第102話


 物事は、実際に試してみなきゃわからない。

 どんなに良い案であっても、実際に試してみなければ隠れた欠点、或いは最初から露わになってるにも拘わらず、だからこそ死角になってる大きな欠点を見落としてしまう事は多々あるだろう。

 例えば、杖と魔法をラケット代わりにするスポーツを考えたといっても、実際にはボールを打ち返すのがあまりに困難だった為、結局はラケットを作らないといけなくなったりとか。


「いやいや、お前さん、これを加工してくれって、そりゃあできるかどうかで言えば、できるけど、なぁ?」

 僕が鞄から取り出した大きな木材を目にして、驚きの声を上げたのはポータス王国の首都で大工をするパトラの父親。

 そう、彼が驚いているのは、今取り出した木材が、動き回る樹木、要するに魔法生物であるトレントのものだったからである。

 魔法生物の素材はとても高価で、当然ながらトレントだって例外じゃない。


 特に今回用意したのは、大きな一枚の木材だ。

 枝に関しては割と採取され、魔法学校の生徒も使う発動体の杖として用いられるトレントだが、その本体から切り出した木材は枝よりも価値が高くなる

 何故なら、枝はトレントを殺さずとも採取ができるが、本体より切り出す木材は、トレントを殺さなければ手に入らないからだった。

 それが目の前にある事の驚きが、明らかに鞄よりも大きな木材がスルスルと出てきた驚きを上回ったのだろう。


 でもそれは、僕にとって嬉しい誤算である。

 まさか説明もなく、これがトレントの木材だと見抜かれるとは思ってなかった。

 つまりパトラの父親は、どこかでトレントの木材を目にした事があるのだ。

 いいやもしかしたら、加工した経験だってあるかもしれない。

 何しろ、加工はできると言ったくらいなのだから。


 もちろん僕も、彼が何を問題にしてるかくらいはわかってた。

 トレントの木材がっていうより、魔法生物の素材全般が、一介の職人にポンと任せるには高価すぎるって事だろう。

 正直、見ず知らずの相手だったら、持ち逃げされたって文句が言えないというか、預ける方が悪い。


 ただ、僕だって何も考えずにトレントの木材を任せようって訳ではないのだ。

 これは金銭を対価に魔法学校より購入した素材ではあるけれど、僕が鞄に施してるマーキングの処理はしてあるので、持ち逃げをされても手元に引き寄せて取り返せる。

 何より、パトラの父親はそんな事を心配せずにこれを預けられる相手だった。

 そもそも、もしも彼が持ち逃げなんて真似をしたら、パトラの将来に悪い影響があるのは明白だし。


「しかし、たった一年で本当に依頼を持ってくるとはなぁ……。まぁ、パトラから聞いてるお前さんの話が全部本当なら、それも不思議はないか」

 僕が意思を変えないと悟ったのか、パトラの父親は肩をすくめて、それからそんな言葉を口にした。

 そういえば、僕がパトラの父親に会ったのは、去年の夏期休暇の終わり頃だったから、一年と少し前か。

 時間の感覚は大人と子供で、大人の中でも年齢次第で、随分と変化する。

 あれから、僕的にはとても色々とあったから、もう結構前の話に感じるけれど、パトラの父親にとってはきっとそうじゃないのだろう。


 まぁ僕も、こんな形で依頼を持ってくる事になるとは、夢にも思ってなかったんだけれど。

 ラケットなしでは提案したスポーツが成立しそうになかったから、それはもうどうしようもない。

 一応、製作に掛かった金額は魔法学校側が後から補填してくれる事になってるので、その辺りは安心だ。


「よし、ならこの仕事は引き受けるぜ。お前さんが約束通りに依頼を持ってきたってなら、断る訳にはいかねえよな」

 それから、パトラの父親はニヤッと笑みを浮かべて、僕からの依頼を受けるって言ってくれた。

 僕はその笑みに、ホッと安堵の息を吐く。

 信頼して仕事を任せたい職人は、そう簡単に見つかる物じゃない。


 シールロット先輩は、独自に職人の伝手があるらしいし、高等部にあがれば魔法学校側からの紹介だってあるという。

 何でも卒業生の中には、何を思ったか職人の道に進む事にした人もいるんだとか。

 ただ今の僕の思い付きを、そのまま形にしてくれるとなると、やはりパトラの父親が僕の頭に真っ先に浮かぶ。

 将来的には色んな職人との付き合いは必要になるだろうけれど、まずはここから始めたかった。


 当たり前の話なんだけれど、この世界にだってスポーツの類は幾つかある。

 けれどもそれらは、石投げや槍投げ、取っ組み合いの格闘に、走る速さを比べたりとか、基本的には使用する道具やルールが単純なものばかりだ。

 相手の陣地に向かってボールを打つ競技はあるのだけれど、間にネットを張る訳でもないし、ボールを打つのは素手だった。


 あぁ、いや、別にそれが悪いとか、ましてや馬鹿にしてる訳では決してない。

 だって僕が提案したスポーツだって、別に自分で考えたものではないのだし。

 単にラケットのような道具を作る下地がこの世界にないから、独自の色を籠めたがる職人よりも、注文通りの品を、齟齬なく作ってくれそうなパトラの父親に頼りたいって話である。

 そう、僕が求めてるのは、出来の良い完成品じゃなくて、あくまで部品に過ぎないから。

 ちなみにラケットに張るガットは、色々な魔法生物の毛を使って試作する心算だ。

 スピンドルの使い方に慣れておいて、良かったなぁって思ってる。


 今の想定では、魔法の発動体として使えるラケットを用意し、物を手元へ引き寄せる魔法と、遠くへ押しやる魔法を使って、テニスのようにボールを打ち合う競技になるだろう。

 一つの発動体では、同時に一つの魔法しか使えない。

 故にボールを自力で打ち返す事ができるなら、遠くへ押しやる魔法を使って強い打球を放ち、それができなければ物を引き寄せる魔法に頼って、何とかボールを打ち返す事になる。

 魔法が物を押す力、引き寄せる力も無限じゃないから、互いにそれを操るタイミングや実力が問われるし、やっぱり自前の身体能力で打球に追い付けれたなら、その分だけ返球は有利だった。

 実際にラケットを完成させて、プレイしてみなければわからないけれど、それなりのバランスはとれる筈だ。


 正直、学校のイベントにどうして自分がここまで手間を掛けなきゃいけないんだって気持ちは、少なからずある。

 まぁ言い出しっぺだから仕方ないんだけれど、思ったよりも苦労が多い。

 ただ同時に、貴重な経験ができている事も確かだった。

 企画し、考えを出し、意見を纏め、必要なものを形にして、その一環として職人に発注も掛ける。

 この経験は高等部にあがってから、自分の研究を行う際に、きっと役に立つだろう。


 シールロット先輩が使ってた生きてる剣もそうだけれど、魔法の道具にする工程はともかく、元となる剣自体は職人に作って貰わなきゃならないし、他の魔法の道具だってそうだ。

 僕が使ってる鞄は、自分で革を手縫いした物だが、やっぱり専門の職人に任せて作った訳じゃないから、色々と粗が目立つ。

 将来的には、色んな職人と付き合いをして、彼らに自分が思い描いた通りの物を作って貰うのが、どうしたって必要になるから。

 魔法学校側がそこまで考えて僕らにこれを任せたって事は、流石にないだろうけれども。


 いずれにしても、これだけ手間暇を掛けたのだから、競技は採用されて欲しいし、初等部の一年生と二年生のイベントが、楽しい物になって盛り上がり、皆が喜んでくれればいいなと思う。


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