第109話



 競技大会の日が徐々に近づいているけれど、しかし二年生はそれにばかり気を取られてもいられなかった。

 何故なら競技大会が終われば、それからあまり時を置かずに後期の試験があって、高等部で進む科もそこで決定するからだ。


 希望する科があって、十分に適性を示せて、更に普段の成績が良好であれば、悩む事もなく安泰だろう。

 逆にこれまでの適性検査が、あまりに振るわなかったなら、これまた悩む必要はない。

 何故ならそもそも選択の余地がないからだ。

 黒鉄科に進んで戦い方を学ぶ事は決定していて、後はそれを自分が受け入れるのみ。


 故に今、進路を前に四苦八苦しているのは、必要となる適性が、求められるギリギリのラインにある者達だった。

 例えば、古代魔法を学んで魔法生物と、特に妖精と契約し、いつかもう一度、先日訪れた妖精の領域や、ケット・シーの村に行きたいって夢を持つパトラは、そのギリギリのラインにいる一人で、最近は僕とクレイがやってる授業の復習に、常に熱心に参加している。

 進路の決定に、最も影響するのが適性なのは間違いないけれど、最後の一押しをするのが熱意や学業に対する態度である事も確かだから、それを試験結果で示そうとしているのだ。


 ちなみに他の友人達は、クレイとジャックスは黄金科に進む事が、ほぼ確定の状態だろう。

 だが同じ科を選ぶのでも、その理由は大きく違い、クレイに関しては古代魔法の研究に心を惹かれたからだが、ジャックスが黄金科を選んだ理由は格式が最も高いと判断したからなんだとか。

 なんでも、黒鉄科の生徒が戦場に行くのは当たり前で、それでは周囲に与える印象が弱くなる。

 しかし黄金科で古代魔法を研究してるにも拘らず、国に尽くす為に敢えて戦場に行ったって物語ならば、誰もが認める美談になるから。

 彼は生家である、フィルトリアータ伯爵家の為に、自らの進路を決めていた。


 自分じゃなくて家の為に進路を決めるって行為は、僕にはちょっと理解も共感もしがたいものである。

 けれどもジャックスの凄いところは、理由が何であれ、彼がその道を選ぶのに誰からも文句が出ない結果を出している事だ。

 才能があって、努力を怠らず、その上で自らの時間を犠牲にして、危険に身を晒しても、家や祖国の為に尽くす気持ちがある。

 あぁ、それは確かに、物語に登場するのにとても適しているのかもしれない。

 ただ、美談は美談でも、結末が死を迎えるという美談にはなって欲しくないし、……僕がそうさせない心算ではあるけれど。


 シズゥは黒鉄科に進むらしい。

 といっても、別に彼女の場合は家や祖国の為に戦いたいって訳じゃなくて、魔法陣を組み合わせるのが楽しかったからだそうだ。

 魔法陣は組み合わせによって、複雑な効果を発揮する。

 その為には数多くの魔法陣を記憶し、その効果を理解していなければ、組み合わせたりはできないんだけれど、シズゥはそこに面白さを感じたという。

 正直、彼女はパトラと一緒に黄金科に行くんじゃないかって思ってたから、ちょっと意外だった。


 ガナムラも、シズゥと同じく黒鉄科。

 でも彼の志望理由は、戦う力を磨く事だ。

 なんでも海を荒らす海賊を駆逐して、サウスバッチ共和国で名を上げたいんだとか。

 その為に、船の帆を押して早く進ませる風の魔法や、船から船へと飛び移れる移動の魔法を、熱心に習得しようとしていたのだろう。

 また戦闘学に関しても、ガナムラは常に熱心に、自分の実力を磨こうとしてたから。

 彼らしいと言えば彼らしい。


 そういえば、友人というには少し関係は遠いけれど、林間学校でチームを組んでたミラクにシーラも、黒鉄科に進むと聞いた。

 ミラクは、特に熱心に希望する科も他にないから、そのままでも入れる道を選び、……シーラは、これは本当に意外だったのだけれど、治癒術を磨く為に黒鉄科を選んだそうだ。

 戦闘に力を入れる黒鉄科なら、怪我人も多く出て、処置を試す機会も増えるだろうからという理由で。

 なんというか、非常に思い切った選択で、……驚きもしたし、納得もした。

 僕は、シーラの人柄を詳しく知ってる訳ではないんだけれど、彼女は、こう、気が弱いところもあるけれど、逆に頑固で、自分が決めた道に突き進む勢いも持ってるから。

 揺らがずに成長を続ければ、治癒術の教師のシギ先生のような、優しくも厳しい癒し手になるんだろうなって、そう思う。


 そしてこうして振り返ってみると、やっぱり水銀科って人気がないんだなぁって、そう感じる。

 錬金術を得意としてるクラスメイトは何人かいるから、流石に水銀科に進むのが僕以外にはいないって事態にはならないと思うんだけれど……。

 友人、知人が誰一人として一緒の進路じゃないというのは、少し寂しい。


 魔法学校に来たばかりの頃は、シャムが傍らにいてくれる事が嬉しくて、それで十分だったのに。

 随分と贅沢になってしまったんだなぁって、そう思う。


「キリク君、クレイ君、これってどういうことなの?」

 ふと物思いに耽ってしまっていたが、助けを求めるパトラの声に我に返った。

 どうやら、授業の復習でわからないところが出たらしい。

 傍らを見れば、シャムが早く助けてやれって目で、こっちを見てる。


 僕は何だか、少し可笑しくなってしまって、笑いながら、

「ん、どこで詰まったの? あぁ、これはややこしいよね」

 身を乗り出してパトラが分からなかったところを確認しながら、共感を示す。

 クレイは、僕が先に動いたからか、様子見の姿勢。


 古代魔法を専攻するなら、歴史に関しても詳しい知識を持つ必要がある。

 何故なら、例えば古い遺跡を発見したとして、それが失われた歴史の物なのか、既知の歴史の物なのか、判別できなきゃならないから。

 故に黄金科に進む事を望むなら、魔法史の成績は高い方が有利なのだ。

 しかしこの魔法史って科目は、パトラのように町暮らしで、幼い頃に町の学び舎で一般的な歴史を学んでいると、その固定観念に邪魔されて苦手にしがちだった。


 僕はパトラに、筆記したノートを指差しながら、少し前の一般的な歴史から、かみ砕いて説明を行う。

 ちょっと遠回りなようだけれど、最終的に理解をするなら、これがやはり一番早い。

 固定観念に正面からぶつかっても、より大きな混乱を招くだけ。

 だから知識の掘り下げこそが重要だ。

 詳細に歴史を知ったなら、そのどこに魔法使いが介入して、何をどんな風に隠蔽したのか、想像が付くし、理解も進む。


 二年生の、特に後期の時間は、忙しくてあっという間に過ぎていく。

 皆と同じ教室で、同じように学べる時間も、もう残り少なくなってしまった。

 だからこそ、今のこの一時一時を大切に、僕は友人達と過ごしてる。


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