第18話
アルバイトをしたり、友人と過ごしたりしながら日々を過ごし、そろそろ五月も終わろうかという頃、前期末に試験があるという事が、各科目の先生から皆に告げられた。
内容は科目によってまちまちだ。
一般教養と魔法学は筆記試験で、範囲は前期の授業から。
基礎呪文学と錬金術は実技試験で、予め教えられた課題を練習しておき、当日に先生の前で披露するそうだ。
戦闘学は、これも実技試験になるんだろうけれど、恐ろしい事にギュネス先生との模擬戦だった。
一体何が恐ろしいかって、ギュネス先生が、一人ずつとはいえ三十人の生徒の全てと模擬戦をやるって辺りが。
幾ら体力に自信があっても、幾ら相手が初等部の一年生でも、魔法を使った模擬戦を三十回って、かなり疲れると思う。
逆に言えば、今だからこそ、僕らがまだ初等部の一年生だからこそ、そうやって直接相手ができるのだろうけれども。
取り敢えず、最大の不安要素は戦闘学だが、こればっかりは試験対策のしようがない。
精々、試験までの実力を磨いておくくらいか。
試験の出来が悪ければ、夏季の休暇が削られての補習があるらしいけれど、ギュネス先生に負けたからって即座に補習って事は、流石にないと思うし。
もしもそれだと、全員が補習だ。
さて、そうやって試験の予定が発表されれば、当然ながら焦るクラスメイトも出てくる。
苦手分野が明確にあるなら、尚更に。
「おぉ、我が友キリクよ! すまないが、魔法の繋がりの練習に、付き合ってくれないか? 正直、厳しい。アドバイスが欲しい」
大仰な仕草で僕を呼び止め、助けを求めて来たのは、後ろの席のガナムラ・カイトス。
日に焼けた浅黒い肌が特徴の、陽気な友人だ。
「もちろん、いいよ。でも、僕は男で、シャムも雄だよ。君なら、女の子に教わる方が楽しいんじゃない?」
友人の頼みなら、そのくらいならお安い御用だ。
しかし普段のガナムラの言動を、ここは一つからかっておこう。
サウスバッチ共和国の、船乗りの家の出である彼は、女性に対する振る舞いが、僕から見るとちょっと軽い。
恐らく、親兄弟や親戚から、海の男はこうあるべき、みたいな教えを学んだのだろう。
そして彼の、ポータス王国では珍しい肌の色や、エキゾチックな顔立ちは、その振る舞いと相俟って、女の子受けが良かった。
ただ、普段の態度はともかくとして、根は割としっかりした奴だった。
貴族がいないサウスバッチ共和国では、一般の市民であっても姓がある。
でもそれは誰でもって訳じゃなくて、流れ者じゃなく、長く国家に対して貢献してる家に生まれたからこそ、名乗れるものだ。
船での交易が盛んで、余所者が多く入ってくるサウスバッチ共和国だからこそ、そうして与えられた姓への誇りは強い。
ガナムラは自分の、カイトス家に誇りを抱いてて、更に魔法使いとなれば名乗れる名前が増える事を目標に、ちゃんと努力を続けてる。
単に陽気で軽いだけの奴では、決してないのだ。
まぁ、息抜きと称しての遊びも、得意としてるのは間違いないが。
「いや、それはもちろんそうだけどさ。女の子の前で何回も失敗するのは、あんまり格好良くないじゃないか」
なんて風にガナムラが言うもんだから、僕は思わず笑ってしまう。
そうかもしれない。
それを格好悪いと思うかどうかは、きっと相手によるだろうけれど、そんな事は問題じゃなくて、見栄を張りたいって気持ちはわかる。
さて、だったら練習場に行くとしようか。
魔法の繋がりは、基礎呪文学の試験課題だ。
一部の魔法は、引き起こす現象に繋がりを持たせる事ができる。
例えば、魔法で水を出してから、凍らせて氷を生み出すといった風に。
