第81話


 それから三日間、僕らはケット・シーの村で過ごす。

 想定外の経緯でこの村にやって来た事を忘れるくらいに、その三日間は穏やかだった。


 村のケット・シー達は、好奇心は旺盛だけれど、自分の興味が満たされればそれ以上は気にしないし、説明の筋道が立ってなくても勝手に納得してくれる。

 だから僕らは必要以上に事情の説明をする必要はなかったし、のびのびとした時間を過ごす事ができた。

 恐らく彼らにとっては、僕とシャムが友人を連れて帰って来たってくらいの話でしかなかったのだろう。


 一つの家に男女が一緒になって寝泊まりしてる事も、明確に期日があって終わりが来るなら、我慢をできると言うか、その状況を受け入れられる。

 十分な休息を取って、冷静な頭で考えれば、命が助かっただけじゃなくてこうして屋根の下で休めているのが、どれ程に恵まれた話なのか、皆が分かってくれたから。

 パトラは楽しそうに村のケット・シー達に話し掛け、クレイは後学の為と称して、ミラクは好奇心の赴くままに村を見て回り、シーラはシャムの母の手伝いを申し出て、皆が思い思いに過ごしてた。

 朝は果物を食べ、昼は妖精の麦を使ったパンを食べ、夜は大人のケット・シー達が狩ってきた猪を焼いて食べ、日が終わる。

 一年半前、僕が村に居た頃と、特に何も変わらない日々。

 魔法学校では、色々と物騒な事にも巻き込まれたが、この村での時間は相変わらずとても優しい。

 もう少し、長居したいなって、ついつい思ってしまうけれど……、三日目の夕方、その迎えはやって来た。


 村の入り口に、一人の魔法使いが現れる。

 妖精の領域を通って、この村にやって来たその魔法使いは、そう、やはりエリンジ先生だ。


 大人のケット・シーに呼ばれて、村の広場にやって来た僕らを見て、

「良かった。やはりこの村に居てくれたか」

 エリンジ先生は大きく安堵の息を吐く。

 そしてそれは、僕らの方も同じくだった。

 村での生活は穏やかだったが、それでもちゃんと迎えが来た事に、誰もが安堵の表情を浮かべてる。

 実のところ、僕とシャム以外はエリンジ先生とは面識はないが、迎えに来るのは恐らくこういった人物になるだろうとの説明してたから。


 ちなみにこのケット・シーの村は、妖精の領域に囲まれている上、結界によって世界から少しずらされた場所に存在してる。

 その為、妖精に認められてなければ村に近付く事はできないし、定められた手順を踏まねば中には入れない。

 定められた手順というのは、ホラ、僕らがこの村に帰って来た時、木の周りを一周したアレだった。

 だけどエリンジ先生は以前にもこのケット・シーの村に辿り着き、短い間だが滞在していたので、妖精達にも認められているし、こうして再び訪れる事ができたのだ。


 しかしそんなエリンジ先生でも、転移の魔法で村に直接……、って真似はできなかったらしい。

 転移の魔法を使って出る事はできるけれど、入る際には阻害される。

 村を覆う結界には、そういう効果があるのだろう。

 故にエリンジ先生は、わざわざ妖精の領域を徒歩で踏破し、このケット・シーの村までやって来たとの事だった。


「お迎えごくろうさま。でもエリンジ先生、一つ聞かせて欲しいんだけれど、何であんな事になったのさ。ボクが居なければ……、キリクはともかく、他の子は誰も助からなかったよ?」

 けれどもそんな苦労をしてケット・シーの村に辿り着いたエリンジ先生に対する、シャムの言葉は辛辣だ。

 いや、でも当然かもしれない。

 あの夜、シャムはエリンジ先生の居る組織だから、影靴は林間学校の間、他の勢力の介入を防ぐだろうって予想してた。

 だが結果は、あんなトラブルが起きて、僕達の命は危険に晒されてしまってる。

 そりゃあ、シャムが怒るのも無理はない。


 ただ、影靴の失敗が、即ちエリンジ先生の失敗かって言うと、別にそうじゃないと思うんだけれど……。

 うぅん、その辺り話を聞かないと、わからないか。


「あぁ、シャム君の怒りは尤もだね。だが言い訳をする前に、これだけは言わせて欲しい。本来なら君は、キリク君以外の命を救う義理はなかった筈だ。それでも誰一人欠ける事なく、全員の命を助けてくれた。当校の生徒を救ってくれて、本当に感謝している。ありがとう」

 エリンジは、シャムの怒りに向けて、まずは感謝の言葉を口にして、深々と頭を下げた。

 あぁ、うん、これは、シャムもこれ以上は怒り難いな。

 エリンジ先生がそれを狙ったのかどうかはさておき、シャムに対して感謝してるのは間違いなく本当だろう。

 だからこそ、先に感謝をぶつけられると、シャムもそれ以上の文句は言い辛い。

 そもそも、シャムだってエリンジ先生の事は、僕がそうしてるのと同じように、先生って付けて呼ぶくらいに慕っているから。


「……うん、キリクの友人達だもの。助けられてよかったよ。これ以上は立ち話もなんだし、その言い訳というのは、キリクの家で聞かせてよ。魔法学校に帰るのは、明日でもいいんでしょ」

 するとシャムは、やっぱりそれ以上は辛辣な言葉を吐き辛そうに、話の場を、僕の家に変える事を提案する。


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