第85話
前期の試験の日程は全部で三日間。
初日は筆記の三科目、古代魔法基礎と魔法陣基礎、それから魔法史の試験だ。
そして二日目と三日目で、呪文学と治癒術の実技を一日ずつ行う。
クラスの半分は二日目に呪文学を、三日目に治癒術の試験を受け、残る半分は二日目に治癒術を、三日目に呪文学の試験を受ける。
初日の試験は、魔法陣基礎と魔法史は特に問題なかったが、古代魔法基礎で引っ掛かった。
魔法陣基礎と魔法史は、普通に授業で教わった内容からの出題だったのだが、古代魔法基礎は、古代や今では失われた魔法に関して思うところを自由に書けって、作文形式の試験だったのだ。
単純に知識を問われるのではなく、自身の考えを問われる試験は、何が正解なのかがわからない。
一応は解答用紙を一杯に文字を並べて、埋めるだけは埋めたのだけれど、僕が古代魔法に対して特に思い入れがない事は、きっと先生だったら見抜くだろう。
少なくとも、古代魔法基礎に関しては、点数は確実にクレイに大きく負ける。
魔法陣基礎と魔法史は、これは何時もの事だけれど、互いに然程の差はない筈。
また今回、戦闘学と魔法生物学は、僕はクレイと同じ組で林間学校に臨んだから、これまた成績に差は付かなかった。
するとついてしまった差を埋め、巻き返すには、呪文学と治癒術の実技しかない。
元々実技はクレイよりも僕の方が得意だから、彼を上回る事は可能だ。
これは厳然たる事実だけれど、問題の古代魔法基礎で付いただろう点差をひっくり返せるくらいに上回れるかは、……やってみなくちゃわからなかった。
クレイの優位は一科目、僕の優位は二科目と考えれば、まだこちらの方が、一応は有利ではある筈なんだけれども。
今回の試験は、これまでになく競る結果になるだろう。
なんだか、不謹慎かもしれないけれど、ちょっと楽しい。
もちろん今回は実技が少なめな上に、古代魔法基礎の試験が特殊で、尚且つ林間学校では僕とクレイが一緒の組だったっていう、少しばかり特殊な条件がそろってしまったからこその接戦ではあるが、だからこそ僕は張り合いを感じてた。
二日目に受けたのは治癒術で、魔法薬で眠らせた山羊をシギ先生がナイフで刺し、息絶える前に治癒するって内容の実技試験だ。
魔法薬で眠る山羊が苦痛を感じた様子はないとはいえ、目の前で命が失われそうになる光景は、中々にショッキングな物である。
実際、治癒が間に合わなければ山羊が死んでしまう事だって多々あるから、代わりの山羊もすぐ傍に寝かされてるし、今日と明日、つまり試験の二日目と三日目は、卵寮での夕食は、山羊肉料理になるという。
山羊肉は好きだし、狩りで獲物を仕留めたり、襲ってくる魔法生物を返り討ちにした経験もあるから、命を奪うって行為に嫌悪感を覚える資格は僕にはない。
しかしやはり、試験の為に、自分の失敗で命が失われるって事は、決して気分が良くないので、僕はシギ先生が山羊に刺したナイフを急いで右手で引き抜きながら、……しかし冷静に左手で杖を振る。
「傷よ、癒えよ。その身よ、正しき働きを取り戻せ」
詳細にではなく、大雑把にではあるけれど、ナイフが突き刺さった体内と、それが正常な形に修復されるイメージを脳裏に描きながら、僕はその文言を口にした。
ナイフを完全に引き抜けば、噴き出した山羊の血液が僕の顔を汚す。
だけどそれは一瞬の事で、破れた血管、裂けた肉も綺麗に、元通りに修復されて、それ以上の出血はない。
眠る山羊は、ナイフを突き刺される前と変わらず、安らかに眠ってた。
僕は、山羊の傷口と、それから生存を確認して、……大きく息を吐く。
「はい、そこまで。……そうですね、綺麗に傷を治せています。大変宜しいでしょう。下がってよろしいですよ」
その後に、山羊の傷口や様子を確認したシギ先生が、淡々と僕にそう告げる。
どうやら、中々に良い評価が下されたらしい。
僕は殺さずに済んだが、それがこの山羊にとって救いとなるかは、また別の話だろう。
次か、その次、他のクラスメイトの試験で、山羊が死ぬ可能性は決して低くない。
また仮に、血を流して弱った山羊が、試験に使うには不都合になったとしても、その時は普通に屠殺されて、やっぱり夕食に並ぶだけだ。
だから僕が吐いた安堵の息には、試験の結果が良さそうだったって事以外に、意味はなかった。
三日目に受けるのは呪文学の実技試験。
こちらは二年の前期で習得した呪文を、ちゃんと扱えているかの確認だった。
圧縮した風を撃ち込んで炸裂させる魔法や、短距離を転移で瞬時に移動する魔法、その他幾つかの魔法を、ゼフィーリア先生の指示通りに使って見せて、ただそれだけで試験は終わる。
「どれもちゃんと使えてますね。キリク君、貴方は前期で教えられる魔法を、全て習得しています。後期もその調子で頑張れば、やがては歴史に名を残す魔法使いになれるかもしれませんね」
ゼフィーリア先生は、珍しく少し笑って、そんな冗談めいた言葉を口にした。
どうやら呪文学の成績は、どれだけの魔法を呪文学の授業で習得できたかで決まるようで、試験はその確認に過ぎないらしい。
つまり間違いなく、僕はこの呪文学で最もよい評価を得たのだろう。
それこそ、ゼフィーリア先生が珍しく冗談を言ってしまうくらいに。
なら後は、もう結果を待つばかり。
二年の前期で一位を取るのが僕になるか、クレイになるかは、彼の実技の出来次第だ。
でも僕は、友人の試験の出来が悪い事を祈る真似はしたくないから、もう後は何も考えずに、結果が発表されるまで、ダラダラと時間を過ごすとしよう。
その日、夕食で噛み締めた山羊の肉は、前の日もそうだったんだけれど、とても味わいが深くて美味しかった。
まぁ、だからどうしたって訳じゃないんだが、もう、夏期休暇は目の前だ。
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