第46話


 冬期休暇で幾らかの生徒は実家に戻り、更に元二年生が既に高等部の科の寮に移った今、卵寮で暮らす人の数は、僕がこのウィルダージェスト魔法学校に来てから最も少ない。

 だからこそ、今、この時こそが、卵寮にも隠されている筈の、ハーダス先生が遺した仕掛けを探す絶好の機会だ。


 そもそもこの卵寮は、ハーダス先生が校長として行った改革、魔法学校で過ごす五年間を、初等部と高等部に分けた結果、初等部の学生を住まわせる為に造られた。

 簡単に言えば、ハーダス・クロスターの改革を象徴する建物である。

 故に彼がここに自らの痕跡、仕掛けを遺してる可能性は非常に高いだろう。


 ただこれまでは卵寮で生活してる生徒が多く、そもそも一年生の後期にあった上級生との模擬戦までは、ハーダス先生の指輪を隠さなきゃならなかったから、ずっと生活してる場でありながら、卵寮の探索は先送りにせざる得なかったし。

 でも、今、このタイミングなら、比較的だが目立たずに、卵寮を探索できる。

 尤も、幾ら人が少なくても、個人の部屋には入れない。

 また女子の生活エリアには、勝手に立ち入ると、僕の学校生活が最悪の形で終わってしまう。

 なので、全てを調べ尽くすって訳にはいかないけれど、……まぁ、ハーダス先生も流石にそんな意地悪な場所に仕掛けを遺したりは、多分しない筈。


 もう少し具体的に説明すると、卵寮は六階建ての建物だ。

 一階には、卵寮で暮らす生徒が使う食堂や、調理場、それに寮監の部屋がある。

 二階と三階には男子が暮らす部屋があって、少し前までは二階を一年生、三階を二年生が使ってた。

 尤も元二年生が高等部の寮に移ってからも、僕らが三階に部屋を移動するって事はなかったので、来年は二階を二年生、三階を一年生が使うのだろう。


 四階と五階は、女子の生活スペースになってて、僕は入れないから詳しくはわからないけれど、恐らく二階、三階と大差はない筈である。

 そして六階には、ランドリーや魔法人形の待機部屋、それから実は大浴場があった。

 但し大浴場に関しては、個々の部屋にも浴室があるから、余程の物好き以外は使わない。

 ……だったら、何でそんなの作ったんだろうって思うけれども、それは恐らく、ハーダス先生の趣味だったんじゃないだろうか。


 それから、屋上にも出られるようになっていて、折り畳み式のベンチを広げれば、夜には座って星空を眺める事もできた。

 周囲を結界に覆われ、異界に存在してるというウィルダージェスト魔法学校でも、見上げる星空は変わらない。

 あのどこかに、以前の僕が、或いはハーダス先生も暮らした世界は、本当に存在してるんだろうか。


 まぁ、それはさておき、卵寮の構造はこんな感じだ。

 このうち、ハーダス先生の仕掛けが遺されてる可能性が高い場所は、僕は屋上だと考えている。

 もちろん、ハッキリとした確証がある訳じゃないけれど……。

 ハーダス先生が星の知識を持っていて、星の世界を懐かしんでいたなら、それを眺められる場所には何らかの思い入れがあるんじゃないかと思うから。


 大浴場に関しても、ハーダス先生の趣味で作られた設備ではあるのだろうけれど、やはり性別の壁があるし。

 例えば、僕は女生徒用の浴場は調べられず、逆に星の知識を持って生まれた生徒が女子だった場合、男子生徒用の浴場を調べるのは、大いに抵抗がある筈だ。

 なので大浴場に仕掛けがある場合は、男女両方の浴場に、同じ仕掛けがあると思う。

 というか、そうであって欲しい。

 以前に僕と同じか、それと近い世界を生きたハーダス先生なら、そういった気遣いはしてくれると信じたい。


 尤も、僕がどこを怪しいと睨んでようと、探索は一階からするんだけれども。

 どうせ、今日一日で見つかるとも思っていなかった。

 仮に屋上が怪しいとの僕の勘が正しかったとしても、あの中庭の仕掛けのように天候や、或いは時間帯の影響を受けて現れたり隠れたりする可能性だって高いのだし。

 自分の魔法への感覚や、隠された魔法も見られるシャムの目を頼りに仕掛けの位置をおおよそ特定できれば、初日としては上出来だろう。

 折角、シャムと一緒に探索するんだから、あっさり見つかっては勿体ない。



 一階の、食堂に関しては毎日行ってる場所だから、今更新しい発見なんてないけれど、それでも念の為に一度は赴く。

 調理場を覗けば、大きな鍋がクツクツと中身を煮込んでて、とても良い匂いがする。

 今日の夕食はシチューにしようか。


 寮監の部屋には入れないが、一応は扉をノックして、出てきた寮監に空き部屋や、六階のランドリー室、大浴場へと立ち入る許可を取る。

 当然ながら、何の為に?って問われたけれど、

「今更だけど、人も少ないこの時期に、探検しておきたいんです。去年は、僕はここに来るのが皆より少し遅かったし、時期を逃してしまいましたから」

 なんて風に、当たり障りのない事を言っておいた。

 実際、何一つとして嘘はない。


 すると寮監は柔らかな笑みを浮かべて、魔法人形を伴う事を条件に、卵寮の探検を許可してくれる。

 入っちゃいけない場所は、魔法人形が判断して止めてくれるし、そもそもランドリー室の扉は魔法人形でなければ開けられない。

 そして、まるで計ったかのようなタイミングで、一体の魔法人形、毎朝、僕の洗濯物回収に来てくれているジェシーさんが姿を現す。

 いや、もちろん本当に計ってた訳ではないだろうけれど、それくらいにタイミングが良かったって話だ。


 同行をお願いすると、ジェシーさんは手を伸ばして僕の頭を撫で、こっくりと一つ頷いた。

 こうして頭を撫でられる感覚も、以前とは少し違う。

 魔法人形であるジェシーさんは変わらないけれど、撫でられる側の僕の身長が、去年よりも幾らか大きくなってるから。

 こんな時、凄く些細な瞬間に、自分の成長が実感できる。


 まぁ、でもそれはとりあえず、さておいて、ここから先の探索は、この一人と一匹と一体の、三……人?組のパーティで行くとしよう。


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