第105話
以前、一年生の時に上級生との模擬戦に使った地下闘技場。
普段は魔法の訓練場でもあるそこに、今日は長方形のラインが書かれて、簡易のコートが作られた。
尤もコートと言っても、僕が知るテニスやバドミントン、バレーボールのように、真ん中にネットは張られない。
それは魔法を使って球を打ち合うのに、邪魔にしかならないからだ。
完成したラケットを手に、僕はそのコートに立つ。
そして僕とは反対側のコートには、つまりは敵陣にあたる位置には、戦闘学の教師であるギュネス先生が、いかにも楽しそうにニヤニヤしながらラケットをクルクル回してた。
僕はギュネス先生の笑みに少しイラっとしながら、心を沈める為に溜息を吐く。
そう、今日は僕とギュネス先生が、提案したスポーツがちゃんと競技として成り立つか、実際にプレイをして確かめる日である。
クラスメイトと相談して提出した競技案は、魔法学校側に概ね受け入れられた。
もちろん全てがって訳じゃなくて、例えば男子生徒が行う予定のラグビーもどきは、やはり杖を手に持ってのプレイがあまりに危険という事で、魔法学校側から人数分の発動体の腕輪が貸し出されるようになったりと、細かな変更はあるんだけれども。
ただ当たり前の話なんだけれど、道具を渡されてルールを説明されて、それじゃあやってみろって言われても、まともに競技としてプレイできる人は、極々少数になるだろう。
動き方が分からずに戸惑ったり、ラケットを渡されても握り方すらわからないかもしれないし、ましてや前にボールを打って飛ばせるかなんて、実に怪しいところだった。
魔法を使う事が前提の競技だから、ある程度はその力で補正が利くけれど、基本的な動き方とルールの理解は、どうしたって必要だ。
だからこそ、まずはそれがちゃんと競技として成り立つ事を、プレイして目に見える形で証明する必要がある。
本当は、このラケットを使った球の打ち合いは、競技会では女子生徒がプレイする予定だ。
しかし競技の理解度の関係上、この見本のプレイには、僕が駆り出される事になった。
相手がギュネス先生なのは、まぁ、彼がやってみろって言われたら、すぐにできてしまう極々少数の部類だから。
あぁ、加えて、一年生にそれを教えるのが、恐らく戦闘学の授業になるだろうからって理由もある。
戦闘学の授業って、教えてる内容は物騒だけれど、一部には体を育む、体育的な要素も強くあるから、適任と言えば適任なのだろう。
なんというか、僕はギュネス先生こそ、模擬戦でボコボコにして勝利したい相手なのに、模擬戦を行わない為の競技を彼とプレイする事になるなんて、何というかあまりに皮肉だ。
トレントの木材から切り出したラケットのグリップには、滑り止めに鞣したダイアウルフの皮を巻いて、ガットにはファイアホースのたてがみを縒った糸を使った。
ボールは黒鎧牛の油と、半炭樹の樹液、跳ねキノコの胞子を混ぜた物を固めて作ってて、ちょっと重いけれど良く弾む。
これだけで、魔法学校の外ではひと財産になるんだけれど、まぁそれは今気にする事じゃない。
以前に、この競技は物体を引き寄せる魔法と、逆に遠くに押し出す魔法を使うって話したと思うけれど、最初の一打目、いわゆるサーブの時だけは、別の魔法を使う。
ルールは至ってシンプルで、サーブは交互に、敵陣にワンバウンドさせて、相手が撃ち返せなければ点数が入る。
使える発動体はラケットのみで、特に他には難しいルールもなかった。
もちろん挑発や暴言が駄目なのは、そもそも人として当然のマナーだ。
まぁそれ以外は、実際にやってみて覚えて貰うより他にない。
僕は真っ黒な、前世の記憶にあるテニスボールよりは、幾分ずっしりとしてるボールを手に、呼吸を整える。
ラグビーもどきも、テニスもどきも、不便だからちゃんとした名前が欲しいけれど、命名は魔法学校に任せたいと思ってる。
名前を僕が付けてしまうと、どうしたってラグビーやテニスって、既に知ってる名称に影響を受けてしまいそうだから。
ルールや競技の形はどうしても、洗練された例を知っているので借りて来てしまったが、名前までもがそれに影響を受けるのは、あまり嬉しい事じゃない。
