第24話
「キリク君! シャムちゃんも、ようこそ、いらっしゃい!」
夏期休暇に入って二週間が過ぎた頃、僕とシャムは、ポータス王国の王都に住む、パトラの家に招かれた。
恐らく僕に、というよりはシャムに会いたかったんだろうけれど、丁度少しばかり気持ちが滅入ってたところだから、その誘いはありがたかった。
僕は招いてくれた礼の心算で、肩に登ってたシャムを手で捕まえて、一度抱きかかえ直してから、パトラの胸の中に押し付ける。
歓声と共に抱き締める彼女に、シャムは売り飛ばされたと言わんばかりの非難がましい表情でこちらを見るが、売り飛ばしたんじゃなくて、あくまで貸与だ。
だからそんなに問題はない。
シャムを抱えたパトラに家の中を案内されながら、
「夏期休暇はどう?」
僕はそう問うてみる。
実家に帰った友人が、どんな風に過ごしてるのか、ちょっと興味があったから。
するとパトラは、恐らく客間の扉を開けながら首を横に振り、
「久しぶりの家も、最初は気楽だったけど、ちょっと退屈よ。前はそれが当たり前だったのに、今は魔法学校が楽しいわ。シャムちゃんにも会えるし。あ、ここに座ってね」
唇を尖らせてそう言いながら、僕に着席を勧めてくれた。
そっかぁ。
まぁ、確かに町での暮らしに比べたら、あそこは飛び切り刺激的だから、短い休みならともかく、長く実家で過ごしてると、退屈に感じてしまうのかもしれない。
「でもパパは、長い休みは家で過ごしなさいって言うの。寮で寝起きしてても、たまにはちゃんと帰ってくるのに」
不満げな様子のパトラに、僕は思わず笑みを溢す。
どうやら彼女は、家族からとても愛されてるらしい。
多分、それは恵まれた事なんだけれど、それはそれとして、不満は出てしまうのだろう。
実際、僕らにとっては、ウィルダージェスト魔法学校と王都は、空飛ぶ魔法の馬車に乗れば、小一時間の距離だ。
何なら王都に住んでいても、通えてしまうんじゃないかって思う。
しかし普通の人にとっては、どこかずっと遠くにある、得体の知れない場所である。
例えるなら、僕らはスクールバスで移動するのが当たり前の感覚だが、普通の人は徒歩以外に移動手段を知らない、みたいな感じだ。
いや、もっと悪いか。
単に遠いだけじゃなくて、普通なら辿り着けない場所なんだから。
パトラを愛する父親が、長期の休みくらいは家で過ごして欲しいと言うのも、無理はない。
それから少しの間、彼女と雑談に興じていると、パトラの母親が焼き菓子とお茶を持って来てくれたので、挨拶をしておく。
優しそうな人だった。
恐らく、母親としてはパトラがどんな風に学校で過ごしてるか、話を聞きたかったんだと思うが、子供にしてみれば当然ながらそれはとても恥ずかしいので、客間から強引に追い出しにかかってる。
その隙に、シャムはパトラの腕の中から抜け出して、僕のところに帰還を果たす。
不満げに、僕の顔を前脚で突いて来るから、焼き菓子を小さく割って、食べさせて機嫌を取っておこう。
尤も、シャムだって本気で不満に思ってる訳じゃない。
だってその気になれば、パトラの腕の中から強引に逃げ出すのなんて、シャムにとっては簡単だから。
けれども明確な隙ができるまで逃げなかったのは、シャムがパトラに抱かれるのを、嫌がってはいなかった証左であった。
まぁそれはそれとして、僕に売られたのは不満みたいだが。
パトラが親子でじゃれているから、僕もその間は、シャムとじゃれる。
今日はとても穏やかな日だ。
パトラの家は、代々このポータス王国の王都で大工をしてるらしい。
この家は彼女の祖父が建てたそうで、ちょっとユニークなつくりをしてるそうだ。
正直、僕には全く違いがわからなかったけれども。
そもそも僕は、ポータス王国の建築様式に詳しくないから、元を知らねば当然ながら違いなんて分かろう筈がないし。
ただパトラの家に置かれてた家具が素晴らしい事はわかって、それらは彼女の父親が作った物だった。
こうした家具を、錬金術で魔法の品にするのも、面白そうだなぁと思う。
職人に作って貰った品を素材とするのも良いけれど、できれば自分で、一から木材の加工をして。
その方が、きっと細かな部分にまで自分の意思を反映できて、魔法の品にし易くなる筈だから。
パトラに頼めば、彼女の父はそれを教えてくれるだろうか?
それともやはり、商売のタネは他人には教えられないんだろうか?
大工の跡取りには、パトラの兄がなる予定で、今も修行中なんだそうだ。
その修行の様子は、是非一度見に行きたい。
今すぐにではなくとも、そのうちに。
そう考えると、パトラの父親と兄には、是非とも挨拶をしておきたかったが、……娘を持った父親というのは時に厄介な存在でもある。
初回は拗れないように、早めに退散しておくべきか。
王都にあるパトラの家は、他の友人達に比べれば格段に訪れ易い。
これから先も、遊びに来る機会はあるだろうから。
その時は何か、手土産も用意して来よう。
今日のところは、作り過ぎた、自分が怪我をした時用の回復の魔法薬くらいしか持ってない。
あぁ、でも大工は怪我も多い仕事だって聞くし、これはこれで喜ばれるだろうか。
出来はクルーペ先生のお墨付きだから、パトラの母親に、一つ手渡しておく事に決める。
……後は、パトラがシャムに構うのに満足したら、夕飯前には帰ろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます