第112話


 マダム・グローゼルとの話が終わった後も、僕はシールロット先輩の留学に関しては、何も聞かなかったし言わなかった。

 だって下手に詳しく聞いたりしたら、口にすべきではない言葉まで、うっかり出てしまうかもしれないから。

 僕が単なる後輩に、自分の夢や目標としてる事に対して、安易に否定的な言葉を吐かれたら、そりゃあ鬱陶しく思うだろう。

 故に聞かないし、口は出さない、反対しない。

 けれども、このまま何もせずに終わる筈もなかった。


 僕は、後期の全てが終わった後のパーティに、今年も一緒に出て欲しいとシールロット先輩にお願いして、了承を貰う。

 科がバラバラになる友達と出なくて良いのかなんて聞かれもしたけれど、クレイも、シズゥも、パトラも、ガナムラも、ジャックスも、科は違っても同じ魔法学校の中にいる。

 遠くへ行ってしまうのはシールロット先輩だけだ。


 僕らは魔法使いだから、多少の距離は無視できるけれど、それでも東方はあまりに遠い。

 長距離を転移する移動の魔法だって、その効果が及ぶ範囲には限度がある。

 留学生を送れるって事は、ある程度の親交もある筈だから、行き来の方法は存在するのだろう。

 しかし、少なくとも旅の扉の魔法を覚えたばかりの僕が、おいそれと行ける場所じゃないのは確実だった。


 焦ってもいい結果にはつながらないと、最良の機会をちゃんと待つのだと自分に言い聞かせ、目の前の事に集中しながら、僕は日々を過ごす。

 シャムが言った、もう手遅れだって言葉が、耳の奥に残ってるけれど、だからって素直に諦めようとは思えないから……。



 ……今、目の前に迫っている出来事と言えば、そう、僕らが提案し、今年から実施される運びとなった、競技会だ。

 初等部の一年生と二年生が行う模擬戦の代わりに採用された競技会は、やっぱり一年生と二年生で競い合う。

 プレイする競技は男子生徒用と女子生徒用の二種類があって、それぞれの名前もマダム・グローゼルが考えたらしい。


 男子生徒用のラグビーもどきは、プレイの際に選手が大きな声をあげてぶつかり合うので、ドラゴン・ロアー。

 女子生徒用のテニスもどきは、ラケットでボールを打ち合うから、エコー。

 なんだが、随分と厳つい感じになったけれど、名前が決まれば、何だか本当にこの世界の競技になったって感じがする。


 ドラゴン・ロアーは控えも含めて男子生徒のほぼ全てが出場するが、エコーの方は女子生徒の代表が五名ずつ競い合う形になったそうだ。

 実はエコーは、ダブルスも採用するかが検討されたけれど、今年は最初だからという事で見送られた。

 友人の中では、シズゥがクラスの代表に選ばれていたから、そろそろ本校舎の地下に作られた特設コートで、プレイが始まる頃合いだろう。

 ちょっと応援に行きたいなぁって気持ちはあるんだけれど、残念ながら僕もこれから、グラウンドでドラゴン・ロアーに出なきゃならない。


 僕らは右腕に魔法の発動体の腕輪を填めて、グラウンドに並ぶ。

 この腕輪は、普段使ってる杖や、ハーダス先生が遺した指輪に比べると、かなり見劣りのする発動体だ。

 いや、ハーダス先生の発動体は物が良過ぎるから、それと比べるのはちょっとあれだけれど、そうでなくともあまり質は良くなかった。

 実際に魔法を使ってみると、何やらザラリとした違和感があって、細かな制御に少し手間取る。

 これは数を用意する為に一つ一つの質を落としてケチったというよりも、プレイ中の魔法の扱いを難しくする為、魔法学校側は敢えてそうした質の発動体を用意したのだろう。


 模擬戦であっても競技であっても、魔法学校が僕らに求めるのは、魔法使いとしての成長だ。

 そのメッセージが、腕に填めた質の良くない腕輪の発動体には、籠められてるように感じる。


 前に並ぶ一年生を見ると、彼らは二年生に比べると、やっぱり幾分体が小さい。

 一年生は十二歳か、十三歳。

 二年生は十三歳か、十四歳。

 たった一歳差、生まれた月日によっては同い年だったりもするんだけれど、それでもこの年頃の一学年の差というのは、とても大きい。

 人によっては、その一年で十センチ近くも身長が伸びたりするのだ。


 最もこの魔法学校では、僕が前世に生きた世界と違って、年に一度は身長を測って記録を付けるなんて事はしないから、僕が目算で大雑把にそれくらい伸びたんだなぁって、クラスメイトを見てるだけなんだけれども。

 まぁ、いずれにしても、一年生と二年生の体格には目に見える差があった。


 しかし面構えで言うならば、一年生達の表情には気合が満ちていて、決して負け戦に臨む心算でここに立ってる訳じゃないんだと、一目でわかる。

 ただ、僕と目が合うと、誰もが少し怯んだ表情になるのは、ちょっと哀しい。

 僕って、別に怖い見た目はしてないと思うんだけれど、やっぱり例の噂で怖がられてるんだろうか。

 例外は、一年生の当たり枠であるアルティムのみ。

 彼だけは、普段は目が合うと嬉しそうに笑みを浮かべてくれるんだけれど、今日はギュッと表情を引き締めて、鋭い視線を返してくる。

 二年生側も、一年生達の気合の入り方に、油断ならぬ相手だと理解をしたらしく、誰一人として油断をしてたり、気を緩めている様子はない。


 審判を務める、戦闘学の教師のギュネス先生に促され、一年生、二年生が双方ともにフォーメーションを組み、互いのフォワードが組み合って、何時でも押し合いを始められる体勢を取った。

 僕はバックスだから、フォワードの後ろに広がって、彼らを何時でも支援できるようにプレイの開始を待つ。

 そして組み合ったフォワードの中央にギュネス先生がボールを投げ込めば、ドラゴン・ロアーの試合の始まりだ。



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