第113話
プレイが始まり、フォワードの押し合いが始まれば、バックス達は魔法でそれを支援する。
この時、使う魔法は強風を吹かせる魔法だ。
直接、ボールに対して引き寄せる魔法を使うには、場はあまりにも混乱状態だから、まずはそこを制さなければならない。
基本は、味方のフォワードの背を押すように風を吹かせる事。
味方の背を押して前進させれば、ボールがこちら側に転がってくる確率が高くなる。
そうすればボールを引き寄せて掴み、後は敵陣に向かって駆け、少しでも奥に運ぶのがバックスの仕事だ。
しかしそれは、あくまで基本に過ぎない。
この質の悪い発動体でも、細かく魔法を制御して、正確に使う事ができるなら、少しばかりの小細工もできる。
「風よ、猛るほどに強く吹け!」
そう詠唱しながら、僕は発動体を填めた右腕を地から天に振り上げた。
発動させる魔法は、他のバックス達と変わらぬ強風だが、吹かせる場所は一人だけ違う。
僕が魔法を発動させたのは、一年生のフォワードの真下から、天に向かって。
風って言っても強さは色々あるけれど、僕が吹かせた風は人を仰け反らせる、或いは軽い相手なら吹き飛ばすのに十分な強さだ。
僕に狙われた一年生のフォワードは、流石に両隣と肩を組んでいたから吹き飛ばされはしなかったものの、驚きと風の強さに仰け反って、周囲を巻き込んで体勢を崩した。
その隙を二年生のフォワードは見逃さずに押し込んで、ボールをバックス達の方に向かって蹴り出す。
一方、一年生は何が起きたのか把握できてない様子で混乱気味だ。
彼らは基礎練習はしっかりと積んでいた様子だけれど、こうした小細工に関しては全く想定していなかったのだろう。
もう後数回は、同じ手が使えそうだとほくそ笑みながら、僕は敵陣に向かって駆け出す。
ボールを確保したのは僕じゃない別のクラスメイトだが、バックスが一斉に駆け出せば、ごたつき今の状況では誰がボールを持っているかをすぐさま把握できずに、一年生達はより混乱してしまう。
この辺りは、やはりルールを決めるところからドラゴン・ロアーに関わった二年生に一日の長がある。
どうにか立ち直った一年生がボールを持ったバックスの前を遮っても、短いパスを繋いだ二年生が、ゴールまで鮮やかにボールを運ぶ。
つまり、先制点をもぎ取ったのは二年生だった。
ラグビーとか、フットボールだとかなら、確か前へのパスは駄目だったり、回数制限があったりするけれど、このドラゴン・ロアーにはそうした複雑なルールはない。
それどころか、敵陣のゴールにボールを届かせられるなら、投げ入れたり蹴り込んだりしても、点数は変わらずに入るのだ。
前へのパスが自由なのは、まぁ、ルールをわかり易くする為に単純化したって事情もあるんだけれど、それ以外にも、敵陣に向かってのパスや、シュートに関しては、引き寄せの魔法で相手にボールを奪われ易いって事情がある。
特に遠距離へのパスや、シュートなんて余程じゃなきゃ成功しないのだけれど……、今回のように勢いで大きく勝っていれば、短いパスなら十分に通るし、強引に押し切ってゴールを奪う事も不可能じゃなかった。
魔法の行使には、精神状態が大きく関わってくるから、ドラゴン・ロアーもエコーも同じく、魔法を使う競技は、心と心のぶつかり合いといっても過言じゃない。
一年生達は、……先制点を奪われても心が折れた様子は少しもなく、すぐさま集まって先程の強風に関しての情報を共有していた。
流石に、即座に対応するのは無理だろうけれど、同じ手が通じるのは、後一度か、二度くらいだろうか。
尤も僕が用いる小細工は、さっきの下から吹き上げる強風だけではないのだけれど。
下からの強風を警戒すれば、別の小細工が利き易くなる。
僕は、手強い相手との良き勝負を望んではいるが、だからといって手抜きをする心算は一切ない。
クラスメイトの中には、望んだ科に進めるかどうかの瀬戸際にある者だって居るのだから、二年生が一年生に負ける訳にはいかないのだ。
視線を感じてそちらを見ると、アルティムと目が合う。
彼は強い意思を秘めた瞳で、僕をキッと見つめてた。
あぁ、あの目は、何かを企んでる目だ。
華奢で、初めて会った時は女の子と見間違えそうになったアルティムだけれど、今の顔は実に男の子をしてる。
何を狙っているのかはわからないけれど、受けて立ってやろうじゃないか。
僕はアルティムを見返して、ニッと笑って見せてやった。
意味は、今の彼になら通じるだろう。
「セット!」
審判のギュネス先生が、コートの中央でそう声を発した。
次のプレイが始まる合図だ。
僕らは集まりフォーメーションを組んで、ボールが投げられる時に備える。
試合は、まだまだ始まったばかりで、結果がどのように転ぶかは、まだわからない。
ただ、一つだけ確実に言えるのは、僕は今、とてもこの試合を楽しんでるって事だろう。
次のプレイは、恐らく一年生が何かを仕掛けて攻めて来るから、僕らがそれを受け切って、凌げるかどうか。
僕はワクワクと、その何かを心待ちにしながら、右腕に填めた腕輪を撫でる。
この発動体は些か以上に頼りなく感じるけれど、それもまた、何故だか不思議と楽しく思えた。
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