第86話
さて、前期の試験が終わっても夏期休暇に入る前に僕らにはやる事が一つある。
それは一年生の時に経験した、初等部の一年生と二年生で行う模擬戦の中止というか、廃止を求める要望の提出だ。
流石に林間学校や試験の間、或いはそれ等の準備中は、他の事に割く余力なんてなかったから、ついつい後回しになっていたけれど、前期の間に要望を出さなければ、後期になると模擬戦の準備も始まってしまう。
だから僕らが要望を魔法学校側に提出するタイミングは、試験が終わり、夏期休暇が始まる直前、より正確に言うならば、先生達が帰郷する生徒達を各国の首都に送り届ける前の日しかなかった。
あ、ちなみに試験の結果は、今回も僕がクラスで一位である。
尤も、二位を取ったクレイとの差は、然程に大きな物ではなかったけれど。
三位はジャックスで、クレイとは更に少しばかりの差があった。
まぁ、それはさておき、クラスメイトの意見は、既に統一できている。
もちろん相談中には、今回は年下の、経験の浅い一年生が相手なのだし、別に模擬戦が行われても構わないじゃないかって意見も出た。
どうしても前回、代表にならなかったクラスメイトにとっては、他人事って感覚が強いし。
だが僕を含めて、一年生の時に代表になった五人が口を揃えて、前回は上級生と雄々しく戦った自分達が、次は下級生を嬲るような真似はしたくないと言った事で、クラスの中にその意見に納得する空気が生まれる。
何しろ前回の、一年生の時に経験した上級生との模擬戦は、観客となっていたクラスメイト達の目にも、上級生の振る舞いは酷く映った。
それは決して、模擬戦というイベントのせいだけではなかったけれども、自分達のクラスメイトにあんな真似をさせたいと、思う者はいなかったのだ。
積極的に大きな声を挙げて反対する程の熱量はなくとも、そうやって反対する者がいるならば、そこに小さく声を添えようとしてくれるくらいには、模擬戦を他人事のように感じていたクラスメイト達も、意見に同調してくれた。
ただ、そう、単に模擬戦の廃止を求めるだけでは勿体ない。
もしも要望が通って模擬戦が廃止になるとしたら、その代わりのイベントを、僕らの提案で差し込むチャンスではないだろうか。
模擬戦は、僕から見ると紛れもないクソイベントだったが、それでも初等部の一年生と二年生が関わり、更に高等部の生徒に自分達をアピールする機会ではあった。
だったら、その僅かな良かったところだけでも残した他のイベントを、やれたらきっと楽しいと思うのだ。
この案にも、そこまで自分達が考える必要はあるのかって意見は出たんだけれど、しかしイベントの代案を提出する件は、模擬戦の廃止よりも皆に素直に受け入れられる。
というのも、模擬戦が廃止になって空いた時間に、林間学校のようなイベントを入れられては堪らないって言ったなら、皆が即座に頷いた。
模擬戦と違って、林間学校に関しては、クソイベント呼ばわりする心算はない。
それで得るものは多かったし、自分や仲間の成長を目の当たりにして、その効果は実感したから。
しかしもう一度あの林間学校を、二年生の間にやりたいかと問われれば、答えは断じて否だ。
そしてそれは、僕だけがそう思ってる訳じゃなくて、クラスメイトの誰もが同じだった。
するとそこで問題となるのは、ならばどんなイベントを模擬戦の代わりに提案するのか。
初等部の一年生と二年生が共に参加できて、高等部の生徒が見に来れて、何よりもできるだけ平和なイベント。
各国を回る旅行に行きたいとか、釣りがしたいとか、船に乗りたいとか、意見は色々と出るけれど、これだという物は出てこない。
そんな中で、僕が思い付いたのは、やはりここは魔法を学ぶ場とは言え学校って名前が付いてるからだろうか、体育祭と文化祭。
尤もそのまま、体育祭や文化祭を提案したところで、イベントとしての採用は難しい。
何故なら、このウィルダージェスト魔法学校は、生徒数が少ないからだ。
初等部の一年生と二年生だけに限るなら、それぞれ30人ずつの、計六十人しかいなかった。
これではとてもじゃないが、祭りの名を冠するようなイベントは行えないだろう。
けれどもそのままじゃ採用できないにしても、考え方の方向性は間違っちゃいない筈。
だったら規模を大きくする為には、高等部も巻き込んでしまうのが最も手っ取り早い方法だ。
もちろん高等部には高等部のイベントがあるだろうから、必ずしも通るとは限らないけれども。
他の方法としては、体育祭の場合は種目を絞ってしまえばいい。
例えばサッカーのようなスポーツに、特定の魔法のみを、回数限定で使用可等といったルールを加えれば、それなりに楽しめるものになりそうである。
この世界にサッカーがある訳じゃないけれど、前世に生きた世界を思い返せば、魔法と組み合わせれば面白くなりそうなスポーツは幾つか思い付く。
いやいっそ、完全に魔法に割り振っても楽しそうだ。
物を引き寄せたり押し出したりする魔法をメインに、ボールを奪い合ってゴールに運ぶ。
魔法の対象にして良いのはボールだけで、強風を起こす魔法で叩き落としたり、凍らせる魔法でボールを凍らせて重くしたり……。
どの魔法は可で、どの魔法は不可かなのかは、線引きがちょっと難しそうだけれど、ルールを明確にすれ定めれば面白くなるかもしれない。
基礎呪文学で教わる魔法を中心にすれば、一年生も後期になれば、プレイが可能になる子もいそうだし。
使える魔法にバラつきがあっても、それが選手の個性になる気もする。
肉体を使うスポーツのように男女差が出たりしないだろうし、怪我も少なくなる筈だ。
欠点としては、身体を鍛える事には繋がらない辺りか。
逆に文化祭の場合は、クラスで一つの出し物をするんじゃなくて、林間学校の時のように少人数で一つの組を作って出し物をすれば、見栄えのする祭りになると思う。
屋台のような物を出すなら、五人や六人の少数で、劇のような物がやりたいなら、十人とか十二人とか、二組が一緒にやって一つの出し物をするみたいな形で。
その上で観客には魔法学校外の人間を招待すれば、きっと賑わいは出る筈だった。
尤も魔法学校内に外の人間を招けるのか、警備の問題はどうするのかとか、まだ色々と問題はありそうだが……。
取り敢えず、やってやれない事は、ないんじゃないだろうか。
僕らが、完全に決めてしまう必要はないのだ。
生徒である僕らにできるのは、所詮は要望、提案のみ。
それを実現するかどうかを決め、細かな問題を潰すのは、そりゃあ魔法学校側の仕事である。
結局、提案は僕が言い出した体育祭、もといスポーツの試合と、文化祭、もとい魔法学校祭の二つを、どちらも提案してみるという話になった。
といっても、言い出しっぺなんだから僕が案を纏めて学校に提出する事にはなってしまったんだけれども。
まぁ、大した手間でもないから別に良いか。
この提案が、二年生の後期を一体どのように変えるのか、今からとても楽しみだった。
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