第83話
「凄いね! 私の知らない素材が、こんなに一杯!」
僕とシャムの魔法学校への帰還を、或いはクラスメイトよりも喜んでくれたのが、親しく付き合いをさせて貰ってる上級生のシールロット先輩だ。
彼女は事件で林間学校が中断されたとの話を聞いた日から、帰らぬ僕らの事をとても心配してくれていたという。
でもそんな心配や、再会した後の喜びを全て吹き飛ばしたのは、僕が妖精の領域から持ち帰った、シールロット先輩へのお土産だった。
未知の素材を前にした錬金術師の興奮は、やっぱり何物にも勝るらしい。
自分で渡したお土産なんだけれど、……なんだかちょっと悔しく思う。
しかしこんなに嬉しそうにしてるシールロット先輩に、土産じゃなくて自分を見てくれなんて、とてもじゃないが言えやしなかった。
仮に僕が、大怪我でもしてたなら、そりゃあもっと心配してくれって言ってもいいかもしれないが、結果的には怪我の一つも負わずに無事に戻って来たんだし。
「この葉は嚙むと甘くて、疲労が取れます。この紫の実は食べると酸っぱいですが、目疲れが和らいだり、遠くがハッキリ見えて、この麦は一粒で一つのパンが焼けますね」
持ち帰った素材について、僕がわかってる事を述べていくと、シールロット先輩は頷きながら熱心にメモを取ってる。
何だか、本当に楽しそうで、……彼女がこんなに嬉しそうなら、まぁ、別にいっかとか、妖精の領域から色々と持ち帰っておいて良かったなって、そう思えた。
シールロット先輩がこんな反応をするなら、妖精の領域で採取した素材は、単に僕の知識不足じゃなくて、実際にあまり人間には知られてない素材なのだろう。
僕にとっては、どれも幼い頃から慣れ親しんだ物ばかりなんだけれど、その幼い頃から過ごしてきた環境がとても特殊だったから。
もし仮に、追加でこれらの素材を手に入れたいと思っても、僕以外だと滅多に採りに行ける人はいないだろうし、僕だってそう簡単に帰郷できる訳じゃない。
「でもいいの? この素材で新しい魔法薬とかを作れば、大きな功績になって、間違いなく水銀科に上がってすぐに研究室が貰えるよ。うぅん、もしかしたら初等部に在籍中にだって、研究室が貰えるかも」
唐突に、先輩としての顔を取り戻して、シールロット先輩が僕にそう問う。
あぁ、なるほど。
そういう使い道も、これらの素材にはあるのか。
……うぅん、いや、でもなぁ、一度渡したお土産を、やっぱり自分で使いますなんて言いたくないし。
「いえ、シールロット先輩が使ってください。僕だと、研究してもこれらを無駄にするかもしれないし、そもそも研究する為の場所もないです」
何より、もしも僕がこの素材を研究して新しい魔法薬を作るとなると、その作業を行う為の研究室が必要だった。
場所を借りるとすると、このシールロット先輩の研究室か、或いはクルーペ先生の研究室のいずれかだ。
土産に持ってきた物を渡さず、それどころかシールロット先輩の研究室に間借りさせてもらうなんて、……そんな面の皮の厚さは僕にはない。
そしてクルーペ先生の研究室を借りようとしたら、それこそ僕の研究じゃなくて、新しい素材を弄り回したくて仕方のなくなった錬金術師、クルーペ先生の研究になってしまう。
だったら、素直にシールロット先輩に渡して、喜んで貰った方がずっといい。
いや、そんな理屈を付けなくても、彼女に喜んで貰えるのが、一番良いと思ってる。
「むぅ、そっか、ありがとう。……でも、だったら、私とキリク君の、共同研究って形にしようか。私と一緒なら、ほら、失敗なんて怖がらなくて大丈夫だよ」
するとシールロット先輩は、ほんの少しだけ考え込むと、ポンと手を叩いて、良い事を思い付いたとばかりにそう言った。
うん、それはとても、ありがたい申し出かもしれない。
シールロット先輩との共同研究なら、それを主導するのが彼女である事は、誰の目にも明らかだろう。
だが、そうであっても幾らかは、確実に僕の功績として認められる。
さっき言ってた、初等部に在籍中に研究室をってのは流石に無理だとしても、水銀科に上がってすぐに研究室を得るって目的を、大いに後押ししてくれる筈だ。
何より、シールロット先輩と共同研究だなんて、考えただけでもワクワクする。
「でもね、キリク君。一つだけ、言っておきたいんだけれど、君はとっても色んな、危ない事に巻き込まれてる。だけど錬金術は、古代魔法や魔法陣に比べると、あんまり戦闘向きじゃないよ」
しかし、急にシールロット先輩は声の調子を変えて、とても真剣な面持ちで、僕にそう忠告した。
それはきっと、彼女の本気の心配なのだろう。
シールロット先輩は、僕の事情をある程度は知ってるが、流石に星の知識に関しては話してない。
けれども薄っすらと、僕が騒動に巻き込まれる運命にあるのだとは、きっと察してくれている。
だからこそ、錬金術ではなく、もっと戦闘向きの魔法を学ぶ道を選ぶべきなんじゃないかと、彼女はそう言っているのだ。
「君が直したいって魔法人形のジェシーさんは、私が修復してもいいよ。もちろん、完全に無料でって訳にはいかないけれど、無茶な要求をしたりはしないから。だからね、本当に自分に必要だと思う道を、キリク君は選んで良いんだよ」
本当に、なんて優しい人なんだろうか。
僕は、その優しさに一つ頷いてから、でも首を横に振る。
気持ちは本当に嬉しい。
ただ、僕は、別に選択の余地がなくて錬金術の道を選んだ訳じゃないのだ。
もちろん、ジェシーさんを直さなきゃならないって目標はある。
だけどその手段である錬金術を、僕は元々面白く、興味深く思ってて、そう、好きだった。
故に僕は水銀科に進む事に、何の不満もなかったし、それは今でも変わらない。
僕が錬金術を好きになった理由の一つは、目の前にいるシールロット先輩だったから。
「僕は錬金術が好きなんです。だから、ジェシーさんは自分で直させてください。もちろん、手伝って貰えるのとか、共同研究は大歓迎です」
古代魔法や魔法陣を惜しくは思う気持ちはあるが、だったらこの魔法学校を卒業してからでも、独学で学べばいいだけの話だ。
幸いにも、それができるくらいには、僕は魔法の才能があると、自分でそう思っているから、何の問題もありはしない。
それに錬金術だって、使い方次第では戦いにも応用できるだろう。
まだその方法を思い付いてはいないけれど、高等部に上がって自分の研究を始めたら、そちらも練ろうとは思ってる。
僕の言葉に、シールロット先輩は困った風に眉根を寄せて、でもどこか、少し嬉しそうに、
「そう、だったら、私が錬金術はどうやって戦いに活かすのかを、夏休みに教えてあげるよ。ほら、キリク君は大切な後輩だから、居なくなってほしくないしね!」
そんな言葉を口にした。
本当に、優しい人だなぁって、改めて思う。
彼女には彼女の考えがあるんだろうけれど、その上で僕の意見を尊重して、色々と手助けをしてくれる。
でも、そっか。
だったら夏期休暇の楽しみが増えた。
共同研究と、錬金術の戦い方を教わる事。
その二つを楽しみに、まずは目前に迫った前期の締めくくりである試験を、手早く乗り越えるとしよう。
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