第111話
魔法学校に提出した魔法薬、及びその類……、類っていうか、魔法薬の効果を持つパンは、合計で八つ。
二つは既存の魔法薬の効果をパンの形で再現したものだけれど、残りの六つは新しい魔法薬だった。
その魔法薬の効果は、思考速度の加速、遥か遠方を見通す視力を得る、重力に縛られず一定時間浮遊する、鳥の言葉が理解できる、身動きの度に風を起こす、その日にうっかり忘れた物事を全て思い出す……、の六つである。
パンの方は、倍の高さに飛び跳ねられる、途中で起きる事なく八時間安眠する、の二つ。
魔法薬の効果は、どれもかなり強力だ。
もちろん、その効果は全て僕が身体で試してる。
思考速度の加速と、遥か遠方を見通す視力を得る魔法薬に関しては、その時の結果を踏まえ、濃度で効果をコントロールできるように改良をした。
まぁ、調整が利くようになっても、思考速度の加速はやっぱり慣れなきゃ危険なんだけれども。
浮遊する魔法薬に関しては、本当に単純に空中に浮かぶだけなんだけれど、身動きで風を起こす魔法薬と組み合わせると、自在に空が飛べると思う。
……何で思うなのかって言えば、起こす風の向きや強さの調整が、かなり難しくて、一度や二度試して練習しただけじゃ、とてもじゃないが自在に空を飛ぶというには程遠かったから。
鳥の言葉を理解できる魔法薬は、本当に鳥が何を言ってるかわかるようになるんだけれど、そもそも鳥ってあんまり複雑な事を考えてる訳じゃないから、ちゃんとした会話にはあまりならない。
但しこれまで言葉が通じなかった、鳥型の魔法生物に対しても恐らく有効だろうとの事で、これが実証されればこの魔法薬の価値は跳ね上がる。
何故なら、言葉が交わせれば、契約の可能性が生まれるからだ。
尤も、流石に魔法薬を試す段階では、色々と危険があったから、魔法生物に対しての効果は確認できてなかった。
恐らく魔法学校側で、試してくれてるとは思うから、どうなったのかを聞けるのは、少し楽しみにしてる。
最後にその日に忘れた物事を思い出す魔法薬は、一気に色々な事を思い出すので、その量に応じた頭痛が伴う。
正直、この魔法薬に関しては、若い十代の肉体と頭脳だから、うっかり忘れてる何かなんてないから、効果は試せないかも、なんて風に思って油断してた。
だけど幾ら物覚えが良い肉体と頭脳でも、忘れている事は沢山あるのだ。
例えば、その日の睡眠中に幾度も見てる夢の内容とか。
思い出すってわかってたら、そのショックに備えられるけれど、初めてこの魔法薬を試した時は、かなり酷い衝撃と頭痛を受ける事になった。
「短い期間で、こんなにも多彩で、強力で、今までになかった効果の魔法薬を複数作って来れるなんて、これは本当に凄い事だよ。特に思考速度の加速や、忘れた事を思い出すなんて、頭や精神に働きかける魔法薬を持ってくる辺り、実に素晴らしい!」
魔法薬の評価は、クルーペ先生が物凄く興奮気味に、割と早口でまくし立ててる。
この先生からは二年近く錬金術を習ってるので、声を聞いた事は何度もあるけれど、ここまで早口で多弁なのは初めてだ。
一つ一つの魔法薬や、パンを大いに褒めながらも、新しい素材を研究できて羨ましい、自分も妖精の領域で採取された素材を研究したいって、何度も何度も繰り返してた。
夏期休暇と後期という、限られた時間でこんなにも多くの、強力な効果を持つ新しい魔法薬が作れたのは、……一つには錬金術はやっぱり魔法の分野だから、普通に薬を開発するよりも飛ばせる手順が多いってのがあるとは思う。
でもそれ以上に、やはりシールロット先輩の錬金術に対する才覚が優れているのと、全く新しい、それも強力な力を秘めた素材を用いた事が、とても大きかったのだろう。
彼女自身は自分と他の誰かを比べるような言葉は殆ど口にしないけれど、僕はシールロット先輩が、この魔法学校で最も錬金術に優れた生徒であると思ってるし、マダム・グローゼルやクルーペ先生の言葉の端々からも、それが良く感じられる。
本当に、エリンジ先生に連れられて魔法学校に来たばかりのあの日、泉で彼女に出会ったのは、それからアルバイトを探してる時にシールロット先輩の名前を見付けたのは、とても幸運だった。
