第119話


 その日のパーティは、とても楽しかった。


 尤も魔法を用いた数々の仕掛けに対する衝撃は、去年ほどじゃないけれど。

 まぁ、そうした物が用意されてるって、あらかじめ知ってたのもあるし、去年も目にしたような仕掛けも少なくない。

 何しろパーティを演出できる仕掛けなんて、そう幾通りも思い付く物じゃないから、どうしたって似通ってしまう。

 加えて、仕掛けの幾つか、或いは多くは、これまでのパーティで特に良い出来だった物が、改良を加えたりしながらも長年受け継がれてきてたりするらしいから。

 どうしても、見覚えがあるなって感じる物も多くなる。


 しかし、一度見てるからこそ、驚きに惑わされずに仕掛けの出来だとか、流れる音楽、饗される料理等を、落ち着いて堪能する事ができた。

 そして隣には、シールロット先輩がいてくれるのだから、楽しくない訳がない。

 時折、料理を取る時に、ついつい癖でシャムが食べ易いように別に皿に盛ろうとしてしまったりはするけれども……。


 もちろん僕一人が楽しんでるだけじゃダメなんだけれど、幸いな事に、シールロット先輩もとても楽しそうにしてくれている。

 彼女は気遣って楽しんでるフリとかをできる人じゃないから、恐らく心底楽しんでくれてるんだと思う。

 ただそれは、もしかすると僕と一緒だからというよりも、この魔法学校で過ごす最後の日だから、パーティに参加するのだってこれが最後だから、なのかもしれない。


 パーティの最中、僕が知ってるアレイシアを含め、何人かの上級生がシールロット先輩に会いに来た。

 その誰もが、学校を去って東方に留学する彼女との別れを惜しんでる。

 常に研究室で錬金術に励んでるか、素材の採取に赴いてるって印象が強いけれど、僕がこの魔法学校に来て幾人もの友人ができたように、シールロット先輩も魔法学校で過ごした四年間で、多くの交友関係を結んで来たのだろう。

 僕との関係も、その中の一つだ。

 もしも僕が誘わなければ、こうやって会いに来たうちの誰かと、彼女はパーティに出たのだろうか。

 ちらりと、そんな事を考えてしまう。


 あぁ、そういえばアレイシアは、卒業後は大学に進むんだそうだ。

「東から帰ったら、貴女も来るんでしょう? 先に行って待ってるから、あまり東でのんびりしすぎないようになさい」

 なんて風に、シールロット先輩に言っていた。

 ちなみに今年は、アレイシアの隣にクレイの姿はない。


 魔法の仕掛けを見て、話して、料理を摘まんで、話して、笑って話して。

 楽しい時間は過ぎるのが早いって言うけれど、今日は特にそう感じる。



 パーティの時間が終われば、帰り道をシールロット先輩と一緒に歩く。

 水銀科の寮まで彼女を送り届ければ、お別れだ。

 明日は、早い時間に寮を出て東に向かって出発するそうだから、見送りくらいはできるけれど、ゆっくりと話せる時間はこれが本当に最後となる。

 だから僕は足を止めて、大きく息を吸い込む。

 早打つ心臓の音が、隣を歩く彼女に聞こえるんじゃないかってくらいに、早い。


「魔法学校から居なくなってしまうのは寂しいし、本当は行って欲しくないけれど、それがシールロット先輩の目標に続く道なら、止めません」

 言いたい事。

 言わなきゃ後悔する事。


「だけど、東方から戻ったら、また僕を隣にいさせて下さい。今度は先輩と後輩じゃなくて、パートナーとして、シールロット先輩の隣に立ちたいです」

 上手く言葉を紡ぐ、なんて器用な真似はできないけれど、胸の内でグルグルとしていた想いの全てを、口に出す。

 行かないでくれとは言えないけれど、帰って来る時は、僕の隣に帰って来て欲しい。

 それが僕の結論だった。


 器用に言葉で、もっと上手く口説けるなら、そうした方がいいのかもしれないけれど、僕にはそんなのできそうにないから。

 星の知識、前世の記憶なんてあっても、こんな時には何の役にも立ちやしない。

 ……でも、僕って前世で、恋をした経験はなかったんだろうか?

