第40話


 相手の性格が透けて見えると、選ぶ戦法にも何となくだが察しが付く。

 こちらを嫌って見下しているなら、嬲ろうとしてきたかもしれないけれど、そもそもグランドリアは僕を見てすらいなかった。

 だったら、恐らく彼の狙いは速攻だ。

 素早く僕を片付けて、自分の優秀さを周囲に見せ付ける心算だろう。


 グランドリアの装備は、腰に剣と杖を挿して、両腕に銀色に光る腕輪を填めてる。

 杖を予備にして、装飾品の発動体を二つも持つなんて、……やっぱり貴族は金持ちだ。

 普通の制服じゃなくて、わざわざマントを身に付けてるから、あれにも何らかの魔法は掛かっている可能性が高い。


 ……うん、まぁ、問題はない。

 闘技場を見回せば、シールロット先輩が声援を送ってくれてるのが目に入る。

 次にパトラと、その膝の上に抱えられ、こちらを見守ってるシャムも。

 パトラの隣の席には、シズゥの姿があって、ちょっと心配そうな顔をしてた。

 クレイもその近くにいるけれど、こちらは全く心配した様子はなく、気楽に声援をくれている。


 代表者の席には、ガナムラとジャックス。

 ガナムラは貴族を嫌ってるが、流石にさっきのジャックスの試合には思うところがあったのだろう。

 怒りを孕んだ顔をしてる。

 そしてジャックスは、真っ直ぐに僕を見てた。

 友人達の様子は、そんなところだ。


 そして戦闘学の先生であるギュネス先生の声が、模擬戦の開始を告げる。



「砕け散れ!」

 開始と同時に、実に物騒な言葉と共にグランドリアは、両手を前に突き出して、右から炎を、左から氷塊を放つ。

 単なる炎と氷塊じゃなくて、繋がりを維持した、発展の可能性を残した二つの魔法を。

 ……単に二つの魔法を使うだけじゃなく、どちらにも繋がりを維持してるなんて、グランドリアはやはり二年生の中でも実力者の部類には入るのだろう。

 ジャックスが一年生の中でも、身分なんて関係なく、実力者であるように。

 でも、どうせ詠唱無しで魔法を撃つなら、わざわざ声を発しない方がいいと思うのだけれども。


 この二つが魔法の繋がりで弾けて広がれば、鎧や盾の魔法じゃ防げない。

 だけど貝の魔法を使ってしまえば、手数に勝るグランドリアにそのまま押し固められ、動けずに敗北を喫してしまう。

 もしも僕が無策で突っ立っていたなら、そうなる事は避けられなかっただろう。

 しかし僕は、グランドリアが速攻を仕掛けてくると、予め確信してたから。


 僕は魔法で盛り上がってくる地面を足場に、その勢いを借りて大きく跳び、放たれた炎と氷の上を越える。

 グランドリアは、その行動に驚きながらも即座に追加で魔法を放つが、僕も今度は貝の魔法の使用を躊躇わない。

 何故なら僕は、もう既に宙を跳んで動いているので、貝の魔法を使用しても、このまま動き続けるからだ。

 貝の魔法は自発的な移動ができなくなるが、全方位に障壁を張れる強力な防御魔法だった。

 その全方位の障壁を使って砲弾と化した僕は、グランドリアを上から押し潰す。


 もちろん、仮にも二年の代表であるグランドリアを、たとえ完全に実力ではなくとも、その大将を務める彼を、この程度であっさり仕留められはしない。

 砲弾と化した僕の着弾地点にグランドリアの姿はなく、随分と離れた場所に移動していて、恐怖と驚きの入り混じった表情で僕を見ていた。

 シールロット先輩に聞いていた、視界内に転移する短距離の移動魔法である。

 つまり二年生の切り札の一つを、向こうの意図せぬ形で使わせてやったのだ。

 グランドリアに、僕を対戦相手として認識もさせるというおまけ付きで。


 でも、それにしても、便利な魔法だなぁと思う。

 僕も早く使いたい。

 流石に授業で習ってもいない呪文を、勝手に先輩に教えて貰うのもどうかと思ったので自重したけれど、目の当たりにするとやはり移動の魔法は羨ましくなる。


 さて、ここからが本番だ。

 今ので終わられてしまったら、ハーダス先生の指輪を持ち出した意味がなくなってしまうところだし。

 この模擬戦で、僕がやらなきゃいけない事が二つあった。


 一つは、この模擬戦で勝利を収めて注目を集める事。

 初等部の一年でありながら、上級生に勝利する程の才を示せば、更に上の高等部の学生達にとっても、手を出せない相手となれる。

 今は取るに足りずとも、将来的には大きく成長するだろう魔法使いの恨みを買う事は、将来に大きな災いを齎しかねない。

 そう思わせる為に、勝利が必要だ。


 もう一つは、この試合で二つ目の発動体を使いこなす事。

 装飾品の発動体の中でも、邪魔にならない小さな指輪は、かなり高価な代物だ。

 所有者も、決して多くはない。

 実際、高位の貴族であるグランドリアも、持ってる発動体は二つとも腕輪だった。


