第47話
二階は、ざっくりと歩き回るだけで次へ行く。
何しろずっと生活してる場だし、冬期休暇であっても少しは人目がある。
僕とシャムだけならともかく、魔法人形のジェシーさんも引き連れての探索となると、どうしても目立ってしまう。
尤も、一年間を共に過ごしたクラスメイト達は、僕が多少の奇行をしてたところで、もうあまり気にはしないだろうけれども。
そして三階に上がれば、人の気配は一気になくなった。
魔法人形が綺麗に掃除はしてくれてるから、埃が落ちてる訳じゃないんだけれど、……人の気配がないってだけで、不思議と廃墟に迷い込んだような気分になる。
「入っていい?」
手近な空き部屋を指差して問うと、ジェシーさんは少し悩んだ後に、こっくりと一つ頷く。
改めて、魔法人形は凄いなぁって思う。
何が凄いって、悩み、判断を下せる辺りだ。
ただ条件に従ってイェス、ノーを判別するだけじゃなくて、自己で判断を行う被造物。
僕と同じか、近い世界に生きたハーダス先生は、魔法人形を見た時、どんな風に感じたのだろう。
聞いた話によると、ハーダス先生はプログラミングの知識があったそうだから、僕よりもずっと、魔法人形の凄さが深く理解できた筈だ。
詳しい理屈は僕にはまだわからないけれど、魔法人形は錬金術で作られるらしい。
魔法陣を得意としたハーダス先生とは、別分野の被造物だった。
しかし彼は、自分が造った卵寮で、多くの魔法人形を採用してる。
それは、ハーダス先生も、魔法人形の存在を凄いって思ったからじゃないだろうか。
「んー、三階の部屋も、二階と構造は変わらないんだね。シャム、何か変なところ、ある?」
部屋に入ってぐるりと見回しても、私物の類がなくてガランとしてる以外は、基本的には僕とシャムが暮らしてる部屋と変わらない。
ベッドが二つあって、机があって、棚があって、窓があり、トイレと風呂がある。
いや、この世界で個室にトイレと風呂がある事自体、とても異常な話なんだろうけれど、そこは一先ずさておこう。
一般的には異常でも、魔法学校では当たり前だ。
「いや、ボクらの部屋と同じだね。変わったものは何もないよ」
ぐるりと部屋を見回して、シャムはそう、人の言葉を話す。
今は他に、人目がないから、喋っても大丈夫だと判断したのだろう。
ジェシーさんはいるけれど、魔法人形だから、他の誰かにこの事を話したりしないだろうし、そもそも学校側はシャムがケット・シーであると把握してる。
つまり、殆ど問題はなかった。
もちろん一部屋を見ただけで三階の全てがわかるわけじゃないから、一応は全ての部屋を見て回る。
でも徒労になるんだろうなぁって思ったし、実際、想像通りに徒労だった。
四階、五階は立ち入らない。
五階に関しては、三階と同じく無人にはなっているけれど、それでも女子生徒の為の生活スペースに入るのは、あまりに外聞が悪過ぎる。
他の場所で何も見つからなければ、四階、五階を探索する手段も考えなきゃならないけれども……。
そして六階に上がれば、いよいよここからが本番だ。
大きな設備がある六階は、ただの生活スペースである下の階に比べると、魔法の気配も格段に多かった。
その数多い気配の中にハーダス先生の仕掛けが紛れ込んでる可能性は十分にあるから、ここからの探索は慎重にならざるを得ない。
最初に調べる事にしたのは、僕も中がどうなってるのか全く知らない、ランドリー室。
時間は既に午後だから、生徒の洗濯物も既に洗い終わって各部屋に返却されている。
入って中を調べても、……まあ、恐らく大丈夫だ。
ジェシーさんが前に出て、ランドリー室の扉を押す。
ランドリー室の扉は魔法人形自身が鍵となってて、その手で扉を押さなきゃ開かない。
寮監や学校側は、当然ながら別に予備のマスターキーを持っているのだろうけれど、普段は魔法人形以外が立ち入る事のない場所だった。
音を立てて開いたランドリー室の扉を、ジェシーさんが支えてくれていて、僕らはその間に、中へするりと入り込む
ランドリー室の中は、飾り気のない広い部屋の中に、大小、沢山の箱が置かれてる。
多分、あの箱が、洗濯に使われる魔法の道具なんだろうけれど、この部屋からは水の気配がしない。
たとえ今は動いてなくても、あれが洗濯機のような道具なら、入水したり排水したりする管があったり、水に関係した匂いが残ってそうなものだけれど、それらは全く見当たらなかった。
つまりあの洗濯に使われる魔法の道具は、水を使わずに衣類を綺麗にしているのだろう。
……どんな仕組みなのか、ちょっと調べたくなるけれど、今はそれが本題じゃない。
ジェシーさんが身振り手振りで、この箱に集めた洗濯物を入れるのだって教えてくれてて、うん、それはまぁ、見れば分かるんだけれど、何だかその説明の仕方がとても一生懸命に見えて、気持ちは和む。
ここで綺麗にした衣類は、部屋の隅にあるスペースで、ジェシーさん達、魔法人形が綺麗に畳んでくれて、また部屋に返すらしい。
他には、ボタンを付け直したり、ほつれを直したりもするそうだ。
それらは実にありがたい話なのだけれど、……うん、このランドリー室には探してる仕掛けは、なさそうだった。
一応、シャムをちらっと見るけれど、彼も首を横に振る。
やっぱり、空振りか。
だけどこのランドリー室を見れたのは、色んな意味で良かった。
今の僕にはここに置かれてる魔法の道具が、どのくらいに凄いのか、ハッキリとはわからないのだけれど、それでもこれが魔法陣で動いてる事くらいは、何となくわかる。
魔法陣で動く道具を、錬金術で作られた魔法人形が動かしてるってのが、何とも実に面白い。
異なる魔法の技術である二つ、魔法陣と錬金術の、それぞれの特徴が少し掴めた気もした。
少なくともこの部屋を見て、それからこの一年で見聞きして得た知識から判断すると、魔法陣で生み出す道具の優れた点は安定で、錬金術で生み出す道具の優れた点は融通だろう。
どちらも魔法の道具を生み出す技術ではあるのだけれど、僕の勝手な印象では、魔法陣の方が機械的で、錬金術の方がより魔法的に感じられる。
定められた条件に従い、機械的に安定して動くのが、魔法陣を刻み込まれた道具。
逆にある程度の融通を利かせられるが、その融通は言い換えれば不安定でもあるのが錬金術で生み出される道具だ。
例えば魔法人形は、ジェシーさんを見ればわかる通り、ある程度の自己判断能力があり、行動に融通を利かせられる。
但し以前にも述べた事があるかもしれないけれど、魔法人形にうっかりと名前を付けると、執着されて監禁されるって話があって、それこそが融通が悪い方向に発揮される不安定さだった。
後は、魔法人形に嫌われたら、世話をして貰えなくなるってのもあったっけ。
もちろん、錬金術で作った道具の全てが、魔法人形程に融通が利くって訳じゃないから、これは大袈裟な例でもあるんだろうけれど。
それと、自分の普段の生活がどんな風に支えられてるのか、それを知れたのも良かった。
僕はジェシーさんに、普段の世話と、ここを見せてくれた事に対して、お礼の言葉を伝えてから、ランドリー室を後にする。
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