三章 夏期休暇
第21話
「いっち、にっ、さん、しっ」
夏期休暇に入ると、多くの生徒が帰郷して、魔法学校は閑散とした印象になった。
ちなみにポータス王国以外に実家がある生徒は、各国の首都までは先生達が魔法で送り迎えをしてくれるそうだ。
そこから先は、馬車なり何なりで実家に帰り、期日に再び首都に集まれば、先生達が纏めてウィルダージェスト魔法学校に連れ帰ってくれる。
高等部には、自分で移動の魔法を扱える生徒もいるのだろうけれど、各国の首都までの先生達による送り迎えは、長期休暇のルールらしい。
まぁ、ジェスタ大森林には首都なんてないから、僕には全く関係のない話なんだけれども。
しかし、移動の魔法か。
旅の扉の魔法は、確かシールロット先輩が、高等部になったばかりでも使いこなしてたから、恐らく初等部の二年生の間に覚えたんだろう。
僕にも、同じ事ができるだろうか。
移動の魔法はどれも高度で、高等部の生徒でも、いや、卒業した大人の魔法使いでも、使えない人が多いと聞く。
「ごー、ろっく、しっち、はっち」
……シールロット先輩なら、『私にできたんだから、キリク君にもできるよ』って言ってくれそうだ。
でも彼女も、今は魔法学校を離れて、生まれ育った孤児院に帰ってる。
確か、ポータス王国の辺境の町って言っていた。
ジェスタ大森林にほど近い場所で、彷徨い出た獣や魔法生物による被害が多く、孤児も出易い場所なんだとか。
僕にとってジェスタ大森林は、決して怖い場所ではないのだけれど、多くの人にとってはそうじゃない。
シールロット先輩には、僕がジェスタ大森林から来た事は話してしまったし、彼女はそれを受け入れてくれたけれど、人によっては不快感を示される場合もあるだろう。
寧ろ、シールロット先輩の懐が、深かっただけである。
「にー、にっ、さん、しっ」
だから僕は、自分の出身地に関しては、あまり話さないようにしようと、改めて思った。
余程に何でも話して共有したい相手や、話さなきゃならない事情、状況ができてしまったら、別だけれど。
そうでないなら、出身はポータス王国の辺境の森って、以前に僕自身が勘違いしていたままに、問われても騙ろうと思ってる。
「ねぇ、最近毎朝それしてるけど、一体何なのさ」
掛け声に合わせて身体を動かし、捩じっていると、ふと、シャムが呆れたような目でこっちを見てて、そう問う。
何って、そりゃあ、……体操?
多分、そうとしか言いようがない。
「いや、体操は見てわかるんだけど、急にどうしたのって事」
あぁ、なるほど、これをしてる理由の方か。
この前、ギュネス先生に負けたから、次に同様の試験があったら、今度こそぶちのめしてやろうと思ったから、身体を動かすようにしてるだけだ。
走り込みや、トレーニングだって、ちょっと真面目にするようになった。
魔法の実力が、基礎呪文学の試験結果でバレて合わせられるなら、身体能力を上げて隠しておいて、相手の想定を上回ってぶちのめすより他にない。
後はやっぱり、夏休みの朝だし、ね。
夏期休暇でも、寮に留まれば朝には洗濯物の回収に、魔法人形のジェシーさんがやって来て、食堂に行けば食事が食べられる。
非常に恵まれた環境だった。
なので各国の首都までの送り迎えはあっても、そこから先の移動の手間を考えると、そのまま魔法学校に留まる生徒も決して皆無じゃない。
実家が裕福でなければ、尚更だ。
「おはよ~」
卵寮の食堂に行くと、クレイが食事を取ってたので、挨拶をしてから前の席に座る。
彼は口の中の物を飲み込んでから、
「ん、おはよ」
挨拶を返してくれて、またパンに齧り付く。
クレイも学校に留まった一人で、やはり彼の実家も決して裕福ではないという。
真面目なクレイは、周囲が休みで実家に帰ってる今こそ、更に成績を伸ばす時だ、なんて風に言っていた。
そりゃあ当然、強がりは多少あるんだろうけれど、口にした言葉を嘘にはしない。
尤も、彼が本当に抜かしたいと思ってる相手は、同じく学校に留まってる僕なんだけれど。
「今日は、先輩との仕事?」
問えば、クレイは一つ頷いた。
彼が選んだアルバイトは、黄金科の先輩の、資料の整理の手伝いだ。
もちろんそれは最初の話で、今がどうなのかは聞いてない。
確か、高等部の二年の先輩らしいけれど、その人も、魔法学校に留まってるそうで、僕にはそれが、ちょっと羨ましかったりする。
「キリクは、クルーペ先生のところで魔法薬を作るんでしょ。……どんどん先に行かれてるなぁ」
そんな風に、少し悔しそうに、クレイは言う。
確かに僕は、前期の試験の結果、クルーペ先生の手伝いをしながらという条件ではあるが、夏期休暇の間、魔法薬を作るという仕事を手に入れた。
ただ作る魔法薬は、前期で習った物に限られるから、そりゃあ上達はするけれど、新たな知識が増える訳じゃない。
クルーペ先生の手伝いは、意外に勉強になる事が多いけれど、これが直接成績に結び付くかといえば、それは否だと思う。
そう言えば以前、クレイとは、鶏を綺麗な声で鳴かせる魔法薬の使い道なんてあるのかって、笑い話をした事があったけれど、アレには重要な使い道があると知れたのは、大きな学びだ。
使い道は、当然ながら鶏を綺麗な声で鳴かせる事なんだけど、その声は、夜に徘徊する悪霊を退ける効果があるらしい。
時を告げる鶏の声が澄んで響き渡ると、悪霊は朝が来たと勘違いして逃げ惑う。
それが魔法薬の効果で引き出された物なら、効果は抜群なんだとか。
なので鶏を綺麗な声で鳴かせる魔法薬は、悪霊払いを仕事とする人に、常に需要があるそうだ。
まぁ、悪霊なんて言われても、そんなのいるなんて、怖いなぁ……、としか思えないが。
さて、食事を平らげて、お茶を飲みながら少しのんびりくつろげば、そろそろクルーペ先生のところに行く時間が近付いてくる。
クレイも自分の先輩のところにアルバイトへ向かった。
僕も一日、頑張ろうか。
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