第75話
ダイアウルフの襲撃は序の口に過ぎず、僕らはそれから、野営に適した場所を見付けるまでに、更に三度の魔法生物による攻撃を受けた。
これを多いと見るか、少ないと見るかは、意見が分かれるところだろう。
もちろんジェスタ大森林の外に授業で来た時に比べれば、襲われる頻度は高いのだけれど、僕は正直、もっと頻繁に襲われるものだと思っていたから。
但しこれは、ジェスタ大森林に棲む魔法生物の密度が、僕の予想よりも薄いって意味では決してない。
恐らく、合計で四度の襲撃を返り討ちにした事で、この辺りに棲む魔法生物が僕らを安易な獲物じゃなくて、警戒を要する敵だと認識を改めたのだ。
人と言葉を交わせる程の知能を持たない魔法生物も、多くは並の獣以上の知能を持っている。
だから連中は僕らの襲撃に慎重になったし……、次の襲撃はこちらの不意を突ける形を狙ってくる可能性が高かった。
つまりは余計に厄介な事になってるって話だけれど、でもそれは今更だろうか。
このジェスタ大森林に踏み込んだ瞬間から、或いは林間学校に向けて備えてる時から、ずっと覚悟はしてきたし。
見付けた野営地は、木々が途切れた広場だ。
緑が濃い森の中も、延々と同じように木々が生えてる訳じゃなくて、時にはこうした場所が見付かる事もあった。
僕らはそこに土の魔法を使って、地を盛り上げ、石に変えて、毒を持った虫の侵入を防いだり、周囲に対する防壁を作ったりして、簡易的な拠点に変えていく。
土の属性の魔法は、その場に残るという点で、火や水や風よりも大きく優れてる。
火は他の何かに着火しなければ、魔法の維持をやめた時点で消えてなくなるし、水だって受け止める物がなければ地面に落ちて吸われてしまう。
風なんて元々形がないから猶更だ。
しかし土の魔法に関しては、盛り上げて変えた地形も、土から変化させた石も、敢えて元に戻さない限りはそのままだった。
尤もそれは、魔法が長く残るって意味じゃなくて、結果が後に残るだけ。
魔法陣や錬金術には、魔法の効果自体を長く留める技術があるけれど、それとはまったく意味合いは異なる。
変化した地形も、土から変化させた石も、そこに何らかの特別な効果がある訳じゃない。
まぁ、野営の拠点にするだけなら、それでも十分過ぎるくらいだ。
土の地面でないなら、虫が寄って来てもすぐに気付けるし、対処もし易い。
簡単であっても防壁があれば、魔法生物が攻めて来る場所を限定できる。
これに加えてゼフィーリア先生から貰った守りの札を使えば、そりゃあ見張りは必要だけれど、かなり安心して夜を過ごせるだろう。
食事は、ジェスタ大森林で食材を確保しようだなんて幻想は捨てて、全員が保存食を持って来てた。
これも当然ながら、準備の範疇の内である。
また僕達は全員が魔法使いだから、魔法を使えば水や湯に困る事もない。
シールロット先輩に言われた簡易トイレ、匂い消しの魔法薬、それらもちゃんと持って来てるから、普段過ごしてる寮程ではないにしても、野営としては破格に快適に過ごせる筈だ。
少なくとも体力を温存して翌日を良い形で迎える事は、確実にできる筈だった。
「実際、どうなんだろうね?」
自分で作った防壁の上に腰掛けて、僕は傍らで身体を伸ばすシャムに小声で問う。
今は夜の見張りの最中で、他の皆は寝てるから、僕の声は聞こえない。
シャムはこちらを見上げて、首を傾げる。
一体何が言いたいんだと言わんばかりに。
だが、僕も自分の聞きたい事が、ハッキリと言葉にできる程には纏まってないから、ちょっと次の言葉には迷うんだけれど……。
今、この場は守りの札に守られていて、魔法生物も近付いては来ない。
詳しい仕組みはわからないが、守りの外にいる魔法生物は遠ざけるが、既に中にいるシャムには、特に影響がないようだ。
実に都合の良い魔法の道具だけれど、恐らくは、シャムの存在も考慮した上で、わざわざ魔法学校側が用意してくれたんだろう。
「このまま無事に、乗り切れるかなって思ってさ」
少し考えたが、出て来たのはこんな言葉だった。
乗り切れるかというのは、もちろんこの林間学校を無事に終われるかって意味である。
今のところ、僕らの組はとても順調だ。
魔法生物との戦いは幾度かあったが、危機らしい危機には陥っていない。
黒影兎を確保できるかどうかは、明日次第ではあるけれど、今の調子なら十分に可能性はあるだろう。
この広場を探しながら、既に黒影兎が生息してそうな場所の当たりは付けていた。
しかしここまでが順調だったからこそ、僕は不安を感じてる。
「大丈夫じゃない? あの影靴とかいう部隊も、こんな狙われると拙そうなイベントで他所からの介入を許す程に無能じゃないでしょ。少なくともエリンジ先生もメンバーにいるんだし」
でもシャムは、一度仲間達の方を振り返って寝ている事を確認すると、何でもなさげにそう言った。
そう、確かにそれは、僕が懸念していた事柄の中でも、最も大きな一つだ。
冬休みに僕を撃ったベーゼルは、元々は魔法学校の生徒だったから、当然ながらこの時期に林間学校が行われる事を知っている。
だから彼を擁する星の灯が、この林間学校に介入する可能性は、皆無じゃないと思ってたから。
そして或いは、その星の灯を釣りだす為に、影靴がこの林間学校というイベントを餌にするんじゃないだろうかとも。
「キリクが参加してる以上、影靴は生徒を囮に使ったりしないさ。何しろ、魔法学校が一番嫌がるのは、星の灯にキリクが捕まる事だろうしね」
けれどもシャムは、そんな風に、僕の考えを否定する。
……そっか。
シャムがそう言うなら、僕の考え過ぎか。
ジェスタ大森林に入ってから、いや、この林間学校の準備にあれこれと忙しくしてる間も、気を張ってたから、少しナイーブになってるのかもしれない。
「村って、ここから近いかな?」
多分、少し安心したのだろう僕は、ふと思い付いて、シャムにそんな事を問う。
僕とシャムの故郷、ケット・シーの村は、このジェスタ大森林のどこかにある。
もう、一年以上も帰ってないから、村の事を思い出すと、酷く懐かしさを感じた。
シャムは、顔を上げて夜空を暫し見詰めてから、
「……近く、はないかな。少なくとも明日一日で、今のキリクの仲間を連れては辿り着かないよ。ボクとキリクだけなら、抜け道を通れば行けるけどさ」
首を横に振り、少ししんみりとした声で、そう言った。
僕はその返事に、一つ頷く。
実際のところ、ケット・シーの村が近くても遠くても、何も変わる事はない。
クレイやパトラ、ミラクにシーラを連れて行けはしないのだし。
いずれは、クレイやパトラ、以前から付き合いの深い友人に関しては、故郷に招待するのもいいかもしれないけれど、少なくともそれは、今ではなかった。
さてそろそろ、見張りを交代する時間だろうか。
次の見張りはクレイとシーラで、最後がパトラとミラクになる。
僕も少しは、眠っておいた方がいい。
体力的には、一晩くらいの徹夜は可能だけれど、それだと集中力を欠いてしまうから、魔法生物を相手に思わぬ不覚を取りかねないし。
友人達をしっかりと寝させておいてやりたいって気持ちはあるけれど、僕は心を鬼にして、寝てるクレイを揺さぶり起こす。
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