第30話
指輪に紐を通し、首から下げる。
急に高価な魔法の発動体を指に着けると目立つ為、暫くの間はこうやって持っておく事にしたのだ。
この指輪は、先代の校長であるハーダス・クロスターが遺した仕掛けの鍵でもあるという。
なのでなんというか、こうして首からこれを下げると、鍵っ子って単語が脳裏に浮かぶ。
……そんな可愛らしいものじゃないか。
夏期休暇も終わりが近付けば、ポツポツと魔法学校に戻って来る生徒が増え始める。
先生の送り迎えを必要としない、主にポータス王国に実家がある生徒達だ。
この世界の旅は、天候やその他の事情で予定よりも数日ズレるのはザラだから、万一にも後期の授業の開始に遅れぬよう、早めに戻ってきたのだろう。
恐らく他の国に実家がある生徒も、早めに首都に到着はしていて、先生が迎えに来るのを待ってる筈だった。
なので僕の友人で言うと、早めに学校に戻ってきたのは、ジャックスだ。
彼はポータス王国の王都から、馬車で二週間程かけてフィルトリアータ伯爵領に移動し、そこで暫く過ごした後、また二週間かけて王都へ、それからウィルダージェスト魔法学校に戻ってきたらしい。
つまり夏期休暇の半分近くを、移動に費やした事になる。
この世界では移動にそれくらいかかるし、ジャックスにとって、それくらいの時間を掛けてでも、家族と顔を合わせるのは大切なのだ。
貴族であるフィルトリアータ伯爵家は、王都にも屋敷があるけれど、領地にあるらしい城も、きっと大きいんだろうなぁと、思う。
何か土産を持って帰って来てくれたらしいので、後でそれを受け取ってから、課題を見せ合おうって話をしていた。
ほら、ジャックスは実家に戻ってたから、魔法生物の実物や図書館の資料に触れられずに魔法学の課題を書いてるし、逆に僕は一般教養の、自分が属する国の歴史を纏めろって課題に、ポータス王国の歴史を選んだが、こちらの出来には不安がある。
僕は、一般教養の授業で習った、ごくごく僅かな歴史に加え、図書館で少し調べた程度の知識でしか、ポータス王国を知らない。
ポータス王国は今もまだ存在してる国なので、その歴史に触れた本は、客観的な視点で書かれた物よりも、個人の主義主張が色濃く出てる。
もちろんそれは、ジャックスが書いた課題だって、フィルトリアータ伯爵家の一員としての主義主張が出てるだろうけれど、そこはまぁ、彼の人柄を知ってるから、ある程度は差し引いて見られるだろう。
そしてフィルトリアータ伯爵家は、ポータス王国が誕生した三百年前から、国に仕える貴族をやってるそうだから、歴史の知識は豊富だった。
恐らく、僕の一般教養の課題の薄い出来を、多少厚くする知識の一つや二つは、きっとジャックスも知ってると思うから。
まぁ、それに、夏の休みの終わりに出されてる課題でバタバタしたり、友人と一緒に仕上げるのは、何だか学生って感じで、少し楽しいし。
シールロット先輩も、ポータス王国内に実家、……と呼ぶべきかはわからないが、出身の孤児院があるけれど、彼女は旅の扉の魔法を扱えるから、帰還を急ぐ必要がない。
残念ながらシールロット先輩の顔が見れるのは、もう少し先になるだろう。
色々と、話したい事は溜まってる。
この魔法学校で、僕が最も相談をし易い相手は、シールロット先輩だ。
実力があり、魔法学校に関して詳しく、何よりも裏表を感じない、信頼できる人だった。
シャムがケット・シーである事も、僕がそのケット・シーの村で育てられたとも、彼女には既に話してる。
そして当たり枠として、エリンジ先生に学んだって共通点。
同級生の友人達には、立場が近過ぎて言えない、言い難い事もある。
逆に先生達には、立場が遠すぎて言えない、言い難い事もある。
だけどシールロット先輩は、立場が近過ぎず、遠過ぎず、相談相手として丁度良かった。
星の知識に関しては、まだ自分から言おうって気にはならないけれど、先代の校長であるハーダス・クロスターに関しては、相談したいなって思う。
彼が遺した仕掛けを求めて、本校舎の三階より上を探すなら、シールロット先輩には協力して貰いたいし。
もちろん、彼女がそれに興味を示してくれればの話だけれど。
「シャム、そろそろ行こうか」
僕がシャムに手を伸ばせば、彼はタッと腕を通り道に肩まで駆け上がった。
魔法学校に生徒達が戻り、人目が増えると、猫のフリをしてるシャムの生活は窮屈になる。
彼がそれに不満を言う事はないし、そもそも何とも思ってないのかもしれないけれど……。
少し申し訳なく、感じてしまう。
「ジャックスの土産、なんだろうな。食べられるものかな」
でも当の本人は、そんな風な事を言うから、僕は思わず笑ってしまった。
食べ物はないんじゃないかなぁ。
馬車で二週間も掛かる場所に行ってたんだし、食べ物は悪くなり易い。
悪くなりにくい食べ物は、塩漬けとか、発酵させたものとか、干物とか、保存食の類だが、ジャックスがそれらを土産にするタイプだとは、あまり思えないし。
あぁ、ドライフルーツとかなら、あるかもしれない。
何にしても、貰ってみてからの楽しみだった。
夏の終わりは、もうすぐそこだ。
他の友人達は、何か土産を持ち帰ってくれるだろうか。
僕は、もうすぐ戻るだろう友人達と、始まる後期に思いを馳せながら、シャムと一緒に部屋を出る。
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