第37話


 後期が始まってから二か月近くが過ぎ、吹く風にも少し冷たさを感じるようになってきた頃、初等部の二年生との模擬戦が執り行われると発表があった。

 それを聞いて驚いた顔をしたのは、クラスメイトの約半分。

 残りは縁のある上級生から聞いたのか、それとも仲間内で情報を共有していたのか、予め知っていた様子。

 僕はもちろん知っていた側だし、黄金科の上級生のところでアルバイトをしてるクレイも、やはりその発表には平然としてる。


「貴方達、知ってたの?」

 隣の席のシズゥがそう問うてくるから、僕は頷く。

 その模擬戦には、初等部の有望な生徒を確認しておく為、高等部からも大勢見物客が来るそうだ。

 正直、意味の分からないイベントだなぁとは思う。

 前にも述べたかもしれないけれど、魔法使いとしての一年の学びの違いは、今の僕らにはあまりに大きい。

 しかも、僕らが普段の戦闘学の授業でやってるような、教えられた魔法を使って駆け引きするだけの模擬戦じゃなくて、錬金術で作った魔法薬や、剣やら短剣やら、武器の類の使用も認められるというのだから、学校側は一体何を目的としているのか、さっぱりわからなかった。


 流石に相手を殺しかねない危険行為に対しては先生達が割って入るし、怪我を負ってもすぐに魔法で癒して貰える。

 でも、そういう問題じゃないと思うのだ。

 やっぱり学校側には、ある程度の危険な行為をさせてでも、生徒の戦う力を磨きたい、戦う力を磨く事に目を向けさせたい理由が、何かあるらしい。


 高等部への進学を間近に控えた二年生を見たいなら、二年生同士で模擬戦をした方が、ずっといい見世物になるだろう。

 しかし、だからこそ一年生が二年生を相手に善戦、或いは勝利を収めれば、それは物凄く注目を集める事になる。

 故にシールロット先輩は、僕がハーダス・クロスターが遺した指輪を自分で所持し続けたいなら、その模擬戦での勝利が必要だと、僕にそう言っていた。


「ふぅん、いいけど、怪我はしないでよ。クレイはわからないけれど、キリクは確実に代表をやらされるでしょ」

 シズゥの言葉に、僕は曖昧な笑みを返す。

 流石に二年生を相手に、怪我をせずに勝つのは難しいと思うから。

 尤も彼女は、僕が勝つ心算でいるなんて、そもそも思ってもないだろうけれども。

 ただ、勝つ算段は既にあるのだ。


 一年生の代表は、クラスでこれから話し合って決めるのだけれど、二年生の代表は、もう既に決まってる。

 その二年生の代表の名前を確認し、僕はその勝利が不可能ではない事を、改めて認識した。

 というのも、二年生の代表の名前は、恐らくこうなるだろうと、シールロット先輩から予め聞かされていたから。

 何故なら、一年前のこのイベントで、初等部の二年生だったシールロット先輩は代表として参加して、彼らとは一度戦っているのだ。

 もちろん、全員が全員同じ名前ではないけれど、優秀で戦闘に向いた生徒の顔ぶれは、大幅に変化したりはしない。


 僕にとって、二年生の代表の名前で重要なものは二つ。

 一つは一番手、先鋒のキーネッツ。

 もう一つは五番手、大将のグランドリア・ヴィーガスト。

 ちなみに二年生の代表は、一番手のキーネッツのみが姓を持たず、残る四人の名前には、全て姓が付いている。

 四人の全員が貴族という訳ではないにしても、騎士や、それなりに身分の高い家の子らだろう。

 中でも大将のグランドリア・ヴィーガストの、ヴィーガスト家というのは、北西のクルーケット王国の侯爵家だった。

 つまり今の二年生というのは、そういう学年なのだ。


 ウィルダージェスト魔法学校では、全員が魔法使いの卵だから、学校の外に比べれば、身分の差は緩やかである。

 魔法使いに対しては、貴族でさえも気を使うから。

 しかし当然ながら、身分の差が皆無になった訳じゃない。

 平民からすればやはり貴族は怖いものだし、貴族からすると平民は自分のいう事を聞いて当たり前って感覚は、どうしてもあった。


 実際、出会った頃のジャックスの行動は、僕だからシャムを守る為の右ストレートで対応したが、普通に平民の家の子供だったら、泣く泣く使い魔の猫を差し出していた可能性は高いのだ。

 だからこそ僕は当初、或いは今も、クラスメイトに危ない奴だと恐れられていたのだろう。

 今の一年生は、僕が殴り、ジャックスが態度を改めた為、身分の違いによる影響は、クラス内ではごく僅かである。

 だが二年生は、侯爵という高位貴族の出であるグランドリアが筆頭に居る為、身分の影響が色濃く出ている学年らしい。


 それこそ本来ならば最も実力が高い、二年生の当たり枠であるところのキーネッツが、先鋒に使われるくらいには。

 勝ち抜き戦じゃなくて、一対一の戦いを五回行うだけのイベントで、最も高い実力者を先鋒に置く意味は薄いと思う。

 いや、先鋒の勝利で全体が勢い付くとか、戦略的な意味は、本来ならあるのかもしれないけれど、この配置はそういう効果を考えての事ではない筈だった。


 最もありがたいのは、キーネッツの名前がない事だったのだけれど、身分の影響が色濃くでる二年生で、それでも代表の一人に食い込んで来る辺り、流石は当たり枠と言うべきか。

