第101話


 旅の扉の魔法を習得した事で、僕の活動範囲は大きく広がった。

 夏や冬、長期の休みにはジェスト大森林までは僕の旅の扉で移動して、そこから先はシャムに妖精の抜け道を使って貰えば、ケット・シーの村に帰郷するって選択肢も生まれたし。

 いや長期の休みじゃなくても、妖精の領域で採取をするだけなら、日帰りは無理だとしても、二日か三日あれば十分に可能かもしれない。

 今はまだ訪れた事がないから無理だけれど、ノスフィリア王国、ルーゲント公国、サウスバッチ共和国、クルーケット王国といった、ポータス王国以外のウィルダージェスト同盟に属する国々だって、首都にあるという目印に泉を覚えれば、自在に国外旅行ができるようになる。

 これまで僕の活動範囲が魔法学校と、精々がポータス王国の首都くらいだったのを考えると、この広がり方は圧倒的だ。


 しかし残念ながら、僕はまだその活動範囲の広がりをちゃんと体験できてはいない。

 というのも、ほら、ちょっとやる事が多過ぎて、その暇が取れていなかったから。

 夏期休暇の頃に比べれば頻度は落ちたが、シールロット先輩との共同研究は続いているし、教わった錬金術を使った戦い方を身に付けるべく、自分用のアイテムを作っては貯蔵もしてる。 

 授業で出される課題も少なからずあり、加えて後期のイベントである、初等部の一年生と二年生が行うスポーツの内容もそろそろ案を纏め上げなきゃならなかった。


 気分的には、前世の、星の世界の知識を使った例えになるけれど、バイクや車の免許を取得したり、新車を購入したはいいが、受験勉強や仕事が忙しく、それらに乗って遊びに出掛ける暇がないって感じだ。

 時間がなくてお預けを喰らわされた状態って言えば、よりわかり易いだろうか。


 まぁ、別にそれを嘆いてる訳じゃない。

 活動範囲を広げずともやる事が沢山あるって言うのは、充実してるって意味でもある。

 より外に何かを求めずとも、これまでの範囲で足りてるなら、無理に遠くに足を延ばさずとも構わなかった。

 一つ一つ、目の前の事を片付けて行けば、いずれは余裕も生まれて外に目を向けるタイミングも訪れるだろう。

 例えば、そう、冬の長期休暇とか。

 その時に必要な足、移動手段を、先に手に入れたんだって思えばいい。



 だから僕は、今日すべきその一つ、魔法学校に提案するスポーツの案を、男の友人達と纏めてた。

 いや、もちろん案自体はクラス全体から募ったんだけれど、好き勝手な意見、無理矢理捻り出されたそれを纏め上げて一つの物にするって作業は、頭が多ければ多い程に難航するので、最終的には僕が預かって纏めを作るって形で合意されたのだ。

 よく言えば頼られて、悪く言えば押し付けられたって感じだろうか。

 尤もスポーツをしようって事自体、言い出しっぺは僕なので、そこに不満はないけれども。


「なぁキリク、やっぱりこれだと、使える魔法が少なくないか?」

 ただ一人で考えるのはつまらないので、クレイ、ジャックス、ガナムラの三人には、一緒に考えて貰ってる。

 ちなみに、今の意見はガナムラだ。

 貴族であるジャックスと、貴族のいない国の出身であるガナムラは、正直なところ、あまり相性は良くない。


 ジャックスは貴族の出である自分に誇りを持ち、その他大勢を導きより良い暮らしをさせたいって思ってるし、ガナムラは貴族がおらずとも国は動くのだから、貴族なんて不要だって考えを持っていた。

