第80話
魔法使いの良いところは、どこでも水と湯を出せる事だと思う。
だって、水汲みって結構面倒臭いし。
僕の家に風呂場なんて物はなかったから、家の裏に囲いと、土から石へと変化させた浴槽を作り、それぞれが自分で湯を出して、順番に身を清める。
ケット・シーの村に、漸く休める場所に辿り着いて、最初にやる事がそれかってなるかもしれないけれど、身を清めるのは結構大事だ。
それだけで心と体が安らぐし、何より、その後に休息を取った時の回復度合いが大きく変わる。
何より、僕の家の中で、泥だらけでいて欲しくないし。
ただ、短期間で終わると予測してた林間学校に、下着の換えくらいならともかく、まともな着替えを持ち込んでる訳じゃなかったから、入浴ついでに来てる服を洗うと、皆が実に開放的な格好になって、目のやり場に困ってしまう。
女子達は、僕の物でも良いと言うから、家に置いてあったシャツや寝間着を貸したけれど、それはそれでやっぱり何だか気恥ずかしい。
僕も自分の着替えを使おうとしたのだけれど、流石に一年半も前の物は、サイズが合わなくなってしまってた。
その上で、ミラクとシーラがベッドに、パトラはソファーに腰掛けて、僕とクレイは、シャムが自分の家から借りて来てくれた綺麗な敷布を床に広げて、その上に座り込む。
後はもう、横になったらすぐに寝れるくらいに、皆も疲れているだろう。
僕だって同じだ。
体力にはそれなりに自信はあるが、幾度も魔法生物と戦って、更に昨日は野宿で、今日は理由もわからない危機に振り回されて、流石に疲れが溜まってた。
特に精神的な疲労は、かなり大きい。
しかし、だからこそ、一つ確認しておかなきゃいけない事がある。
「ねぇ、シャム、村にはどのくらい滞在する予定?」
僕は、テーブルの上にちょこんと座ってるシャムに、そう問う。
ここは、僕にとっては故郷で、自分の家で、安心して休める場所だけれど、皆にとってはそうじゃない。
見知らぬ場所に居るという不安は、先の見えぬ状況では、少しずつ心を削り、やがて大きな不満となる。
特にシーラに関しては、限界があまり遠くないように見えるから、まずはこの先どうなるのかを、ハッキリとさせておくことが重要だった。
「三日かなぁ。多分、それくらいあれば、魔法学校の方でもキリク達がこの村に来てるって気付けるだろうし。迎えも来るでしょ。だから三日は村で待ってた方がいいと思う」
シャムは、僕の問いにほんの少しだけ考えた後、滞在期間は三日だと答える。
なるほど、三日か。
それは仲間達、特にシーラが、この村への滞在を我慢できるギリギリがそれくらいだと見たのかもしれないし、或いはワイアームが目覚めた影響が、落ち着くのにそれくらいは必要って事なのかもしれない。
いずれにしても、それくらいなら妥当なんじゃないだろうか。
「だけどもし、三日間で迎えが来なかったら、村の大人にジェスト大森林の外まで送って貰うよ。人間の村まで行ければ、後はどうにか帰れるんじゃない?」
そのシャムの言葉に、クレイが頷く。
確かに人里にさえ辿り着けば、後は自力で魔法学校に戻る事も十分に可能だ。
但しその場合は、それなりに時間が掛かるけれども。
「もちろん、居たかったら長く村に居ても良いよ。でも前期の試験もあるから、早めに魔法学校に戻った方がいいでしょ?」
少しおどけた口調で言ったシャムに、皆の表情が露骨に曇った。
先生が迎えに来てくれたなら良いけれど、自力で帰るとなると、前期の試験に間に合うかどうかはかなり微妙だ。
たとえ間に合ったとしても、碌に勉強もせずに試験に挑む羽目になる。
僕はまぁ、呪文学なんかの実技も得意だからまだいいけれど、クレイはどちらかといえば座学の試験で点数を稼ぐタイプだからその影響は大きい。
特に一年の後期で、ジャックスに抜かれたクレイは、次は抜き返そうと地道な努力を続けていたから、これはかなり辛いだろう。
パトラやミラク、シーラだって、自分の成績を下げたくはない筈だ。
でも林間学校の評価だってどうなるかわからないし……、いや、ちょっと本当に考えたくないな。
「そういえばあの時、私達以外に、他の組は近くにいなかったんですか?」
ふと、その質問を口にしたのはシーラだった。
恐らくそれは、誰もが気にしていたけれど、口にしなかったし、考えないようにもしていた疑問。
何故なら、僕達以外の組があの辺りに居たとしたら、先生が助けていなかったとすれば……、きっと無事では済んでいないだろうから。
そして何より、そもそもシャムがその答えを持っているとも思えなかったし。
しかしシャムは、
「うーん、確実にって訳じゃないけれど、多分いなかったと思うよ。あの辺りってドラゴニュートとか、ヴィーヴルが賢くて有力なんだけど、ワイアームを敬ってるから、その眠りを妨げかねない余所者を嫌うんだ」
少し首を傾げながらも、否定の言葉を返してくれた。
それはあくまで、そう予想するってくらいの、やんわりとした否定だったけれど、問うたシーラはもちろん、他の皆も安堵の息を吐く。
もちろん僕も、同じくだ。
「ドラゴニュートとヴィーヴルと契約して、あの辺りを使わせて貰ってたとしても、数多くは無理だろうから、他の組はいなかった可能性が高いんじゃないかな。キリク達があそこに行かされたのは、恐らく黒影兎の課題のせいだね」
あぁ、そういう事か。
だったら確かに、シャムが他の組があの辺りに居なかっただろうと予測するのも、頷けた。
それは同時に、僕らが難しい課題を引いた上に、そのせいで大きな騒ぎに巻き込まれたっていう、非常に運が悪いって事も意味してるけれど……。
クラスメイトに犠牲者が出るくらいなら、僕らの運が悪いってだけの話になった方が、ずっといい。
ちなみにドラゴニュートとヴィーヴルは、共に竜に連なる魔法生物だとされる。
僕もそんなに詳しい訳じゃないんだけれど、ドラゴニュートは半竜半人って姿をしていて、ヴィーヴルはメスしかいないそうだ。
他に知ってる事と言えば、ヴィーヴルの瞳は物凄く価値のある宝石らしい。
魔法の道具の素材としても高い効果があるそうだけれど、強引にこれを手に入れた物は、竜の呪いが掛かるんだとか。
まぁそれはさておき、他のクラスメイトが無事な可能性が高いなら、本当に良かった。
もしかすると、林間学校を行う為に裏で動いてた影靴には犠牲が出たのかもしれないけれど……、そこまで気にすると、もう何を考えても悪い風に思えてしまう。
取り敢えず、そろそろ眠るとしようか。
安心したら、急に眠気が襲ってきた。
一眠りして回復したら、迎えが来るまでの間をこの村でどう過ごすかを決めて……、うん。
大きな欠伸を一つして、僕は敷布の上に横になる。
他の皆も同じ様子で、ソファーの上のパトラなんて、もう寝息を立てていた。
手を伸ばせば、シャムがテーブルの上から飛び降りて、僕の腕の中にやってくる。
僕は腕の中に温かさを感じながら、瞼を閉じて、おやすみなさいと呟いた。
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