第43話



 後期の試験の結果は、僕に関して言えば前期と変わらずだ。

 戦闘学は試験が免除で、基礎呪文学や錬金術の課題も既に問題なかったから、魔法学と一般教養に集中して力を注ぐ事ができたし。

 魔法学と一般教養の筆記試験は前期よりも随分と難しかったけれど、時間を掛けて備えれば、流石にどうにかなる。


 ただ僕はともかく、友人達はやはり試験に苦労したらしい。

 例えばクレイは、ジャックスに順位を抜かれたそうだ。

 戦闘学の試験が免除され、高評価を約束されたジャックスは、やっぱりその分だけ他に時間を回せたから、全体的に成績が少し向上している。

 しかしクレイの結果は前期と大差なく、僅かだったジャックスとの差が、ひっくり返った形になった。


 シズゥも、少しだが順位が下がった様子。

 やはり上級生との模擬戦に出た組が全体的に成績を上げた分、他のクラスメイトの順位が下がってる傾向にあるのだろう。

 ガナムラは結果を教えてくれなかったけれど、得意そうな顔をしてたし。


 パトラは、戦闘学の試験で、ちゃんとギュネス先生を攻撃できたと言ってた。

 尤も、彼女は攻撃をする事はできたらしいが、運動の苦手さ、戦いに対する焦りが出てしまって、結局まともな模擬戦にはならなかったらしく、もう暫くはギュネス先生の補習を受けるそうだ。

 でも、確実に一歩、前に進んだことは間違いがない。


 まぁ試験の結果がどうであっても、一喜一憂くらいで十分だ。

 結果を鼻にかけて傲慢になるべきではないし、結果に落ち込み過ぎる必要もない。

 何しろこの試験は、あくまで過程に過ぎず、僕らがどんな魔法使いになるかは、まだまだ定まっていないのだから。

 それよりも、今は試験が終わった後にあるという、一年を締めくくるパーティが僕は気になっていた。



「パーティって言っても、ちょっといいご飯が出るだけだろ?」

 なんて風に言ってるシャムも、そのご飯が目当てでソワソワしてるのが、僕にはわかる。

 もちろんシャムの言う通り、ちょっといいご飯が出るだけの、終業式代わりのようなものかもしれない。

 私服での参加もOKらしいが、制服以外にパーティと呼ばれるものに参加できるような服なんて持ってないし。

 多分それは、僕だけじゃないと思うのだ。


 でも他の皆がばっちりと決めてたら怖いから、どうやら同じ恐怖を感じてるらしいクレイと一緒に、パーティ会場に向かう約束をしてた。

 パーティ会場で、一人で浮くのは耐えられなくても、仲間がいれば多少はマシな筈だから。


「キリクってさ、度胸があるのかヘタレなのか、たまにわかんなくなるよね」

 シャムが実に失礼な事を言う。

 パーティ会場で浮くのなんて、僕じゃなくても、誰だって嫌に決まってるだろうに。

 あぁ、でもシャムは何時も猫の姿でも堂々としてるから、その辺りの感覚はわかり難いのかもしれない。


 少しだけ抗議の意味を込めて、肩には乗せずに小脇に抱えて、僕は寮の部屋を出る。

 食堂でクレイと合流したら、パーティ会場である講堂に向かった。

 僕は入学のタイミングが他のクラスメイトとはズレてるから、講堂に入るのは実は初めてだ。


 クレイは、何だか少し緊張したような顔をしていて、僕らは顔を見合わせて笑う。

 どうやら、僕も似たような顔をしていた様子。

 卵寮を出ると、講堂の方に向かって歩くクラスメイトの姿が見えた。

 一年生がパーティ会場に入場する時間は決まってて、上級生たちは先に入場してるらしい。


「そういえばクレイは、パーティがどんな風か、先輩に聞いた?」

 僕がそう問い掛けると、クレイは首を横に振る。

 ただ、彼も聞こうとしなかった訳じゃなくて、

「いや、聞いたんだけど、当日を楽しみにしてって言われて、教えて貰えなかったんだ。……今まで、そんな風に隠された事なかったんだけどな」

 聞いた上で教えて貰えなかったらしい。


 ちなみに、僕も同じだった。

 シールロット先輩には当日の服装とか、どんなパーティが開かれるのかを訪ねたのだけれど、楽しそうに笑ってごまかされたから。

「もしかすると、一年生には内容は秘密って決まりなのかもしれないね」

 僕がそう言えば、クレイも同じ考えだったらしく、頷く。


 ふと先に、講堂へと入って行くシズゥとパトラの姿が見える。

 何でも貴族の女性は、家族か親しい男性にエスコートをされるって習慣があるらしいけれど、シズゥは今回、それを無視する事にしたらしい。

 それよりも仲の良い同性の友達と、パーティを楽しむ事を優先した。


 恐らくそれは、少なくとも親しい仲間の前以外では貴族としての体面を保とうとする彼女にとって、とても大きな決心だったのだろう。

 しかし残念ながら、僕にはどうしても、その重さを実感はできない。

 例えばジャックスなら、それを感覚としてわかるのだろうけれど、生まれの違いというのは、こういう時にはとても大きいから。

 ただ、うん、シズゥがそう決断したなら、彼女にとって今日のパーティが、楽しい物になって欲しいと僕は思ってる。


 二人とも、普段の制服じゃなくて、ドレスに身を包んでて、雰囲気が何時もとまるで違う。

 少し見惚れそうになったけれど、それも何だか悔しいので、敢えて視線を外す。

 貴族であるシズゥはさておき、パトラの家も、娘にドレスを買えるくらいにお金持ちなのか。

 そういえば王都の家、割と大きかったしなぁ。


 どうやらクレイも、何時もと違うクラスメイトの姿にちょっと動揺したらしくて、二人を追い掛けて声を掛けたりは、しない。

 女の子の雰囲気は、装い一つであまりに変わり過ぎる。

 いやもちろん、服以外にも髪型とか、化粧とか、色々あるんだとは思うけれども。

 僕らは、前の二人がこちらに気付かず、講堂に入ってしまうのを待ってから、それから改めて、歩き出す。

 やっぱりおっかなびっくりで。


 星の記憶なんて持っていても、情動的には僕はまだまだ未発達なのかなって、ちょっと思い知らされた。

 小脇に抱えてたシャムが、小さな溜息を吐いて、するりと抜け出し、僕の肩に這い上がる。


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