 その二つの考え方が相容れる事は、そりゃあどうしても無理だろう。

 生まれ育った環境も、立場もまるで違うのだ。

 しかし去年の、一年生の後期の上級生との模擬戦で、ジャックスとガナムラは共に代表になって、それを切っ掛けにお互いの事を少し認めてる。


 上級生の貴族の振る舞いを見て、ガナムラはジャックスがそれと同類ではないって認識したし、逆にジャックスも同じ物を見て、ガナムラが貴族を忌避する気持ちを理解したから。

 別に仲良くなったって訳じゃないんだけれど、

「いや、運動競技であるという事を考えれば、使える魔法を絞るのは正しいと思う。もちろん一切なくしてしまうとそれを魔法使いがやる意味がなくなるが……」

 揉める心配なく意見を交わせる程度にはなっていた。

 ジャックスの反対意見に、ガナムラが顎に手を当てて考え込む。


「まぁ、そうだね。使える魔法が多い方が見栄えは良いけれど、それに偏らずに身体を動かして欲しいしね。何より、一年生は僕らに比べて使える魔法が少ないから、そこは考えないと」

 なので僕がそう付け加えてやると、それならばと、納得したようにガナムラも頷く。

 折角スポーツという形にするなら、身体能力はもちろん、状況観察力やチームワークと言った物も問われるようにもしたい。

 魔法を使えば状況が一変するようなものじゃなくて、どちらかといえば使い方を試されるようにもしたかった。


 今のところ考えているのは、ラグビーボールのように押し合ったり、パスをしながら敵陣のゴールまでボールを運ぶスポーツだ。

 使える魔法はボールを手元に引き寄せたり、遠くへ押しやる魔法と、殺傷能力のない風を吹かせる魔法。

 つまりは一年生の基礎呪文学で学ぶ魔法の、ほんの一部のみ。

 ボールを手にする時は杖を仕舞って両手で掴み、魔法を使えないようにする。


 発動体の杖は頑丈だから、ぶつかり合ってもおれる事はないけれど、逆に杖が相手に刺さって怪我を負わせる可能性が悩みどころだった。

 尤もこの魔法学校では怪我なんて日常茶飯事だし、すぐに治療をすれば大きな問題にはならない気もしてるけれども。

 装飾品の発動体を持つって手もあるが、全員分を揃えるとなるとかなりの大金が掛かってしまうし。


「いや、キリクの使える魔法が多過ぎるだけだと思うよ。でもそれなら、仮に高等部でも同じ競技をするなら、使える魔法は増やすってルールにする?」

 何やら楽し気に、クレイがそんな風な言葉を挟む。

 そう、可能であれば、僕らはルールを練ってるこのスポーツを、初等部の一年生と二年生だけで行うのではなく、もっと多くの魔法使いに広まるものにしたいと思ってる。

 だって折角考えてるんだから、流行ってくれた方が僕らも嬉しい。


 高等部を対象にするなら、使える魔法を増やすだけじゃなくて、それこそ全員が装飾品の発動体を揃えたり、防護効果のあるユニフォームなんかを着るって手もあるか。

 初等部の間は無理でも、高等部にあがればそれくらいは自前で賄う事も十分に可能な筈だから。


 ちなみに、今は男友達とラグビーボールをモチーフにしたスポーツの案を練ってるけれど、この後は女友達、パトラやシズゥと共に、女子向けのスポーツも相談する予定になっていた。

 魔法を使った戦闘ならともかく、筋力を含む身体能力が物を言うスポーツでは、やはり男女は分けた方が無難だろう。

 また、今練ってるこの案は、女子達にはすこぶる不評なので、別の形のスポーツを考える必要があったのだ。

 一応、杖と魔法をラケット代わりにするテニスをモチーフにしたスポーツを提案したら、そちらは好評だったので、その方向で考えていた。

 ある程度の人数は出したいし、ダブルスかなぁ……。

 案を練るだけじゃなくて、実際にちょっとプレイして試してみる必要もある。


 まぁ何にせよ、僕は多分、今はとても充実した日々が送れてるんじゃないだろうか。

 やる事は、本当に色々とあるけれども。

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