第29話
ポータス王国の王都の傍には、大きな河川が流れてる。
その名前は、ウィリーダス川。
水量は豊富で、川の流れも意外に早く、魚も多く棲む。
流れる水は耕作地に引き込まれて農業に、水車を用いた工業に、水運による商業にと、王都の発展の全てを支えていた。
ただごく稀にだが、水に落ちて流される人も出て、そうした場合は骸が見付かる事すら少なく、昔は川底に魔法生物のケルピーがいて、人を水中に引きずり込むのだなんて、恐れられていたという。
今日、僕がポータス王国の王都に来て、更にこのウィリーダス川の傍に来てるのは、ここに木材の加工場があるからだ。
上流で切られた木は、丸太のまま大きな筏のように組まれ、川に流して運ばれる。
王都に辿り着いた筏は、分解されて川から引き上げられ、風通しの良い保管庫で乾燥。
十分に乾けば、水車を使って、流れる水を動力に、動く大きな鋸が丸太を木材に加工していく。
そうして生産された木材は、王都で建物の建築や修繕、家具作りに、冬は暖炉の燃料と、様々な用途に消費されていた。
「ほぅ、お前さんが、うちのパトラの級友かい」
木材の加工場で、僕をじろりと値踏みするように見回すのは、一人の、とても厳つい男。
人並外れて大きいって訳じゃないんだろうけれど、まだ十二歳の僕に比べると十分大きいし、隆々とした筋肉も迫力満点だ。
尤も、うん、戦いのプロって訳じゃなさそうだから、得体の知れなさはない。
戦闘学のギュネス先生に比べると、単に見かけが厳ついだけなので、怖がる必要は特になかった。
いやでも、ちょっとふんわりとした印象のあるパトラの父親なのに、ここまで見掛けが厳ついのも、何か凄いなぁって思ってしまう。
「だったら、あの薬を作ってくれたのがお前さんだろ。礼を言う。あの後、近所の悪ガキが悪戯をしてて屋根から落ちてな。酷い顔色をしてて、拙いかもしれんと思ったが、大急ぎでパトラがお前さんに貰ったって薬を飲ませたら、無事に助かったんだよ」
そう言って、パトラの父親はぺこりと、僕に向かって頭を下げる。
あぁ、それは実に良い話だ。
僕が作った魔法薬で誰かが助かったなら、作った甲斐もあった。
またその子供の運も良かったのだろう。
丁度、僕が余った薬をパトラの家に置いていってて、その近くで怪我をした。
普通の人は、魔法薬の価値を知っていると、それを使う事を躊躇ったかもしれない。
けれどもパトラは魔法使いで、魔法薬はまた作れば良いが、人の命は失われたら終わりだと理解してたから。
「でもよ、そんな薬を作れるお前さんが、何でまた、家具の作り方なんて教わりたいんだい? うちのパトラが言ってたぞ。あんなに効果の高い薬を作れるのは、クラスじゃまだお前さんだけだって。キリクって友達は、凄い魔法使いになるってな。だったらもっと時間は大切にすべきじゃないか?」
パトラの父親が口にした言葉には、どこか諭すような響きがある。
あぁ、顔は、見掛けはそんなに似てないけれど、やはりこの人は、彼女の父親なのだろう。
だってこうした優しさを、パトラも時折見せるから。
きっとこの父親から、彼女はそれを受け継いだのだ。
ふむぅ……、パトラの父親の言葉は、善意からの物だった。
しかし僕は、できれば彼に木工を教えて貰いたい。
「薬じゃないんですが、魔法の品を作る時、部品から拘れた方が、より理想的な物ができると思うんです」
だから僕は、どうして自分が家具の作り方、木工を教わりたいと思ったのかを説く。
それは、決して道楽では、時間の無駄ではないのだと、わかって貰おうと。
我を通す為に言いくるめるんじゃなくて、相手から何かを教わりたいなら、こちらを理解して、納得して貰う事が重要だと思うから。
だが、僕の言葉を聞いても、パトラの父親は困り顔で、
「……うぅん、お前さんが欲しがってる、その拘った部品を、俺が作るんじゃ駄目かい? そりゃあ、薬の恩もあるし、熱意があるなら教えてやりたいって気持ちはあるが、他にも色々とやる事がある奴に仕込んでも、中途半端にしかなりゃしねぇ。俺は、家も家具も、教えた奴も、中途半端にはしたくねぇんだ」
そんな言葉を口にした。
いや、うん、でもそれは、結構いい条件だなぁ。
望む物が手に入るなら、絶対に僕が全てを自作しなきゃいけないって訳じゃない。
魔法使いとして学び始めたばかりの僕が、全く関係のない木工を齧っても、中途半端になるだけだって意見も、尤もだった。
こちらの細かな注文に対応してくれる職人が居るなら、任せられるところは任せてしまうのは、正しい選択だろう。
もちろん、自作に比べれば、お金は掛かる事になるけれど、そこは錬金術で稼げばいい話だ。
何なら、それこそ、この前に渡したのと同じ、回復の魔法薬を対価にするって手もある。
人柄は、会って話して、信用できた。
見た目はやっぱり厳ついが、この人は間違いなくパトラの父親で、優しい人だ。
僕に対して、色々と気遣ってくれるだけの好意も持ってくれてる。
そして最も大切な腕前に関しても、既に確認済みなのだから。
12歳の身でこんな事を言うのは生意気にも程があるかもしれないが、仕事の取引先としては、これ以上はない相手だろう。
「駄目じゃないです。それなら、プロフェッショナルにお任せしたいです。対価はちゃんと用意しますので、お願いします」
僕は、たっぷりと一分は考えてから、全力で餌に食い付いた。
この条件を逃す手はないと、熟慮の末にそう判断して。
すると僕の態度が面白かったのか、パトラの父親は呵呵と声を上げて笑う。
「なるほど、これは大物になりそうだ。クラスで一番凄いってパトラの言葉も、間違いじゃなさそうだ。ならこのジーレン、君が上客になってくれる日を、心待ちにするとしよう」
そんな言葉を口にしながら。
あぁ、うん、まぁ、確かに前期の試験の結果は、クラスで一番良かったから、パトラがそう言ったのも嘘にはならない。
しかしその言葉を今後も嘘にしない為には、ちょっと頑張らないといけないなぁと思う。
僕がパトラの父親、ジーレンに注文を出せるのは、早くて初等部の二年の終わり……、まぁ普通に考えれば高等部になってからだ。
少なくともそこまでは、クラスで一番凄いを維持しよう。
高等部になれば、パトラとも科が分かれる可能性の方が、高いのだし。
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