第44話


 初めて立ち入った講堂は、魔法の光に溢れてた。


 僕の記憶の片隅にある、イルミネーションも凌ぐ程に、多様な色の光がそこかしこから放たれたり、光の玉が宙を飛んでる。

 魔法使いとしては情けない話かもしれないけれど、僕は思わず呆けてしまう。

 本来なら、まずは真っ先にどういう魔法なのかを詳細に観察すべきなのに。


 ……でも、何だろうか。

 どうしてだか僕は、目の前の光景に、不思議な郷愁を感じてしまって、目がちょっと潤む。

 いや、泣いてはないんだけど、何でだろう。

 幻想的な光景だから、するならせめて感動だと思うのだけれども。


「キリク君と、そのお友達だね。それからシャムちゃんも。ようこそ、一年を締めくくるウィルダージェストのパーティへ」

 だがそんな僕を感傷から引き戻してくれたのは、そう声を掛けてきたシールロット先輩だ。

 彼女もまた、普段の制服姿とは違って、淡いオレンジのドレスに身を包んでて、やっぱり何時もと雰囲気が違う。

 簡単に言うと、ハッとする程に綺麗だった。


「これって、先輩達が?」

 だけどそれを素直に口にするのは、ちょっと軽薄な感じがするし、何よりも恥ずかしいから、僕は誤魔化すように別の事を問うてしまう。

 会場をぐるりと見回せば、色とりどりの光以外にも、至る所に魔法の力を感じる。

 それは膨大な数で、とても一人や二人の魔法使いの仕業じゃない。

 じっくりと観察できた訳じゃないけれど、そのどれもが個性的で、なのに無秩序じゃなく、ちゃんと一つの目的の下に統一されていた。

 パーティに訪れた者を魅せ、楽しませようって。


「そうだよ。高等部は総出だねー。その為に、初等部とは試験の日程も違うの。パーティに初めて参加する一年生を驚かそうって、皆で頑張ったんだよ。毎年、去年のパーティに負けないようにって張り切るから、どんどん派手になってるし」

 クスクスと、シールロット先輩は笑ってそう教えてくれる。

 なるほど。

 このパーティには、僕以外の一年生、例えば隣にいるクレイだって、同じように衝撃を受けただろう。

 そして上級生、高等部と、今の自分達のあまりの違いを思い知る。


 だがその違いが、数年後には埋まっているであろう事も、つまり自分の未来の姿も、同時に知れるのだ。

 途中で挫折してしまわなければの話だが。

 そりゃあ、奮起するに決まってる。

 僕も今の、このパーティの様子を目に焼き付けて、自分が高等部になり、準備に関わるようになったら、これ以上の物にしてやろうって気持ちは、もう心に宿ってた。


「クレイ、来たのね。あぁ、そっちが例のライバル? ふぅん、なかなか手強そうね」

 ふと僕らに、いや、正しくは僕と一緒にいたクレイに話しかけてきたのは、濃い青のドレスを着た、とても大人っぽい女性の先輩。

 見た目はとてもクールそうで、だけど不思議と情熱的な印象も受ける、……初対面の女生徒を評する言葉としては不適切かもしれないけれど、強さを感じる女性だ。

 シールロット先輩が軽く頭を下げていて、彼女がそれはそれを鷹揚に受け止めてるから、より年上の先輩だろう。

 あぁ、そういえば、クレイがアルバイトに行ってる先輩は、黄金科の二年生だっけ。


 やっぱりクレイも、先輩が着飾った姿には、顔を赤らめて戸惑っている。

 だよね。

 そうなるよね。

 うん、仕方ないと思う。

 頑張れ、クレイ。


「貴方にはシールロットが付いてるみたいだし、クレイは借りていくわね?」

 名前も知らない先輩は、僕にそう告げるとクレイの腕を取って、サッと連れ去っていく。

 何だか、凄い人だった。

 クレイが僕に、目線で必死に詫びてるけれど、別に気にしなくていい。


「アレイシア先輩、相変わらずだねー。じゃあキリク君は、私と回ろっか」

 だってシールロット先輩なら、こう言ってくれるってわかってるし。

 寧ろ、僕的には万歳だ。

 友人と過ごす時間も大切だけれど、それはそれってやつである。


 それにしても、シールロット先輩がそういう言い方をするなんて、クレイの先輩、アレイシアは有名な人なんだろうか。

 例えば、高等部の二年生の、当たり枠だったり?


「違うよ。アレイシア先輩は、氷の魔女って呼ばれるくらいに凄くて、今の高等部の二年では首席だけど、当たり枠じゃないかな。……二年の当たり枠は、もう居ないからね」

 だけど僕の疑問に、シールロット先輩は首を横に振り、少し沈んだ声で、そう言った。

 その声の重さから察するに、学校を去ったって事じゃなくて、もしかして言葉通りに、もう居ないって意味だろうか。

 一体、その当たり枠の先輩に何があったのか。


「ごめんね。パーティでする話じゃないから、この話はまた今度にしよ。それより、お腹空かない? 前にキリク君が気になるって言ってた、ジャイアント・ウシ・トードの舌、今日なら食べられるよ。気味悪がって食べない人も多いけれど、私は美味しいと思うんだー」

 もちろん気になるけれど、ただ、シールロット先輩は聞いて欲しくなさそうだ。

 少なくとも、今は。

 また今度って彼女が言うなら、その機会を待つとしようか。

 確かに、パーティの席でするような話じゃなさそうだし。

 僕は素直に頷いて、シールロット先輩の勧めに従い、食事が並ぶテーブルへと向かう。


 パーティ会場で制服を着てるのは、多くが初等部の生徒だった。

 高等部の先輩は、殆どが綺麗に着飾ったり、中には仮装をしてる人もいて、見てるだけでも華やかで楽しい。

 何となくだけど、高等部にもなると、出自なんて関係なく高価な衣服で着飾れるくらいには、稼げるんだなぁって伝わってくる。


 仮装は道化の衣装や、魔法生物を模した格好など、様々だ。

 あの、首なし騎士の格好をしてる先輩は、……どうやって自分の首を頭から取り外したんだろう?

 魔法である事はわかるんだけれど、あそこまで行くとちょっと怖い。

 ドラゴンの衣装……、というか着ぐるみに身を包んでる人までいた。


 今日は本当に、羽目を外す日らしい。

 あぁ、そうか。

 高等部の三年、つまり最上級生は、もうこの魔法学校でパーティに参加する事はない。

 卒業式のような物があるのかどうかは、僕は知らないけれど、もしかするとこのパーティが彼らの最後の行事であるかもしれないのだ。

 そりゃあ、羽目も外すだろう。


 テーブルには見た事もない料理が、中には材料を聞くのが怖くなるような見た目の物も、並んでる。

 ドリンクは流石に酒ではなくて、果汁を絞って水で割ったジュースが主だ。

 宙を、弾き手のいない楽器が飛び、楽し気な音楽を奏で出す。

 これも高等部の先輩の魔法が成せる技だろう。

 僕はシャムと一緒に、謎の料理を口一杯に頬張ったり、シールロット先輩に手を取られて、踊った事もないダンスを踊ったりして、心行くまでパーティを楽しむ。


 ウィルダージェスト魔法学校での最初の一年は、こうして楽しく終わりを告げた。

 なんて言うと、まだ年が変わるまでは少しあるから、気はちょっとばかり早いけれども。

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