第106話
僕らが提案した競技は、無事に魔法学校側に評価され、正式に採用される事となった。
特に男子生徒が行うラグビーもどきは、チーム内で連携して、戦術的に動く練習になるって辺りが、高く評価されたらしい。
またテニスもどきの方も、初めてプレイする競技とはいえ、生徒である僕が教師であるギュネス先生を圧倒したって事が、逆に彼を含む教師陣の興味を惹いたそうだ。
何にせよ、採用が決まればこの件はもう僕らの手を離れる。
まぁ実際に一年生との競技会でプレイをする事にはなるんだけれど、ルールを弄ったり、道具を用意したりする必要はもうなくなった。
つまり抱えていた案件が一つ片付き、ちょっとだけ手は空いたんだけれど、何だかそれはそれで、不思議と少し寂しく感じてしまう。
別に忙しいのが好きって訳じゃないんだけれど、忙しいのが当たり前になってると、ちょっとした時間の余裕ができた時、どうやって過ごせば良いのか、わからなくなってしまうから。
とはいえ折角できた時間の余裕を、無為にするのは勿体ないので、今日はシャムと一緒に、他の友人を交えずに王都を見て回る事にした。
主な目的は、気儘な買い食いだ。
ポータス王国の王都は、ウィルダージェスト同盟に属する地域の中でも有数に発展した場所である。
地理的にはウィルダージェスト同盟の中心地にあたり、要するに各国への中継点でもあり、何よりもウィルダージェスト魔法学校に最も近い場所だ。
例えば貿易で栄えるサウスバッチ共和国の大きな港町と比較しても、決して賑わいで引けを取らないのが、このポータス王国の首都なんだとか。
尤も僕は、この目でサウスバッチ共和国の港町や、他の国々の都市をつぶさに見て回った訳じゃないから、自分じゃ比較できないんだけれども。
折角、旅の扉の魔法を覚えたんだから、やがては各国の首都の泉を訪れて、記憶に刻んでマーキングして、自由に旅をするのもいいかとは思う。
流石に今は、そこまでの時間の余裕がある訳じゃないから、まだまだ先の話になるだろうけれども。
いずれにしても、この王都が栄えてる事に関しては疑いの余地はなく、買い食いできる食べ物の種類はかなり豊富だ。
もちろん星の世界、僕が前世に生きた国とは、そりゃあ比べ物にはならないが、この世界では貴重な甘い焼き菓子なんかも、割と普通に売っているし。
また各国の産物なんかも集まってくるから、人出で賑わう町を、屋台を冷かしながら、そこで買った何かを頬張りながら、フラフラと探索するだけでも、それなりに楽しむ事ができる。
しかしその日、僕らの目を惹いたのは、たっぷりの鳥肉が詰まったパイ包みでも、サウスバッチ共和国から運ばれてきた舶来品でもなくて……、ある一匹の、とても美しい猫だった。
ポータス王国の王都の傍には、大きな河川が流れてる。
だから時期によっては、その川で獲れた魚が串焼きになって、屋台に並ぶ。
肉も良いが、魚はやっぱり食べれる時期、美味しい時期があるから、僕とシャムは買った数本の魚の串焼きを、それぞれ交互に齧りながら、王都を目的もなく探索してた。
いや、目的もなく探索って言うと聞こえが悪いけれど、こうやって買い食いをしながら歩く事自体が目的なので、うん、別に特に問題はない。
だがその時は、口元に串焼きを持って行ってもシャムが齧ろうとしなくて、
「キリク、あれ見て」
それどころか驚いた事に、人が大勢いる王都の中なのに、極々小さな声だったけれど、人の言葉でそういったから、僕は何事だろうと足を止める。
シャムの視線を追ってそちらを見れば、そこには花屋があって、色とりどりの花が並べられていたけれど、その花の間でぐるりと丸まって昼寝をしてる、一匹の美しい猫がいた。
見た目は、僕の知る猫種で言えば、ロシアンブルーにとても似てる。
もちろん、この世界にロシアンブルーが存在してる訳じゃないんだけれど、それによく似たすらりとした体形で、アッシュブルーの毛並みだ。
僕らの視線に気付いたのか、開いた瞳の形はアーモンド形で、やっぱりそれもロシアンブルーを思わせた。
でもシャムが目を留めたのは、別にその猫が美しいからじゃないだろう。
あぁ、いや、もしかしたら、それもあるのかもしれないけれど、僕は残念ながら猫でもケット・シーでもないので、その辺りの感性はちょっと共感が難しいから、実際にどうなのかはわからない。
ただそれよりもわかり易い、シャムがその猫を気にする理由は、僕にも十分に理解できた。
何故なら、その猫は、道行く人々は誰一人として気付いてない様子だけれど、僕の肩にいるシャムと同じ、ケット・シーだったからだ。
姿形が猫と変わらずとも、その仕草も猫と全く同じだったとしても、幼い頃からケット・シーの村で育った僕には一目瞭然である。
どうして判別できるのか、どこが違うのかって問われると、何となく違うとしか言えないんだけれど、とにかく見ればそうと分かった。
それは初めて見るケット・シーだったから、当然ながらあの村の住人ではないのだろう。
ケット・シーは、人の世界に紛れて、飼われたり野良猫に混じったりしながら暮らす者もいるって話は聞いてたけれど、実際に会うのは初めてだ。
うん、なんだかちょっと、嬉しい。
知っての通り、僕は猫がとても好きで、ケット・シーは更に大好きである。
シャムはその中でも特別なんだけれど、それはさておき、新しいケット・シーに出会えたってのは僕にとってはとても良い出来事だ。
僕らとそのケット・シーは暫くジッと見詰め合っていたけれど、やがてそのケット・シー、恐らく雌の彼女は、仕方なさそうに体を起こして、付いて来いと言わんばかりに頭を一度振って、堂々とした姿勢で歩き出す。
その行動に、僕はシャムと顔を見合わせてから、そのケット・シーの後を追った。
あまりに堂々と歩くそのケット・シーに、まるで付き従わされてるみたいだなぁって、ちょっと思いながら。
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