 故に僕が指輪の発動体を使いこなせば、その持ち主としてこの魔法学校で広く知られるだろう。

 そうなると、僕はコソコソせずに堂々と指輪を肌身離さず持ち歩けるし、仮に誰かに盗まれても、その誰かは指輪を懸命に隠さなきゃならない。

 もしも僕が指輪の持ち主であると知られてなければ、奪った相手もしらばっくれる事は可能だ。

 だがこの指輪の持ち主が僕であると広く知られていれば、犯行が露見した際には、犯人は魔法学校での居場所を失うリスクを負う。

 つまり手出しがし難くなるという理屈である。


 魔法学校側とて同じだった。

 生徒の魔法の発動体を取り上げてしまうのは、あまりに外聞の悪い話だ。

 恐らく、この指輪が何なのか、最も早く正体に辿り着くのは魔法学校側、特にマダム・グローゼルだろう。

 だからこそ、僕はこの指輪の所有者が自分であると広く知らしめて、……その後はすぐにマダム・グローゼルと話し合い、この指輪の所有を認めて貰う心算である。

 これが、シールロット先輩が僕に入れ知恵してくれた、ハーダス先生の指輪を保有し続ける方法だ。


 まぁそれも、この模擬戦に勝利してからの話だが……、グランドリアの様子を見る限り、その時もそんなに遠くない。

 彼は怒りに燃えた目で僕を睨むが、それは感じた恐怖が転じた怒りだった。

 要するに心の乱れがそのままなのだ。

 思ったよりも、メンタルが弱い。

 目の前に立っていたのがジャックスならば、とっくに切り替えているだろうに。


 放たれる攻撃魔法を、左手に握った杖先に生じさせた盾で防ぎながら、指輪を填めた右手の平に、魔法の火を灯す。

 火は広がり大きな炎となり、そして敵に向かって、グランドリアへと放たれた。

 こちらが防御と同時に攻撃という、二つの魔法を使いこなした事に驚いたのか、グランドリアの対応が一瞬遅れる。

 そして僕の放った炎は、グランドリアが展開した盾に触れる直前で、魔法の繋がりを通じた爆ぜろとの意思に応じ、爆炎と化して広がった。


 四つの魔法の繋がり。

 これは前期の試験の時にもできたのだけれど、左手に別の魔法を使いながらだと、難易度は跳ね上がる。

 詠唱をせず、繋がりの数をわかり難くしながらだと尚更だ。

 複数の魔法を同時に使うコツを教えてくれて、練習にも付き合ってくれたシールロット先輩には、本当に幾ら感謝しても足りない。


 周囲に広がった高威力の爆炎は、正面のみに障壁を張る盾の魔法じゃ完全には防げない。

 そうなるとグランドリアがダメージを負わずにそれを防ぐ方法は、短距離を移動する魔法で逃げるか、自分の周囲の全てを守る貝の魔法のみ。

 しかし短距離を移動する魔法は決して万能ではなく、視界の範囲内にしか転移はできなかった。

 広がる爆炎が視界を遮りつつある中、果たして落ち着いて転移は可能だろうか。

 普段なら、或いはそれもできたかもしれないけれど、心の余裕を欠いたグランドリアは、確実に僕の魔法を防ぐ方法、貝の魔法に頼る。


 故に、これでチェックメイトだ。

 貝の魔法の欠点は、移動ができなくなってしまう事。

 この魔法で引き籠ってしまえば、暫しの安全は得られるが、イニシアチブを相手に一方的に握られてしまう。

 それは一年も二年も変わりなく、グランドリアが最初に僕に対して狙った展開でもあった。

 切り札の短距離を移動する魔法も、全周を覆う障壁を越えての転移は、向こう側が見通し難くなる為、難易度は跳ね上がる。

 更に貝の魔法を維持しながらそれを行うのは、……シールロット先輩や、キーネッツならともかく、グランドリアには難しいだろう。


 多少のダメージなんて無視して、盾の魔法でどうにか耐え、引き籠らずに攻撃に転じていれば、この先の展開もまだわからなかったが、彼はそれを選ばなかった。

 グランドリアは、実力的には決して弱くはなく、二年生の代表として恥ずかしくない力はあったのだろうけれど、……先程も述べた通り、残念ながらメンタルが脆い。


 盾の魔法を解除して、僕は再び土の魔法を使って地面を盛り上げ、宙を跳ぶ。

 貝の魔法には、貝の魔法。

 既に向こうの障壁の耐久度は、爆炎を防いだ事ですり減っていた。

 後は、勢いを付けてこちらの障壁をぶつければ、向こうの貝の魔法は音を立てて割れる。

 そしてこちらの障壁がグランドリアを押し潰してしまう直前で、流石にそのままだと死にかねないので、僕は魔法を解除して、けれどもその勢いは殺さぬままに右の拳を叩き込む。

 咄嗟に剣を抜こうとするグランドリアの動きは、僕からしてみると実に遅くて、右拳は彼の顔に、吸い込まれるように突き刺さった。


 この模擬戦は、それが決着の一撃だ。

 ……そういえば、グランドリアが着てたマント、結局どんな魔法が掛かってるか、わかんなかったなぁ。


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