第20話


 前期の試験は、三日間かけて行われる。

 一日目の午前中は、一般教養の筆記試験。

 一日目の午後は、クラスの半分が基礎呪文学の実技試験を受け、残りの半分が錬金術の実技試験を受ける。

 二日目の午前中は、魔法学の筆記試験。

 二日目の午後は、先日受けなかった方の実技試験だ。


 僕の実技試験は、一日目が錬金術で、二日目が基礎呪文学だった。

 錬金術では、クルーペ先生にやるねって言われて、基礎呪文学では、ゼフィーリア先生からパーフェクトの言葉を戴いてる。

 筆記試験も、両方ともに強く手応えを感じてるから、出来はきっと良いだろう。


 だが問題は、今日、三日目。

 この日は戦闘学の試験が行われる。

 午前中と午後に、十五人ずつに分かれて試験を受けるのだ。

 そして僕の試験の順番は、午後の最後。

 要するにクラスの中でも、一番最後に試験を受ける。


 ……皆が試験から解放されていく中を最後まで残るって、正直、ちょっと辛い。

 待機室にはもう誰もいなくて、試験中は流石にシャムを連れる事は許されなかったから、この部屋には本当に僕しかいなかった。

 嫌な緊張感があって、空気は重いが、しかしその空気を出してるのは他ならぬ自分だ。


 他に筆記試験が残ってたら、試験勉強でもしておこうかって気になるのに、もう全部終わってる。

 いや、試験の順番は合理的だった。

 科目の担当教師が一人一人の審査をしなければならない実技の試験は、日を分けて半分ずつ。

 生徒の心に負担が強く掛かるだろう模擬戦闘を最終日に。

 そこには全く文句はないのだ。

 でも、うん、そうじゃなくて、この状況で手持無沙汰はどうしたって辛い。


 ソワソワとしながらも、ジッと待っていると、コツコツと、待機室の扉が叩かれた。

 迎えの魔法人形だろう。

 やっと僕の番がやってきたのだ。

 立ち上がり、部屋を出て、地下の魔法の練習場、いや、今日は試験場と呼ぶべき場所へと向かう。


 試験場で待っていたのは、当然だけれど、戦闘学のギュネス先生。

 既に僕以外の全てのクラスメイトの相手をしてる筈なのに、少しも疲れた様子はない。

 寧ろ、待ってる間に疲れた僕の方が、ずっと消耗してるんじゃないだろうか。

 つまりは、一番最後まで待った事に対するメリットは、何もなさそうだって結論に達する。


「よし、戦闘学の試験内容は、俺との模擬戦だ。キリク、準備は良いか?」

 そう問うてくるギュネス先生に、僕は挙手を返す。

 準備は、まぁできてるんだけれど、どうしても聞いておきたい事がある。

 ギュネス先生が頷き、許可をくれたので、

「あの、ギュネス先生。何で僕が最後だったんですか?」

 質問のフリをして、不満を吐き出した。

 いやまぁ、一番最後にクラスに合流したからだって言われたら、納得するしかないんだけれど、それならこの先、後期にもあるだろう実技試験では、待機室には気を紛らわせる為に本でも持ち込もう。


「あぁ、待ちくたびれたか。いや、そうだろうな。すまん。でもお前の相手が一番疲れるだろうからな。全員をきちんと審査する為にも、お前は最後にしたかったんだ」

 でも僕の不満にギュネス先生は、そんな言葉を口にする。

 ……むぅ、それは、光栄に思った方がいいのだろうか。

 僕を除いたクラスメイトの全員を相手にして、疲れた様子のないギュネス先生に言われても、あんまり信じられないのだけれど。


「さて、お前が今、どの程度の魔法を使えるかは、ゼフィーリア先生から聞いている。今の一年じゃ断トツで優秀だな。だがこの試験では、その生徒が使える範囲の魔法で、相手をする事にしてる」