もちろん、直接魔法で氷を出した方が、手順は一つ減るだろう。
しかし前者の、水から氷へと変化させた方が、より低温の氷を生み出し易いと、基礎呪文学のゼフィーリア先生は言っていた。
これは普通の水を氷にしたのでは、この効果は表れない。
一人の魔法使いが、魔法で水を生み出して、魔法でそれを凍らせるからこそ、二つの魔法に繋がりが生じ、より冷たい氷ができるのだと。
どう聞いても、基礎じゃなくて応用だろって思うのだけれど、僕がそう言ったところで、試験内容が変わる筈もないし。
ちなみに二つ以上の魔法に繋がりを持たせる事もできるけれど、当然ながら難易度は劇的に跳ね上がっていく。
本校舎の地下、魔法の練習場に辿り着くと手本を見せて欲しいと言われたので、僕は的のあるスペースに入り、それを見据えて心を研ぎ澄ます。
コツは一つ目の魔法を使う時には、もう次を意識しておく事と教えられている。
シャムが、僕の邪魔にならぬように気遣ったのか、肩から飛び降り、後ろに下がった。
「火よ、灯れ」
杖を翳し、その先に火を灯す。
まずはこの学校に来て最初に覚えた、基礎中の基礎、発火の魔法。
次を意識すると、焦りが生まれる。
だけど焦る必要はないのだ。
落ち着き、流れは意識しつつも、一つずつを丁寧に。
「火よ、広がり、炎となれ」
杖を大きく横に振り、更に唱える。
小さな火は、僕が杖を動かした分だけ、グワッと広がり、巨大な火球が宙に浮かぶ。
これが、繋がりだ。
例えばこの魔法で蝋燭の火を広げると、縦幅も横幅も、この半分くらいしかない。
繋がりの効果で、明らかに魔法の力は増していた。
だけど今の僕の限界は、もう少しだけ先にある。
これだけでも、課題に合格はするだろう。
しかし高評価を狙うなら、あと一歩は踏み込まなきゃならなかった。
「炎よ、放たれろ。そして我が敵を撃て」
それは火弾を放つ魔法。
本来なら、握り拳一つか、二つ分くらいの火の塊を飛ばす魔法だが、今放たれた炎は、人をすっぽり飲み込めてしまうくらいには、大きい。
威力は、普通に火弾を放った時とは、比べ物にならないだろう。
……よし、成功。
最後の魔法も、追加詠唱付きで成功させられた事に満足して、僕は大きく息を吐き、杖を下ろす。
「全体を把握して、その流れを意識する事と、焦らない事。一つ一つの魔法の手綱をちゃんと握って、喧嘩をさせないように」
それから、さっきの魔法を放つ時、僕が注意してた点を、並べていく。
単に見せ付けるだけじゃ、意味はない。
どうやってそれを成すかを伝えてこそ、アドバイスだ。
道は自分で歩かねばならないけれど、道順を教えるくらいは、できると思うから。
まぁ、これが覚えるのに苦労もしなかった魔法の使い方とかだと、コツも何も、伝えようがなかったりするんだけれど、複数の繋がりを成功させるには、やっぱり僕もそれなりに練習したから。
或いは、今もその数を増やそうと、ちゃんと練習もしてるから。
この魔法の繋がりに関しては、アドバイスができると思う。
「おぉぅ、やっぱり凄いな。うん、次は俺がやってみるから、見ててくれ」
そしてガナムラは、僕のアドバイスを素直に受け止めてくれた。
人によっては、僕の言葉の方は聞かずに、ただ技を見せ付けられたって思う人もいるだろうに。
彼のその素直な明るさ、陽気さは、美徳だと僕は思う。
膝を突き、地に向かって手を伸ばせば、シャムが僕の腕の中に飛び込んでくる。
後はガナムラが魔法の繋がりを成功させるまで、のんびりと練習に付き合おうか。
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