第42話


 それから、数日。


 あの後、部屋に戻った僕はシャムと話し合いになったんだけど、……まぁ、お互いに秘密を抱えてたって事で手打ちになった。

 シャムがマダム・グローゼルと交わした契約は、シャムが僕が星の記憶を持っているのかどうかを確かめる手助けをする代わりに、マダム・グローゼルは僕が理不尽に人を傷つけるような真似をしない限り、一人の生徒として保護し、害さないって内容だったらしい。

 元々、シャムも僕の秘密が知りたかったし、マダム・グローゼルだって余程の事がない限りは生徒を害する心算はなかったようだから、両者の利害は一致したのだ。

 要するにシャムの行動は、殆どが僕の為のものだったので、彼に文句を言える筋合いは、僕にはあんまりなかったのだけれども。


 あぁ、でも、自分の事で頭が一杯だったから、初等部の一年生と二年生の模擬戦は、やっぱりクソみたいなイベントなので、中止にしようとマダム・グローゼルに訴え損ねたのは大失敗である。

 ただクラスの雰囲気は、模擬戦以降、少し良いものになっていた。

 まず僕が二年生の大将のグランドリアに勝利したし、ジャックスも不本意な形ではあっても、やはり勝利を収めてる。

 勝ち星は二年生の方が多いけれど、一年生と二年生という違い、大きなハンデを考えれば、大健闘と言っていい。


 また何よりも、二年生の雰囲気を間近に感じた事で、一年生は随分とマシ……、というか良い環境なのだと、皆がそれとなく察したのだろう。

 地位を笠に着て独裁者としてクラスに君臨せず、けれども為すべき事をなしたジャックスを、皆が認めて頼りにし出したのだ。

 何しろ、貴族そのものが好きじゃないガナムラですら、ジャックスと言葉を交わす事を厭わなくなったくらいに。

 他には、ガリアのグループが僕を嫌ってるのは変わらないんだけれど、その中でもガリアは、僕に敵意を向けるよりも、自分の研鑽に熱心になったように見えるのは、……良い風に考え過ぎだろうか。

 尤も、こんなの結果的に良い風に作用しただけで、場合によってはクラスの雰囲気は逆に悪くなってただろうから、模擬戦のイベント自体はやっぱりクソだと僕は思ってる。


 さて、大きなイベントが一つ終われば、後期も既に残り僅かだった。

 もう何週間かで、後期の試験が始まって、それが終われば一年を締めくくるパーティがあり、冬期休暇が始まるだろう。

 要するに、ウィルダージェスト魔法学校での最初の一年が終わるのだ。


 いや、まぁ僕は、冬期休暇も学校の寮で過ごすから、そんなに明確な区切りがある訳じゃないけれども。

 そう言えば今の二年生は、後期の終わりには卵寮を出て、自分達が進むべき科の寮へと移るらしい。

 卵寮の部屋を空け、次の一年生を迎える為に。

 そして冬期休暇が終わる頃には、僕らの後輩がこの魔法学校にやってくる。


 ちょっと楽しみだ。

 折角の後輩には、模擬戦なんてクソのようなイベントではなく、もっと違った形で接したい。


 ……そういえば、どうしてそこまで生徒に戦い方を仕込むのか。

 それを必要とする脅威、敵がいるのかも、聞き忘れてしまった。

 あの話し合いは、もっと色々と聞き出せるチャンスだったのに、僕は自分の星の記憶や、シャムの契約の件で頭が一杯だったから。

 随分と惜しい事をしたような気がする。

 まぁ、気軽に話に行ける人ではないけれど、機会が全く作れないという訳ではないだろうし、次は忘れないようにしよう。


 発表された後期の試験内容は、前期とおおよそ変わらなかった。

 一般教養と魔法学は筆記試験で、錬金術は指定された魔法薬を時間以内に作成する実技。

 基礎呪文学は前期と全く同じで、魔法の繋がりを、しかし前期よりも一つでも多く繋げて見せる事が試験らしい。

 戦闘学も前期と同じく、ギュネス先生との模擬戦だ。


 しかし、残念ながら、そう、非常に残念なのだけれど、一年生と二年生の模擬戦に代表として出た生徒は、戦闘学の試験は免除となる。

 元々、代表として選ばれる生徒は、クラスの中でも戦闘に関しては上澄みで、尚且つ二年生との模擬戦で、研鑽の度合いも確認済みだからって理由だという。

 その話を聞いて、クラスメイトの殆どは羨ましそうだったけれど、代表の半分くらいは、僕も含めて、残念極まりないって顔をしてた。

 どうやら僕以外にも、代表に選ばれるような生徒は、ギュネス先生に前期の試験の恨みを晴らしたかった様子。


 あぁ、ちょっと親近感が沸く。

 ギュネス先生に試験で借りを返せたら、あの二年生のグランドリアを殴った時より、もっと気持ち良かった筈なのに。

 ……あれ? もしかして、こういう生徒の相手をするのが面倒だから、ギュネス先生は逃げたんじゃないだろうか。


 一年生も残り僅か。

 ここまであっという間だったようにも感じるけれど、思い返せば色々とあった。

 そして多分、これから先も、恐らく色々あるだろう。

 でも、うん、何があっても、きっと大丈夫だ。

 何しろ僕には、シャムがいる。


「シャム、そろそろ行く。今日はちょっと冷えるなぁ。学校の外は、もっと寒いんだろうね……」

 そう言って手を伸ばせば、シャムが僕の腕を通り道に、肩まで駆け上がる。

 環境が制御された異界であるウィルダージェスト魔法学校は寒さもマシだけれど、結界の外は水が凍るくらい冷える季節だ。

 定位置に付いたシャムの体温が、ちょっと嬉しい。


「キリク、昨日の晩に書いてた魔法学の宿題、机の上に置きっ放し。ちゃんと持って行かないと提出できないでしょ」

 だけどシャムは前脚でグイと僕の頬を押し、忘れ物を指摘する。

 あぁ、そんな物もあったっけ。

 色々と思い返してたら、すっかり頭から抜け落ちていた。


 けど、ほら、ね?

 今日もシャムがいるから、大丈夫だったでしょ。

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