第25話
ウィルダージェスト魔法学校にも、雨は降る。
但しそれは結界の外、ポータス王国の天気とは無関係で、外の天気が晴れていようと雨だろうと、二週間に一度くらいは雨の日があった。
恐らく、結界内の環境の維持に必要だから、誰かが魔法で雨を降らせているんだろう。
天候を操る魔法なんて、あまりにも高度過ぎて、それがどうやれば成せるのか、今の僕には想像も付かないけれども。
まぁ、そんな事はさておいて、雨の日ってどうにも、やる気が出にくい。
授業があったり、シールロット先輩のアルバイトがあったり、クルーペ先生の研究室で魔法薬を作る日なら、やらなきゃいけない事があるからって、自然と体は動くのだけれど……。
今日は生憎、予定もなかった。
いや、やる事がない訳じゃないのだ。
夏期休暇の課題だって、まだ幾らかは残ってる。
だけど雨音を聞きながら机に向かう気には、今はどうにもならなかった。
ちなみに課題が出てる授業は、魔法学と一般教養で、実技に関しては初等部の生徒は魔法学校外での魔法の乱用は避けるべしとの考え方から、長期休暇の課題は出ない。
魔法学の課題は、前期の授業で紹介された魔法生物の、注意すべき点とその対処法の纏め。
一般教養の課題は、自分の出身国の歴史の纏めで、こちらは流石にジェスタ大森林に関して書く訳にもいかないから、ポータス王国の歴史で書いている。
どちらも、進行具合は半分以上といったところか。
こんな日は本を読むのに向いてるが、最近はあまり図書館に足が向かなくて。
もしかしたら僕は、図書館に行くとあの、『星の世界』の続きを読まなきゃいけないって思ってしまうから、それを恐れてるんだろうか。
だとしたら、随分と情けない話なのだけれども。
ベッドに寝転がって目を閉じると、ざぁざぁと、雨粒が地を打つ音が聞こえた。
この音に耳を傾けてると、不思議と落ち着く。
森はどうなっているだろう。
あぁ、森っていっても、ジェスタ大森林じゃなくて、魔法学校の周囲の森だ。
ファイアホースはたてがみが濡れる事を嫌って雨宿りをしてるだろうし、逆に雨を浴びて活気付く生き物もいる。
例えば、普段は泉にいて近付くものを丸呑みにしてしまう巨大カエルは、雨の日は泉の周りを離れて散歩するらしい。
木々に生る種や実が雨で地に落ちれば、雨が上がると同時に、それを求めて動物達が動き出す。
雨の翌日に訪れれば、普段とは少し違う森の表情を見る事ができる。
まぁ、それは明日の話なので、今日の動く理由にはならないが。
……雨か。
魔法で雨を降らせる仕組みは思い付かないが、広範囲に魔法薬を散布するなら、これ程に適した魔法はないだろう。
いずれは僕も、その仕組みを理解して、扱えるようになるだろうか。
そういえば、一般教養で歴史を学ぶ際にも、この雨を降らせる魔法は、時々だが話に出てくる。
ある国が敵国からの強襲を受けた際、三日三晩大雨が降り続き、敵軍は碌に身動きが取れなくなった話だとか。
防衛の軍が間に合えば、雨風に兵士達が弱ってしまった敵軍は、簡単に敗走したそうだ。
天をも焦がす大火よりも、雨は時に恐ろしい。
だから僕がぐったりしてしまうのも、雨の日は仕方ないのだ。
しかしそんな寝言を、口にはしないが弄んでると、
「いい加減に、おきろ!」
タッタッと、見事なジャンプで椅子から机、机からベッドの縁へと飛び移ったシャムが、更に大きくジャンプして、声と共に僕の顔の上に降ってきた。
……ぐぶぇ。
結構な衝撃が鼻から脳へと走り抜けて、目がチカチカと光を放つ。
「ちょっと、流石に、顔は酷くない?」
僕は、顔の上のシャムの身体を手で掴み持ち上げて、その仕打ちに抗議する。
だがシャムはフンと鼻を鳴らすと、
「何が酷いもんかい。別にキリクがごろごろするのはいいさ。でも君がいないと、ボクだけじゃ食堂で注文もできないんだからな!」
憤懣やるかたないといった様子で僕を睨んだ。
あれ、もうそんな時間か。
それは完全に僕が悪いや。
朝は一緒に食堂で食べたが、そこから先はずっとゴロゴロしてて、もうお昼を過ぎていた。
今日はやらなきゃいけない事はないなんて思ってたが、とんでもない。
シャムと一緒に食堂でご飯を食べるのも、立派に僕がやらなきゃいけない事だ。
僕はシャムを下ろしてから、よしっ、と気合を入れて身を起こす。
うじうじ、うだうだは、もう十分にしただろう。
まずは食堂に行ってご飯を食べて、それから少し、本校舎を探検でもしてみようか。
雨の日の本校舎は、きっと何時もと雰囲気も違うだろう。
或いは、雰囲気以外の何かも違っているかもしれない。
本校舎に関しては、僕よりもシャムの方がずっと詳しいから、案内役は彼に任せて。
まぁ、まずはご飯を食べながら、シャムの怒りを解いてからの話になるけれど。
動くと決めたら、僕のお腹はグゥと鳴り、そのタイミングの良さに、どちらからともなく、笑いが漏れた。
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