だってそれじゃあ、まるで星の世界を理想とし、この世界に再現しようとしてる星の灯の連中と、自分がまるで変らないように思えてしまうし。
「火よ灯れ」
ボールを軽く上に投げ、振ったラケットがそれを捉えると同時に、僕はその魔法を使う。
黒鎧牛の油や半炭樹の樹液といった、炎に関わる素材を使ったボールが燃え上がり、放たれた打球は炎の帯を引く。
わざわざこんな風にボールを燃やす事にしたのは、それが派手で見栄えが良くなるからってのはもちろん、度胸と判断力を養うのに役立つだろうからって思いがあった。
この魔法学校は、生徒に戦う力を求めてる。
故にスポーツではあっても、戦いに近い緊張感を得られ、度胸と判断力を養える物にするのがいいんじゃないかと、……シャムがこっそり助言をしてくれたのだ。
幸いにも派手に燃え上がって見せるけれど、燃え尽きず、ボールとしての性能を失わない素材には、幾つも心当たりがあったし。
僕の打球は敵陣の隅を狙ったものだったが、当然のようにギュネス先生はそこに回り込んでて、いとも容易くボールを打ち返す。
もちろん、それは押し出す魔法をボールに乗せた、とても強烈な打球だ。
初めてラケットを握ったにも拘らず、炎に怯まず、ボールに追い付き、完璧なタイミングで魔法を乗せて打ち返してくる辺り、流石は戦闘学の教師といったところか。
しかし幸い、まだギュネス先生は、返球でコートの隅を狙える程に、ラケットの扱いには慣れてはいない。
真っ直ぐに飛んでくるだけの打球なら、それが炎を纏っていようが、強烈に押し出す魔法が掛かっていようが、対処は十分に可能である。
魔法の乗った強烈な打球を返す方法は、僕の想定では二種類あった。
一つは引き寄せる魔法を使い、打球の向きを逸らす事で勢いを弱め、後は自分の力で打ち返す方法。
ルール上、一度はボールを相手の陣でバウンドさせなければならない都合上、引き寄せの魔法は、押し出す魔法の出力を上回り易い。
但し引き寄せる向きを誤れば、打球の力は弱まらずに、むしろ勢いを増してラケットに当たり、自前の力だけでは押し負けてボールを返せなくなってしまう為、魔法を使う向き、タイミングが非常に重要になってくる。
もう一つは、強烈な打球が飛んでくる先に回り込み、自分も押し出す魔法を使いながら、力に力をぶつけて強く打球を返す方法。
恐らくこちらの方が、引き寄せの魔法を使うよりも、強烈な打球を返し易いだろう。
ただ、返す打球は必ずしも強い方がいいとも限らない。
何故なら、このコートにはネットがないし、バウンドさせる位置だって敵陣ならどこでも構わないから、最も手前の部分、ギリギリのところにボールを落として、相手に引き寄せの魔法を使わざるを得なくするって戦略も可能だからだ。
まだラケットの扱いに慣れてないギュネス先生に対しては、ガンガンと強打をぶつけ合うよりも、小賢しく振り回してやる方が、僕の勝率は高くなる。
それ故、僕は敢えて一歩、打球から遠ざかる方向に跳びながら、魔法でボールを引き寄せて勢いを弱め、極々弱い返球を、相手の陣地に軽く落とす。
強い打球が来る事を想定していたのだろうギュネス先生の反応は、それに対して僅かに遅れてしまう。
彼の、引き寄せの魔法を使った強引な返球は、僕にとっては正に打ち頃で、押し出しの魔法と共に放たれた打球が、相手陣地の隅に強烈に突き刺さり、僕の先制点となった。
余裕綽々だったギュネス先生が、今はとても悔しそうな顔をしていて、胸がスッとすく。
いや、実に大人気ない事をしてる気はするんだけれど、彼は一年生の前期の試験以来、何時かは凹ませてやろうと思っていた相手である。
それが模擬戦でなかったとしても、この機会を逃す心算は欠片もない。
ルールは、五点先取で一セットを取れて、互いのコートを変えて次のセット、二セット取れば勝利って形にしようと思ってるけれど、今回はあくまで見本としてのプレイだし、一セットやれば十分だ。
後、四点。
その間にギュネス先生は、ラケットの扱いとルールに慣れて、僕に食らい付いてくるだろうか。
炎の消えたボールを、冷やしてから握った彼が、これまでに見た事のない真剣な表情で、詠唱と共にサーブを放つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます