第35話
授業の内容が前期より難しくなっても、寝て起きれば次の日が来て、それが重なれば週が、月が過ぎていくのだから、食らいついて咀嚼して飲み込んで消化して、身にしていくしかない。
幸い、僕らは今が成長期だから、新たな教えも吸収がスムーズだ。
クラスメイトの中で、極端に授業に付いていけなくなってる生徒は、まだ出ていなかった。
ただ実技に関しては、得意不得意が明確に表れやすい。
基礎呪文学の授業では、もうクラスメイトの中でも扱える魔法の数に大きな差ができている。
錬金術も同じで、習った魔法薬が作れなかったり、どうしても採取が上手くいかないクラスメイトは、少なくなかった。
だがその二つ以上に、向かない者にとって厳しいのが、やはり戦闘学の授業だろう。
戦闘学の授業に、つまり戦いに必要となる要素は色々とある。
身体能力、扱える魔法の数、判断の速さと正確さ、それから何より、戦いを厭わない気質。
相手を害し、傷付け、怒りを、恨みを買うかもしれない戦いを、好んで行える者は、やはり決して多くない。
基礎呪文学や錬金術に関しては、不得手であっても挑もうとする事はできる。
あぁ、潔癖症で、どうしても採取なんて無理だって人も、そりゃあ皆無じゃないかもしれないけれど、少なくともこの世界では、物凄く珍しいと思う。
しかし戦いは、そもそも誰かを攻撃する時点で、強いストレスを感じる人が多くいるのだ。
前期の最初の頃のように、体力作りに走り回ってるなら、身体能力の差は出ても、気質の差は表われ難かった。
少し経って、防御呪文を覚えて、放たれた魔法を防いだり、逆に防御呪文を掛けてる相手に、魔法を放つのも、おっかなびっくりではあっても、互いに安全だとわかってるから、不可能じゃない。
けれども前期の試験のように、模擬戦をしなきゃならないとなると、途端に気質の違いは顔を出す。
圧倒的に強い相手だとわかってる先生に対してでも、攻撃ができないクラスメイトは、やはり一定数居たらしい。
例えば、パトラもその一人。
ギュネス先生は、そうなると予想した生徒にはわざと無防備に突っ立ってみせたそうだ。
戦い方を習い始めたばかりで、他人を傷付ける覚悟が出来上がっていなければ、無防備な相手に攻撃を仕掛けるのは、そりゃあ抵抗があって当たり前だから。
それは人としては別に間違った事じゃないだろう。
でも戦いを学ぶ授業では、決して良くは評価をされないのも、仕方のない話だった。
後期の授業では、使う魔法は大怪我をしないものに限定されるが、生徒同士での模擬戦が増えている。
その際、ギュネス先生を攻撃できなかった生徒は別に集められたり、授業後にも少し残されて、戦いに対する心構えを作る為の訓練を受けていた。
「……どうして、そこまでして戦い方を教えたがるんだろうね?」
今日も授業の後、放課後に残されたパトラを見ながら、僕はシャムを抱きかかえて、呟く。
人目があるから、シャムの返事は期待してない。
ただ、僕は自分の中に芽生えた疑問を、どうしても口にしたかっただけだ。
魔法は戦いにも使える力だから、得意とする者のそれを伸ばすというのは、理解もできる。
だがそれを不得意とする者にまで、一定の戦う力を要求する、つまり底上げを行うには、それなりの理由があるんじゃないだろうか。
自衛が必要ってだけなら、幾つかの防御魔法と、危険を教えてそれを避けられるように知識を与えれば十分な筈だし。
ならば一体、僕達が身に付ける戦う力は、誰に向けられる事を想定しているのだろう。
今はまだ一年目だから、学んでいるのは基礎に過ぎない。
もしかすると、模擬戦の授業が増えたのは、戦いに対する度胸と判断力を養えるからで、もっと上の学年になれば、魔法生物との戦い方を想定した訓練が増える可能性だってある。
しかし今手元にある情報、既に受けた授業の内容から判断すると、まるで僕らは他の魔法使いと戦う危険があるみたいじゃないか。
そうだとするなら、他の魔法使いって、一体どこの誰だ?
昔、黄金科、水銀科、黒鉄科の、三科の争いが激しかった頃ならともかく、今の魔法学校で、生徒同士の戦いの為に訓練をさせてるとは思わない……、いや、思いたくない。
だったらこの魔法学校の外に、敵対する魔法使いがいる事になる。
……考えられるのは、ウィルダージェスト同盟に属しない国の魔法使いか。
魔法の素質を持った人は、そりゃあ他所の国にも生まれるだろうから、そこにもウィルダージェスト魔法学校のような、魔法使いを養成する施設があっても、何ら不思議はなかった。
他には、魔法使いを敵視する宗教というのも、怪しい。
魔法使いに対抗するには、やはり魔法に頼るのが確実だ。
こう、魔法使いを敵視しながら、自分達も魔法を使うなんて、それはとても皮肉な話だけれども。
「あちっ!?」
不意に手に痛みが走る。
どうやら物思いに耽りながら、シャムをあちこち撫でまわしてて、それがあまりにしつこかったらしい。
シャムの爪が、浅く僕の手を引っ搔いたのだ。
血が出る程じゃないけれど、ちょっとだけ驚かされた。
「あぁ、うん、ごめん。戻ろっか」
僕が謝りそう言えば、やっとわかったかと言わんばかりに、シャムが低めの声で一つ鳴く。
見れば、まだパトラの、戦闘を苦手とするクラスメイト達の、訓練は続いてる。
大変だなぁとは思うけれど、あそこに僕が参加しても助けにはなれないし、意味はない。
また今度、何か甘い物でも買っておいて、労うくらいがいいだろう。
貴族のお嬢様であるシズゥは、意外に戦うのが平気というか、攻撃にも一切躊躇いがないし、身体能力も高かった。
女の子も、色々だ。
そういえばシールロット先輩は、初等部の頃に一年生と二年生の模擬戦に出たって言ってたっけ。
何だかそんなイメージはあまりないんだけれど、恐らく強いんだろうなぁとは思う。
ただ戦闘学は苦手って当人は言ってたから、高等部の一年生で一番強いって訳じゃなさそうだけれど。
実はシールロット先輩には、今、密かに教わってる事が一つあって、その成果は、二年生との模擬戦で使う予定だった。
聞いた話では、その模擬戦はクラスの代表が五人ずつ、一対一で戦うらしいから、僕がそれを使うのは、クラスの代表の一人に選ばれたらの話だけれど……。
シールロット先輩は僕が選ばれない筈がないって思ってるみたいで、まぁ、正直、僕もそんな気はしてる。
もうじき、模擬戦が行われる事は、クラスメイト達にも知らされるだろうから、話は、うん、それからだ。
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