もしもあの出会いがなかったら、今の僕はなかった筈だ。
或いは、錬金術への情熱を持たず、魔法人形のジェシーさんの事があっても、修復をお金や素材でクルーペ先生に依頼して、自身は古代魔法や魔法陣を深く学ぶ道を選んだかもしれない。
今となっては、とてもじゃないがそんな道は考えられないけれども。
「では評価の方はそろそろ終わりにして、今回の事に対する褒賞、ご褒美の話に入りましょうか」
一通りの話が終わっても、延々と魔法薬を語り続けるクルーペ先生を遮って、マダム・グローゼルが口を開く。
自分達の研究成果が褒めちぎられるのは嬉しいが、クルーペ先生の話はもう八割が自分が新しい魔法薬を作りたいって内容だったので、マダム・グローゼルが遮ってくれて助かった。
クルーペ先生の話は、嫌いじゃないんだけれど、少なくとも校長室で長々と聞きたい話じゃないし。
もっと別の場所、例えば研究室で魔法薬を作る作業の傍らに、とかなら、聞かされるのも大歓迎だ。
いいや、でも研究室で魔法薬を作ってる時のクルーペ先生は、そんなに沢山の言葉を発しないから、やっぱり話を聞く機会はないだろう。
「キリクさんは希望である水銀科への進路の確定……、なんてものでは、貴方はどの科でも自由に選べる立場なのでご褒美にはなりませんから、水銀科へ進んだ後は速やかに研究室を得られるように手配しましょう」
僕への御褒美は想定通りで、希望していた自分の研究室。
今すぐに貰えるって訳じゃないけれど、初等部の終わりはもう目の前だから、そこは誤差のようなものだ。
これで魔法学校に在学中のジェシーさんの修復に、僕は大きく一歩近付いた事になる。
まぁ研究室は与えられても、器具等は自分で揃えなきゃいけないから、そこはちょっと大変だ。
お金に関しては、林間学校の際に魔法学校からの謝罪として受け取ったものがあるから、そんなに心配は要らないけれど、良いものを揃えようと思ったら、やっぱり自分で見て回る必要があるし。
そんな風に、僕は想定通りの結果に満足し、これから先の事を思い描く。
だが次のマダム・グローゼルの言葉は、そんな僕の甘い考えを全て消し飛ばして、頭を真っ白にするものだった。
「シールロットさんは高等部の三年生を免除し、希望されていた東方留学を許可します。戻られた後は大学部に入りたいとの事でしたので、そちらも手配しておきましょうか」
東方への留学。
つまり、シールロット先輩がこの魔法学校から居なくなる?
以前、作業の合間の雑談に、少しだけ聞いた事はあった。
なんでも東方はこちらとは植生が全く違い、錬金術とは別の創薬術もあって、彼女はそれに興味があると。
錬金術と、その仙薬と呼ばれる代物を生み出す創薬術を組み合わせれば、これまでにない魔法薬が作れるんじゃないかって。
けれども、幾らそれに興味があるからって、わざわざ遥か遠い、敵対してるボンヴィッジ連邦よりもずっと向こうの、東方に留学するなんて……。
「はい、ありがとうございます! それから、キリク君が使う研究室は私が使ってた場所にしていただけませんか? 一緒に研究をしてきたので、彼も使い慣れてると思いますし、器具もそのまま譲れますから」
僕が驚き、受けた衝撃に言葉を失っていると、シールロット先輩はそんな事を言う。
それは確かにありがたい。
でもそうじゃない。
確かにシールロット先輩の研究室は使い慣れているけれど、……でもそこに彼女がいないのは、あまりに寂し過ぎるじゃないか。
ただこの場でそんな言葉が出て来るって事は、シールロット先輩はずっとそれを考えていたのだろう。
そして、それを一言も聞かされなかったのは、彼女の目的、目標を、僕が共有する立場にないからだった。
あぁ、そんなの当たり前の話なんだけれど、なのに僕は、今、とても悔しくて、寂しくて、心の内が言い表せられない。
僕に研究室が与えられ、シールロット先輩がいなくなる日は、もうそんなに遠くない。
それまでに、僕には一体、何ができるだろうか。
マダム・グローゼルの言葉はまだ続いていたけれど、もう僕の耳には内容が殆ど入って来なかった。
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