第38話
その日、基礎呪文学のゼフィーリア先生に連れられて、本校舎の地下にある魔法の練習場に降りた僕らは、思わぬ物を目の当たりにする。
昨日まで、確かに魔法の練習場だった筈のその場所は、周囲に観客席まで備えた広い円形の闘技場に変わっていたのだ。
……地下闘技場かぁ。
悪趣味だなぁ。
学校側にそういう意図はないのかもしれないけれど、僕は地下に隠された闘技場というと、どうしても何か後ろ暗さを感じてしまう。
観客席には高等部の生徒が、いち、に、さんの……、三十人くらい。
他には先生や、見知らぬ……、恐らく来年以降にお世話になるのだろう先生らしき大人も座ってる。
うぅん、完全に見世物って感じだ。
だけど、高等部の生徒の中には、ちゃんとシールロット先輩が見に来てくれてて、僕のやる気は少し上がった。
「はい、じゃあ代表以外の子は、あちらの観客席に移動して。代表の子はこっちの席よ。二年生が来たらすぐに始まるから、準備なさい」
変貌した地下、闘技場の雰囲気に飲まれるクラスメイト達に、けれどもゼフィーリア先生は全く何時もと同じ調子で、テキパキとした指示を出す。
こんな事は魔法学校では、或いは魔法使いにとっては当たり前なのだから、いちいち動揺するなと言わんばかりに。
しかし、一体どんな魔法を使えばこうなるのか、少しばかり気になる。
魔法で資材を運んで組み立てた?
いや、この模擬戦は毎年のイベントだというし、その度にわざわざ組み立てるのは手間な筈。
ならば観客席や闘技場はどこかに仕舞ってあって、そこから取り出してきたと考える方が、個人的にはしっくりとくる。
……例えば、この闘技場や観客席は、魔法の練習場と表裏一体で、くるりと地面をひっくり返すと、闘技場が表に、魔法の練習場が裏になるなんてのは、どうだろうか。
闘技場は観客席まで含めるとかなり大きいから、ひっくり返すのは一苦労だろうけれど、魔法を使えば難しくはない。
なんとなく、自分の中でこの現象に理由が付くと、驚くほどの事ではないように思えてきた。
もちろん他の方法で魔法の練習場と闘技場が入れ替わった可能性もあるけれど、それは然して問題じゃなくて、自分が納得できるかどうかが重要なのだ。
ゼフィーリア先生の誘導に従って、代表の席に移動しながら、改めて闘技場を見る。
まず最初に気になるのは、闘技場と観客席の間に、強く魔法の気配を感じる事。
これは多分、観客を守る為の防御の魔法か何かだろう。
錬金術か、魔法陣か、何れかの仕掛けが施されてると予測ができた。
闘技場そのものは、かなり広い。
普通に魔法を撃ったり防いだりするだけなら、不必要なくらいに。
やっぱりこれは、攻撃や防御だけじゃなく、移動の魔法が使われる事も念頭に置いて、作られた闘技場なのだろう。
以前、シールロット先輩が高等部になったばかりにも拘わらず旅の扉の魔法を使った事からもわかるように、初等部の二年生で移動の魔法は教わるそうだ。
尤も移動の魔法は基礎の域を大きく超えており、特にシールロット先輩のように長距離の移動の魔法を習得できる生徒はごく僅からしい。
ただ短い距離の、視認できる範囲を移動する魔法に関しては、三割以上が二年生の間に習得するそうで、代表として模擬戦に出てくる生徒なら、使えると考えた方が無難であった。
まぁ、そういった魔法を使えると知っていれば、対処のしようは幾らかある。
二年生がそういう魔法を習ってる事は、他の代表にも伝えてあるが、しかし彼らの相手がそれを使うかどうかはわからない。
それを使うまでもなく一年生は素の実力で簡単に押し潰せると考えるかもしれないし、大将であるグランドリアの為に札を伏せておく可能性だってあった。
チームワークと言っていいのかはわからないけれど、グランドリアの立場が圧倒的に強い二年生は、僕らよりもずっと纏まりがあるだろう。
もちろん、僕は決してそれを健全だとは思わないけれども。
さて、二年生が地下の闘技場に入ってくる。
実に堂々とした姿で、今日の主役は自分達だと思っているのが、態度から滲み出ているようだ。
正直、生徒の立場からすると、この初等部の一年生と二年生の模擬戦は、問題だらけのイベントだった。
高等部に上がった後ならともかく、初等部の段階では、一年という経験の差はあまりにも大き過ぎる。
単に、生徒の実力を測り、公開したいだけならば、一年生同士、二年生同士の模擬戦を見せるイベントにした方が、何倍もマシな見世物になるだろう。
当然、学校側には学校側の思惑はあるのだろうけれど、それはちっとも見えてこないし。
けれども、シールロット先輩曰く、このイベントは結構長く続いてるらしい。
少なくとも、校長が今のマダム・グローゼルになってからは、毎年欠かす事なく行われているそうだ。
そして生徒からの反対は、あまり多くないという。
何故なら、一年生は唐突にこのイベントを知る為、良くわかってないからあまり反対しないし、二年生は一年生の時に手痛い思いをしているけれど、次の年は自分達が相手を圧倒できる立場なのだから、反対なんてしよう筈がない。
つまり、そう、あの二年生達は、このイベントは勝って当たり前だと思い、去年の憂さを晴らせると喜び勇んで、あんなにも自信満々な態度で、地下の闘技場にやってきた。
そう考えると、何だかこう、あの二年生を泣きっ面にしてやりたいって気持ちが、ふつふつと湧いてくる。
僕らが一方的に負けなければ、このイベントで馬鹿馬鹿しい憂さを溜めなければ、来年の一年でそれを晴らす必要なんてない。
この問題の多いイベントに、僕らは堂々と反対意見を出せるのだ。
当たり前の話だが、未熟な年下の後輩を嬲るより、自分よりも経験を積んだ年上に勝利する方が、絶対に何倍も気持ちがいいに決まってるのだから。
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