第19話


「ねぇ、シャム。夏期休暇って、どうする?」

 僕は自室で一般教養の復習をしながら、ベッドでゴロゴロと転がってるシャムに問う。

 前期の試験が近付きつつあるが、それが終われば夏期休暇だ。

 授業への手応えから考えて、補習になる事はまずないと思うから、そろそろ予定を決めなきゃならない。

 具体的には、ケット・シーの村に戻るかどうかを。


「え、別に帰る必要なくない? 村よりここの方が、食事が美味いし。ボクはこっちがいい」

 しかし欠片も悩まずに、シャムは戻る気はないと言い切った。

 そっかぁ。

 まぁ、確かにご飯はこっちの方が美味しい。


「それに、村って遠いよ。ボクとキリクなら、帰れなくはないけどさ。多分、往復してるだけで、後期に間に合わないよ。どうせ帰るなら、もっとパパッと移動できる魔法を憶えてからにしない?」

 更にそう言われてしまえば……、村に戻るのは厳しいと、僕も気付く。

 えぇ、じゃあどうしよう。

 そりゃあ、実家に帰らず留まる生徒もそれなりに居るだろうけれど、どうやって時間を潰せばいいんだろうか。

 

「じゃあ、シャムは夏の間、何がしたい?」

 僕とシャムの予定は、ほぼ不可分だ。

 いや、別々に過ごす事もできなくはないが、それは僕が寂しさに泣く。

 ならば、先の予定を立てるにも、彼の希望は最大限に取り入れるべきだった。


「んー、美味いものが食べたいな。もっと仕事して、美味いものを食べさせてくれ。前に言ってたみたいに、ジャックスに別荘に連れて行って貰うとかでもいいし。それにパトラなら王都に家があるし、クレイは学校に留まるでしょ。別に暇はしないんじゃない?」

 だがシャムの返事は、彼の希望というよりは、どうすれば僕が楽しく夏を過ごせるかを考えたもの。

 まぁ、美味しい物を食べたいってのが希望といえば、そうなのだろうけれど。


 んー、アルバイトかぁ。

 シールロット先輩が学校に留まるなら、それもいいんだけれど、孤児院に戻るようなら、どうしようか。

 別の先輩のアルバイトを受けるってのも、何かちょっとピンとこないし。

 あぁ、それならいっそ、クルーペ先生に僕にできる仕事がないか、聞いてみようか。

 当然ながら、治験以外で。


 これはシールロット先輩が教えてくれたんだけれど、錬金術で魔法薬を作ると、割と稼げるらしい。

 というのも、魔法薬にはかなりの需要がある。

 例えば、単純な傷を治す魔法薬でも、一般人からしてみれば、それで命が助かる可能性もある魔法の薬だ。

 いや、魔法の薬だから、魔法薬なので、何にも間違いじゃないんだけれど。


 この学校で過ごしてると、医務室に行けば火傷でも骨折でも治して貰えるから感覚がおかしくなるけれど、人は怪我をすれば死ぬ事がある。

 例えば骨折は、折った場所によっては、足を切り落とさなきゃならないなんてケースも、少なくはなかった。

 でも傷を治す魔法薬があれば、足を切り落とさずに、骨が無事に繋がるかもしれない。

 誰でも手に入れられる訳じゃないけれど、或いは、簡単には手に入らないからこそ、貴族や富豪は、魔法薬を欲しがるそうだ。


 すると当然、ウィルダージェスト魔法学校には、魔法薬を売ってくれって問い合わせが来ていて、ある程度はそれに応じてるという。

 そうした魔法薬を作るのは主にクルーペ先生だけれど、学生が作った魔法薬も、品質がしっかりとしていれば、出来をクルーペ先生に認められれば、学校を通して売れるらしい。

 シールロット先輩が、孤児院の出にも拘わらず、僕をアルバイトに雇うお金があるのは、そうして魔法薬を売って稼いでいるからだった。


 もちろん、今の僕にはシールロット先輩のような、高度な魔法薬を作るだけの力はない。

 しかし簡単な魔法薬なら、前期の試験で結果を出せれば、学校を通じて売る許可が貰える可能性は、皆無じゃないと思うのだ。

 そうなれば、たとえ大金にはならずとも、夏の時間が有意義に使えるだろう。

 シャムに美味しい物を食べさせるくらいは、きっとできる。


 錬金術の前期の試験課題は、黒子を消してしまう塗り薬の魔法薬。

 その製作のコツを、シールロット先輩に聞いてしまおうか。

 作るのに失敗する訳じゃないけれど、より上手く、品質の高い物を作るには、どうすれば良いのかを。

 あぁ、でもまずは、彼女が夏はどうやって過ごすのかを、聞いてからだ。

 シールロット先輩が魔法学校に留まるなら、彼女のアルバイトをしてた方が、自分で簡単な魔法薬を作って売るよりも、学びが多くて楽しいだろうし。


 実は、学校を通さずに、自分の伝手で貴族や富豪に魔法薬を売ってる生徒も、少なからずいるそうだ。

 だがそれでトラブルが発生した場合、全て自分で解決せねばならない。

 正しく効果の出る魔法薬を渡しても、受け取った側がそれで満足するとは限らないだろう。

 人は欲に際限がなく、過剰に期待し、それが満たされなければ裏切られたと怒る生き物だ。

 全ての人がそうではなくとも、そうした人は必ずいると、僕の記憶は知っている。

 そんなトラブルに好んで近付く気には、僕は到底ならなかった。


 まぁ、僕は楽しくアルバイトをして、それができなければ、学校を通して魔法薬を売ろう。

 そしてシャムに、美味しい物を食べさせるのだ。

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