 どんな物があったとか、どんな風な場所だったかとかは、かなり覚えてるんだけれど、個人的な事は、あまりハッキリと思い出せない。

 何だろう、星の知識って呼び方が、妙にしっくりと来るくらいには、……記憶というよりも知識になってる。


 いやでも、そんな事は今はどうでもいいのだ。

 大切なのは、僕の言葉がシールロット先輩に届くかどうか。

 彼女は、僕の言葉を聞いた後、少しの間考え込む。

 まるで言葉を選ぶかのように。


 そしてシールロット先輩の口から出た言葉は、

「私は、この選択を将来とても後悔すると思うんだけれど、……キリク君の隣には立てない、かな」

 紛れもない拒否だった。

 僕はその言葉を聞いた途端、膝の力が抜けてガクッと崩れ落ちそうになるけれど、必死に堪える。


 それは駄目だ。

 流石に駄目だ。 

 そんな事をしても、みじめになるだけだし、シールロット先輩を無駄に心配させてしまう。


「理由は、孤児院の子達のように弟としてしか見れないとか色々とあるけれど、一番は、……キリク君って凄いよね。私が言った事、二年生で全部成し遂げてる」

 多分、この先の言葉は、何を聞いても僕に突き刺さる。

 だって結果は既に出ていた。

 それはどうあっても覆らない。


「だけど私が言わなかった事に関しては、私の想像以上のところまで成果を出してるの」

 ただ、それでも僕は、聞かなきゃならないのだ。

 自分がふられた理由くらいは、ちゃんと知っておかないと。

 今は受け止められないだろうけれど、何時かは受け止めて、消化する為に。

 じゃないと何時までも、僕は前を向けなくなってしまう。


「もしかすると、私の言葉が、キリク君にここまででいいって思わせてしまったのかなって、ずっと考えてた。もちろんアドバイスが無駄だったとは思ってないよ。何も言ってなかったら、魔法人形の事とかはもっと大変だったと思うし」

 あぁ、そんなの違うって叫びたい。

 いや、でも、同時にもしかするとそうなのかもって、思う自分もいる。

 確かに僕は、シールロット先輩の言葉を目標にして、それをクリアできるようにペース配分をしていた。

 全力疾走をするのではなく、計算して二年生という道を走ってた。


 二年生の一年間はとても忙しかったし、それが悪いとは思わないのだけれど……、例えば僕は、クレイのように必死だっただろうか。

 もしも僕がクレイのように必死に一年を走っていたら、今以上になってはいなかっただろうか。

 そんなの、たらればの話だけれど、僕はシールロット先輩の言葉を否定できなかった。 


「ただ私には、キリク君の隣に立って、もっと高い場所に導いてあげる力はない。でも私は、君の隣にいるとそうしたいって思ってしまうんだろうね。それは、キリク君の成長を止めてしまうだけなのに」

 本当に違うって言いたい。

 僕がどれだけシールロット先輩に助けられたのか、わかって欲しい。

 でもきっと、彼女はそれをわかった上で、その言葉を口にしてる。

 今だって、目尻にはうっすらと涙を溜めながら、僕に話してくれていた。


「悔しいよ。だけど、私が足りないってだけの話。それがあったから私は思い切って東方への留学に踏み切る気になれたし、キリク君に感謝してる」

 結局、シャムの言った事は正しかったのかもしれない。

 手遅れって。

 僕らの関係は導く側と導かれる側が決まってて、そこから変える事ができずに、ここまで来てしまった。

 関係を変化させる機会は、ところどころあった筈だけれど、僕はそれを見逃している。

 いや、その必要があると、考えてすらいなかったのだ。

 この関係がいずれ破綻するなんて、思っていなくて。

 ただ与えられるがままに受け入れていた。


「だからキリク君、ありがとう。そして、ごめんなさい」

 そう、だから僕は、今、こうしてふられてる。

 シールロット先輩を水銀科の寮に送り届けた後、多分腑抜けのようになっていた僕は、卵寮への帰り道、迎えに来たシャムの姿を目にして、泣いた。


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