第27話


「お、やったな。キリク、早く降りてみようよ」

 急に開いた階段に、僕は吃驚して、誰かに見られてないか周囲を確認したが、シャムは周りなんて気にした風もなく、謎が解けた事を喜んでる。

 ……入って、大丈夫だろうか?

 いや、そりゃあ、僕だって中がどうなってるかは、気になるけれど。


 視線を上げて、台座の上の生きている像をジッと見詰めてみても、特に動き出す様子はない。

 どうやら僕は、謎を解いた事によって、中に入る権利を得たのだろう。

 もしそうでなかったなら、広場の守り手である生きている像は、僕を止めようとする筈だから。


「そうだね。じゃあ、入ろうか」

 幸い、階段が現れた音は雨に紛れたし、夏期休暇の、こんな天気の日に、中庭を訪れる物好きは他にはいなかった。

 僕は階段を降りながら、傘を閉じ、代わりに杖を取り出して、翳す。

「光よ、灯れ」

 そして呪文を唱えると、杖の先に光が灯る。

 前期の戦闘学の試験で、ギュネス先生に目晦ましに使われた、光の魔法だ。

 もちろんあれは、とても特殊な使い方で、本来はこうして暗い場所での光源に使う。


 柔らかな光に照らされた階段を最後まで降り切ると、そこに在ったのは、扉もない小さな小部屋。

 部屋の真ん中には文字が刻まれた台座があって、その上には箱が一つ置かれてる。


「えぇっと、……星が齎した法則を知る者か、知らずとも読み解く知恵者か、偶然に仕掛けを解ける運良き者か、君がいずれなのかはわからない。けれども君は、何かを持った人である。その資質を、正しき事に使うよう私は祈る。仕掛けを解きし君、私の贈り物を、受け取られよ。これは他の仕掛けの、鍵でもある。ハーダス・クロスター」

 台座には、そんな風に書かれてた。

 それを読み上げてるうちに、僕は自分のしてしまった、失敗にも気付く。

 星が齎した法則を知る者。

 僕はこれになるのだろう。

 つまり『星の世界』という本に書いてあった、星の知識を持つ者だ。

 あのマインスイーパーを解く事で、僕は自分がそれであると、自ら証明してしまったようなものだった。

 雰囲気に飲まれたとはいえ、好奇心から、謎解きの楽しさから、躊躇いを忘れてその知識を使ってクリアしてしまったけれども、仕掛けを作った側が、それが異なる世界から齎される知識であると、知らない筈がなかったのに。


 ハーダス・クロスターって、確か先代校長の、ウィルダージェスト魔法学校の深刻な問題であった、黄金科、水銀科、黒鉄科の争いを小さくしようと、初等部を一つにするって改革した人だっけ。

 彼もまた、星の知識を持つ者だったのだろうか。


 贈り物だという箱を開けると、中に光ってたのは、一つの指輪。

 シャムを見れば、興味なしとばかりに首を横に振るので、右手の人差し指に嵌めてみると、僕の指には大き過ぎた指輪がスゥっと縮んで、ぴったりとしたサイズに変わる。

 慌てて指から抜いてみれば、……別に抜けないなんて事はなかった。

 ごく単純に、サイズを調節する魔法が掛かった指輪らしい。


 いや、でもこれ、魔法の発動体だ。

 サイズを調節する魔法の掛かった、指輪型の魔法の発動体。

 金で買えば幾らくらいするのか、ちょっと考えたくもない。

 しかも、先代校長であるハーダス・クロスターが遺した、他の仕掛けの鍵でもあるというのだ。


「これ、貰っちゃっていいのかなぁ」

 ハーダスがどこに仕掛けを遺したかといえば、当然ながら、このウィルダージェスト魔法学校になるだろう。

 教師の誰かに、いや、マダム・グローゼルに、渡すべき代物じゃないだろうか。


「んー、仕掛けを解いた人に贈るって書いてあるんだから、貰えばいいと思う。キリクが、そのハーダスって人の言葉の通り、正しい事に自分の力を使う心算なら、その御褒美だよ。そうじゃないなら、手放した方がいいかもしれないけれど、さ」

 でも僕の呟きに、シャムはそう言葉を返した。

 あぁ、うん、そうかもしれない。

 ハーダスが、何を正しいと考えた人なのかはわからないけれど、僕は魔法使いとしての力も、星の知識も、悪い風に使おうなんて考えてなかった。

 ただ、ご褒美って言われると、ちょっと嬉しいな。


 僕は、ハーダスがどんな人だったのか、初等部を改革したって事くらいしか知らないけれど、ちょっと調べてみようと思う。

 図書館になら、先代校長がどんな人だったか書かれた本も、きっとある筈だ。

 あの本の続きも、今ならもう、読める気がした。


「それにその指輪があれば、他の仕掛けも謎解きできるんでしょ」

 楽しげに言うシャムに、僕も頷く。

 まぁ、問題があれば、向こうからそう言ってくるだろう。

 何しろ、マダム・グローゼルはシャムに付けた鈴を通して、その動向を把握してる。

 彼女が中庭の仕掛けを把握してないなんて事はないだろうから、それを解いて中に入ったのも、きっとバレている筈だった。


 後ろめたいと思う必要はない。

 僕は確かに、星の知識、異なる世界に生きた記憶の持ち主だ。

 しかしそれで、誰かに顔向けできないような真似をした事はないし、これから先も、する心算はない。


 もしもマダム・グローゼルに問われれば、堂々と是と答えよう。

 隠そうと思えば思う程、それは罪の意識となって僕を苛む。

 別に自分からひけらかすような事ではないけれど、見抜かれたなら、嘘をついてまで隠すような大仰な物でもない。

 それより、もっと楽しくなれる何かに、意識を向けよう。

 例えば、シャムと一緒に、ハーダスの謎解きをしていくとか。


 もしかすると、先代校長はその為に、わざわざこれを遺してくれたんじゃないだろうか。

 そんな風に、今は思えた。

 僕はそう、思いたかった。


 多分、他の人には些細な事に感じられるかもしれないけれど、僕のような存在を予見した上で、その将来が善いものであるようにと願ってくれた人がいるというのは、とても心を勇気付けてくれたから。

 僕はハーダスという……、いや、ハーダス先生という教育者に、救われた気分になれたのだ。


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