 シールロット先輩曰く、今の僕では、キーネッツには勝ち目がないそうだ。

 逆に言えば、他の二年になら、少なくとも身分を重視して選ばれた代表になら、勝てる見込みはあるらしい。



 ヴィーガストというのが侯爵家の家名だと知る者の視線は、自然にジャックスに向く。

 確かにフィルトリアータ伯爵家の子息である彼ならば、グランドリアの相手も失礼なく務め、無難に終わらせる事ができるだろう。

 実際、ジャックスは戦闘学の成績もトップクラスなので、代表に選ばれてしかるべき人材だ。

 皆が彼にそれを期待するのは、至極当然の話だった。


 けれども、ジャックスは首を横に振る。

「断る。確かに私なら、無難にヴィーガスト殿の相手は務まる。だがそれは、程々に戦った後、無難に負ける。無難に勝ちを献上するという事だ」

 そして彼は、自分にグランドリアの相手をさせようというクラスメイト達を見回し、そう言った。

 まぁ、確かに、ジャックスがグランドリアの相手に選ばれれば、誰の目にもそう映る。

 ポータス王国の伯爵家と、クルーケット王国の侯爵家に、そんなに身分の違いはないけれど、一年生が二年生に、無難に勝ちを譲ったのだとは見做されるだろう。

 譲ったというか、勝ち目がないから無難な結果に済むように、被害を抑える為に動いたと、そんな風に。


「それは私が、ヴィーガスト殿に勝ちを献上するだけじゃない。一年生が、二年生に対して、自ら膝を屈して勝利を譲り渡すという意味だ。……無難にな。それを私は、面白いとは思えない。だったらこのクラスには、私よりも面白い結果を齎す者が一人、いるだろう。相手がどんな貴族でも関係なく打ち倒す、私を殴り倒した、私の友が」

 ジャックスが真っ直ぐに、僕を見据えてる。

 どうやら彼は、僕なら二年生の大将に勝てると思っている様子。

 多分、根拠なんて全くないのだろうけれど、ジャックスの目は、僕を信じて疑わない。


 本当に彼は、そういうところだぞって、思う。

 期待が実に過剰である。


 僕としては、キーネッツ以外の相手であれば、二番手でも三番手でも四番手でも良かったのだけれど、……最後の試合、大将を譲って貰えるのなら、そりゃあ目立って好都合だ。

 普段なら、そんなに目立つのは好きじゃないけれど、今回は僕の都合に合致した。

 後は、こんな風に推されて、もしもあっさりと負けたら恥ずかしいなぁって事だけれど、それはもう仕方ない。

 何にだって失敗のリスクは付き纏う。

 だったら、そう、やってやろうじゃないか。


「わかった。いいよ。他の皆もそれでいいなら、僕に任せて」

 そう宣言すると、クラスメイトの幾人かは苦虫を噛み潰したような顔をするが、反対意見は出なかった。

 もし反対して、ならば代わりにグランドリアの相手をするかと言われれば、自分が窮地に立たされる事がわかっているから。

 僕に敵意を持つクラスメイトって、二年生で言うところの、グランドリアの取り巻きのような連中だし、そりゃあ侯爵家の人間を相手に、模擬戦なんてできないだろう。


 グランドリアの相手を決めるという、最大の問題が解決すれば、後は戦闘学の成績を基準に、残るメンバーはスムーズに決まる。

 僕の友人の中で選ばれたのは、ガナムラが二番手で、ジャックスが四番手だ。

 貴族が嫌いなガナムラは、今の二年生の状態なんて大嫌いだろうから、戦意は高い。

 ジャックスは、僕に五番手を譲ったから、四番手になるのは妥当だろう。


 クレイは体力はあるけれど戦闘はそれほど得手じゃないので選ばれず、パトラはそもそも戦う事自体に忌避感がある。

 シズゥは意外に戦えるのだけれど、それでもクラスの中でトップクラスという訳ではないし、こういった場で見世物になる事も好まない。


 ちなみに一番手、二年生の当たり枠であるキーネッツの相手には、ガリアが選ばれていた。

 彼も騎士の家の出だけあって、戦闘訓練は幼い頃から積んでるらしく、決して弱くはないのだ。

 騎士の家の出だからこそ、安易に負けられないって話だったが、相手が明らかに格上である上級生ならそれも許されるんだろうか?

 ただ、対戦相手が悪過ぎるので、それを知らないガリアが、少しばかり気の毒になる。


 まぁさておき、戦うと決まったなら、後はそれに向けて、最大限の準備を整えるのみ。

 二年生と一年の経験の差は非常に大きいが、だからこそ彼らには、多少なりとも慢心がある筈。

 一年前、当時は一年生だった彼らは、上級生に圧倒的な敗北を喫してる。

 故に、今年の下級生である一年生には、同じように圧倒的な勝利をしたいと思っているだろう。


 別にそれを卑しい気持ちと咎める心算はない。

 人ならば、そう考えて当然だ。

 しかしその感情を、僕らが素直に受け止めてやる義理はなかった。


 僕は、僕の都合の為に、この模擬戦の勝利を目指す。

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