今の格好が正解かどうかよりも、大切なのは来てくれたシールロット先輩への返答だ。

 胸に右手を添えるのは、自分の緊張を少しでも抑える為。

 初めてこの魔法学校に来た日に、皆の前で自己紹介をした時も緊張はしてたけれど、今はアレと比べ物にならないくらいに、胸に触れた手に伝わる胸の鼓動が、速い。


「シールロット先輩もドレスが……、うぅん、ドレス姿が、とっても綺麗です。似合ってます。今日はご一緒できて嬉しいです」

 何とか声を絞り出したが、ちゃんと言えてるんだろうか?

 ちなみに僕の言葉に嘘はない。

 今日のシールロット先輩は、去年とはまた別の、ピンクのドレスに身を包んでて、とってもよく似合ってた。

 一緒にパーティに出れて嬉しいって気持ちは、もちろん言うまでもないだろう。


「そう? 良かった。じゃあ、今日はよろしくね」

 シールロット先輩が笑ってそう言ってくれて、僕は頷く。

 パーティ会場は講堂だけれど、そこに行くまでの道のりも、僕がエスコートをする必要がある。

 そう、今年で一番大きく、厄介で大切な戦いは、もう既に始まっているのだ。


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