 僕にもう質問がないと見たギュネス先生は、試験の説明に入った。

 基礎呪文学の試験の結果は、確信はあったけれど、やはりクラスで一番良かったらしい。

 だが、同時に随分と不吉な言葉も、口にする。


「つまり戦闘学の前期の試験は、お前が今から受けるこれが、今年は一番難しい」

 いや、それはちょっと酷くないだろうか。

 僕、これでも結構、基礎呪文学の試験の為に練習したのに。

 その結果が、戦闘学の試験の難易度になって返ってくるとか、納得しがたい。


 あぁ、でも、大丈夫。

 戦闘学の試験は模擬戦だ。

 魔法の繋がりなんて手順の掛かる技は、模擬戦じゃそう簡単に使えやしない。

 使わせなければ、良いだけだ。


「腹は立つだろうが、諦めろ。寧ろ期待の証だと思え。そして精一杯に工夫しろ。お前も、エリンジ先生の教えは受けたんだろう?」

 そう言って、ギュネス先生は笑みを浮かべる。

 当たり枠、の事だろうか。

 なら、仕方ない。

 言われた通り、諦めた。

 期待の証だと思ってやろう。

 精一杯の工夫も、見せてやるさ。

 肩に重みがなくて、寂しくなってきたところである。

 早めに終わらせて、シャムを迎えに行くとしよう。



 右手に杖を握り、左肩を前に半身になって、足は肩幅よりも少し広めに、開く。

 既にギュネス先生も、戦闘態勢には入ってる。

 だけど試験だからか、それともこっちを侮ってるのか、向こうからは動かず様子見の構えだ。

 ならば遠慮なく、こちらから仕掛けよう。


「火よ、放たれろ。そして我が敵を撃て!」

 まずは追加詠唱付きの、火弾の魔法。

 だが追加詠唱で速度を増したとはいえ、これくらいは避けるだろう。

 いや、クラスメイトが相手ならこれでも当たるというか、防御魔法を使わせられるんだけれど、僕は避けられるから、ギュネス先生も当然避ける筈だ。

 恐らく合わせるのは、魔法の実力だけじゃない筈だから。


 故に、こうする。

 ギュネス先生が魔法を避けるタイミングで、

「火よ、弾けろ」

 火に爆発を起こさせる魔法を使って、火弾の魔法と繋がりを生じさせた。

 焚き火や松明に掛ければ、両手を広げた程度の範囲に、熱と衝撃と爆風を発生させる魔法だが、繋がりによってその威力はグッと増す。

 まともに浴びれば、大きな火傷の上、失神くらいはするだろう。


 もちろん、そんなに簡単にギュネス先生が仕留められる筈はない。

 詠唱を省略して展開された盾の魔法、障壁が、熱と衝撃と爆風の全てを受け止めている。

 だがギュネス先生の意識は、確実に防御に向き、その足は止まってた。

 そして僕は、魔法が防がれる事はわかっていたから、その間に既に距離を詰めている。


 握った拳の前に、詠唱を省略して盾の魔法を張り、それを使って、相手の盾の魔法を叩き潰す。

 そしてそのまま、ギュネス先生も。

 これで決着だ。

 そう思った瞬間、パッと光が瞬いて、僕は思わず目が眩む。


 何をされたかは理解した。

 光を灯す魔法。

 火を灯す魔法と同じくらいに基礎的な、最初の頃に習ったその魔法を、詠唱を省略して目の間近に出されたのだ。

 だが何をされたのかわかっても、対応の方法がわからない。

 咄嗟にその場を離れて逃げようと、地に転がろうとしたその時は、既に僕の腕はギュネス先生の手に掴まれていた。


「相手の動きを、戦いをコントロールしようとする姿勢は善し。技術も善し。度胸も善し。だが勝利を確信するのが早過ぎたな」

 あぁ、くそう。

 採点結果を告げられるって事は、負けたと判断されたのだろう。

 そりゃあ当然の結果だろうけれど、やっぱり腹は立つ。

 流石、戦闘学の担当だ。

 戦い方が嫌らしい。

 採点の為に僕の積極的な攻撃を誘って、最後は敢えて基礎的な呪文の使い方を、僕に教えるように勝利して見せた。

 

「でも試験の点数を良くする為に自分を見せようって戦い方じゃなく、勝ちを目指したのが何より良かったぞ。初等部の一年生、それも前期としては十分以上に戦えてるが、それに驕らず、もっと精進するように」

 評価は、多分いいのだろう。

 でも今は、それ以上に悔しさが勝ってる。


 こうして、僕の初等部の一年生、前期の試験は、全て終わった。

 結果はクラスで一番、首席だったけれど、……やっぱり、戦闘学の試験に関しては、もう少し上手く戦って、あわよくば勝ちたかったなぁって、そう思う。

 ギュネス先生は、本当に僕でも扱える程度にしか、魔法を使わなかったし。

 ただ、悔やんでも、戦いをやり直せる訳じゃない。

 模擬戦だから命を落とす事なく、敗北という学びを得た。

 それをありがたく、恨みに思い、夏季休暇を迎えよう。

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