第28話



 夏期休暇も後半に入ると、そろそろ課題を完全に片付けておこうって気分になる。

 魔法学で出された夏の課題は、前期に習った魔法生物の注意すべき点と、その対処法の纏めを作る事。


 尤も魔法学で学ぶ範囲は広く、魔法生物はその一つに過ぎないので、前期の授業で教わった魔法生物の種類は、実はそんなに多くない。

 何故なら広い森の中でも、初等部の一年生である僕らが入れるのは、ほんの一部でしかないからだ。

 学年が上がれば、もっと魔法学校から離れた場所に入る許可もおり、色んな魔法生物が見られるのだろうけれど……、それはまだ先の話である。

 僕らが森の奥に足を踏み入れるには、もっと知識と実力が必要だった。


 魔法学の、前期の授業で習った魔法生物の中で、特に危険があるとすれば、ファイアホースか、ジャイアント・ウシ・トードだろう。

 ファイアホースは、燃えるたてがみを持った馬で、何の工夫もなく触ろうとすれば大きな火傷を負う事になる。

 敢えて人を害しようとする魔法生物ではないのだが、ファイアホースは警戒心が強く、下手に脅かしてしまうと、暴れ出してしまう恐れもあった。

 まぁ、正しい知識と誠意を以って接すれば、避けられる程度の危険でしかないが。


 ジャイアント・ウシ・トードは、ぶおー、ぶおー、と醜い声で鳴く、巨大な化け物カエルだ。

 普段は水場に住んでいて、水を飲みに来た動物を、舌で絡め取ってごくりと丸呑みにする。

 場合によっては人間ですら吞み込もうとしてくるので、ファイアホースとは違って、向こうから危害を加えて来るって意味で、危険な魔法生物だろう。

 ただ対処法は簡単で、鎧でも盾でもいいから、防御の魔法を使ってやれば、舌が障壁に触れた途端、悲鳴を上げて逃げ出す。

 他にも、魔法が使えない状態なら、ナイフでジャイアント・ウシ・トードの舌を傷付けてもいい。

 ジャイアント・ウシ・トードの舌は、獲物を捕らえる武器ではあるが、同時にそれを味わう感覚器官でもあるので、非常に繊細で痛みに弱いのだ。

 そうであると知っていれば、対処のしようは幾らでもあった。


 他には、森で声を聞くと迷うとされる惑わしの鳥、うっかりと胞子を吸い込めば眠気に襲われ、そのまま間近で眠ってしまうと菌床にされるマタンゴ辺りも、危険と言えば危険だろうか。

 尤も惑わしの鳥は、不思議な声に招かれていると感じた時点で、足を止めて暫く動かなければ、迷わされてしまう事はない。

 また魔法を使えば、迷った後でも元の場所に戻る事は難しくなかった。

 マタンゴは、胞子を吸い込まないのが一番だが、うっかり吸い込んでしまっても即座に眠る訳じゃないから、すぐさま引き返してマタンゴから離れる。

 余程に大量の胞子を吸わねば、意志の力で意識を保ち、その場を離れられるだろう。

 継続して胞子を吸わされ続けなければ、菌床にされてしまう事はない。

 鎧の魔法で胞子を遮断するのもいいだろう。

 但し、マタンゴがあるからって火の魔法で燃やそうとすると、撒き散らされた胞子も燃え上がって、思わぬ災害を招く可能性があるから、そこは注意が必要だ。


 ファイアホースのたてがみは、貴重な錬金術の素材になる。

 ジャイアント・ウシ・トードの舌は非常に美味な珍味らしい。

 惑わしの鳥の尾羽は、それでチャーム、護符を作って所持すると道に迷う事がないという。

 マタンゴの胞子は、非常に優秀な睡眠薬の材料だった。


 魔法生物は、扱い、接し方を間違えればどうしても危険は付き纏うが、正しい知識はその危険を限りなく低下させ、魔法生物を益ある存在にするだろう。

 その辺りをつらつらと、ペンで紙に書き記す。

 最後の辺りは、少し余計だったかもしれない。

 ちょっと錬金術が入りかけてる。


 まぁ魔法学の授業自体が、浅く広い範囲をカバーして、他の科目の前提知識を与えてくれるって性質があるから、それも仕方ない話だ。

 例えば、最近は魔法陣の存在を教わったけれど、これは初等部の二年生になると増える、魔法陣学の授業で本格的にやるらしい。

 今は、そういったものが存在してるよって、少し教えてくれる程度だった。

 ちなみに魔法陣がどんな物かといえば、詠唱の言葉の力以外で、魔法を補強する手段の一つであり、長く魔法の効果を留める手段でもあり、錬金術以外で魔法のアイテムを作成する方法でもあった。

 何だか聞いてる限りでは、いろいろ出来てすごく便利そうだから、早く教えて欲しいと思う。

 高等部の科の中では、黒鉄科が魔法陣の研究を進めてて、先代の校長であったハーダス・クロスター、ハーダス先生も魔法陣を得意としたとされる。


 んー、こんなところかなぁ。

 余計な事を書いてる気もするし、何だか物足りない気もする。

 書いて良いなら、それぞれの魔法生物の素材を具体的にどうやって加工していくかとか、沢山書きたくなるんだけれど。

 尤もジャイアント・ウシ・トードの舌だけは、食べた事がないので、何も書けない。


 牛タンみたいなものだろうか。

 未知の食にはとても興味があるけれど、魔法学校の周囲に生息する魔法生物を、狩って食べるというのは、些か気が引ける。

 恐らく、あの魔法生物達は、今は完全に馴染んではいるが、元々は何らかの目的があって集められたものだと思うから。

 実際、ファイアホースの縄張りは、森の中でも燃え難い木々の生えた一画だ。

 あれって、恐らくわざわざ、そういう環境を魔法学校側が整えて、そこにファイアホースを住まわせたんだと思う。

 つまりあそこの魔法生物は、森という自然な環境に生息してはいるけれど、魔法学校に管理された、いわば財産でもあった。


 他人の財産を、勝手に狩って食べてはいけない。

 それは物凄く当たり前の話だ。

 僕は人里離れた未開の地、ジェスタ大森林の出身だけれど、野蛮人ではない。

 寧ろ僕を育ててくれたケット・シー達は、人よりもよっぽど優雅な生き物なのだから。


 あぁ、ジェスタ大森林なら、完全に野生のジャイアント・ウシ・トードもいるだろうし、僕がもう少し実力をつけて、ケット・シーの村にも気軽に赴けるようになったなら、あちらの森で狩ってみよう。

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