第74話
木々で視界が遮られる中、迫りくる正体不明の敵に対してできるのは、まずは相手の攻撃を受け止めて、その姿の確認だ。
相手がどんな攻撃をして来るのかがわからなければ、効果的なカウンターは撃ち込めないが、とにかく攻撃してるとさえわかっていれば、貝の魔法で周囲の全てを障壁で覆い、防ぐ事はできるから。
尤も、だからって、何の工夫もなく貝の魔法を全員で展開したりはしない。
パトラにミラク、シーラの三人はクレイの周りに集まって、彼の貝の魔法の範囲に入る。
攻撃を防ぎ、相手の姿を確認した後、即座に反撃に移れるように、防御をクレイに委ねて。
木々の間から飛び出して、クレイの貝の魔法、展開された障壁に爪牙を突き立てたのは、五匹の巨大な狼達だった。
もちろん巨大と言っても、狼として巨大って話で、サイズとしては馬くらいか。
魔法生物の中には桁外れに大きいのもいるから、それに比べれば常識的な部類だが、まぁ馬と変わらぬサイズの狼が爪牙を剥き出しにして迫る姿は、そりゃあ迫力は満点だ。
障壁が阻んでくれるとはいえ、クレイはともかく、パトラやミラク、特にシーラは、内心は恐怖に震えてるだろう。
しかしそれでも、震えはしてもパニックにならず、誰もが反撃の瞬間に備えられているのは、これまでの授業で積み重ねた魔法生物との戦闘経験のお陰である。
怖いが、学んだ事を活かせば、決して勝てない相手じゃない。
この恐怖に負ければ、自分だけじゃなくて仲間の身も危険に晒す。
その事を、僕らの組の仲間達は、誰もが理解をしているから。
今じゃ一人一人が頼もしい。
そして僕は、その光景を、クレイが使った貝の魔法の範囲内じゃなくて、周囲の木々よりも更にもう少しだけ上、上空から見下ろしていた。
この中では唯一人、短距離を転移する移動の魔法を使える僕は、それを使って上空に転移し、すでに敵の頭上を取っている。
仲間達を襲う魔法生物の正体は、ダイアウルフ。
或いはバトルウルフと呼ばれる事もあるくらいに、闘争心がとても強い魔法生物だ。
身体が大きいだけあって膂力も強く、爪牙のサイズもまた大きいので、殺傷力がとても高い。
また魔法生物らしい特殊能力としては、地を疾走する際に足音を立てないというのがある。
故にダイアウルフが最も脅威となるのは、闇夜の中だった。
日中に僕らを襲ってきたのは、僕らを侮っての事だろうか。
もしくは珍しい獲物を、他の魔法生物に先を越される前に、さっさと仕留めて味わいたかったのかもしれない。
いや、それでも侮ってる事には変わらないか。
うん、つまりダイアウルフは、僕らを舐めてるって訳である。
左手の杖は転移の魔法に使ったばかりだから、僕はもう一つの発動体、右手の指輪を地に向かって、眼下のダイアウルフたちに向かって、翳す。
使う魔法は、二年生になって新たに習った、圧縮した風を撃ち込んで弾けさせる魔法。
一年生の頃は、風の魔法と言えば精々大きな風を吹かせる事が限界だったから、威力は大幅に上がってる。
尤も、これでダイアウルフを仕留められるとも思っちゃいない。
だって幾ら威力が上がったところで、風自体の殺傷力は、火には遠く及ばないし。
この魔法の強みは、効果範囲が広く、吹き荒れる風が相手の動きを阻害してくれる事だった。
別に敵を倒すのは僕じゃなくても構わない。
僕の役割は、地上の仲間達が反撃に移る機会を作る事。
意表を突き、驚きと魔法の威力で相手に混乱を齎せば、後は仲間達が片を付けてくれる。
折角、ダイアウルフは僕に気付いてないんだから、詠唱はなし。
風よ、集いて弾け、荒れ狂え。
心の中でそう念じながら、僕は魔法を発動させる。
地上で弾け、吹き荒れた風にダイアウルフ達が驚き、吹き飛ばされて地を転がったり、或いは地に伏せて風をやり過ごしてる合間に、狙いを定めた地上の仲間達が、貝の魔法の解除と共に、攻撃魔法を炸裂させた。
後はまあ、上空に転移した僕と、僕にしがみ付いてるシャムが、どうやって無事に着地するかって事だけれども……。
これくらいの高さなら、魔法なしでも多分どうにかなるだろう。
ケット・シーの村に住んでた頃は、もっと高い場所から飛び降りた事だってあるし。
ダイアウルフの有用な素材は、毛皮と爪牙。
それから傷の付いていない眼球だ。
毛皮と眼球は望みは薄くても、爪牙は手に入る公算が高かった。
魔法生物らしい特殊能力としては足音を立てないって物なのに、最も効果の高い素材が眼球なのは、不思議で面白い。
尤もまだ完全に勝利を収めた訳じゃないから、取らぬ何とかの皮算用にならないように、最後まで油断は決してしないけれども、戦いの終わりはもう間もなくだ。
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