第13話
歩きながらも、他愛のない話は続く。
錬金術は好きか、とか。
錬金術で何をしたいか、とか。
他愛のないっていうか、錬金術の事ばかりだけれど。
ちなみに僕が錬金術でやりたい事は、猫が長生きできそうなペットフードの開発と、猫アレルギーを治す薬を作って、雨かなんかにして降らせて、この世界から猫アレルギーを消し去る事だ。
どちらもケット・シーであるシャムには関係ないんだけれど、僕はケット・シーではなくとも、猫が好きだから。
いや、他の動物も好きだけれど、僕は特に、猫が好きだけれどアレルギーで触れないって人を、記憶の中にだけれど、知っていて、その事はずっと気になっていた。
この魔法のある世界なら、それも解決できるんじゃないかって。
「アレルギーって、忌避病の事かな。あれ、辛いらしいね。何だか壮大だなぁ。キリク君、クルーペ先生に気に入られてるでしょ」
なんて具合に、話しながら。
話の中でわかったのが、シールロット先輩はかなりクルーペ先生を、錬金術師とか、教師として尊敬してるんだなって事。
共通の知人がいないからというのはあるけれど、話の中に、クルーペ先生が出てくる割合が、かなり高い。
他には、この水銀科で自分の研究室を持つというのは、決して特別な話じゃないそうだ。
寧ろ高等部の二年生くらいになれば、殆どの生徒は自分の研究室を持ち、独自の研究を進めるという。
尤も、一年生の前半も過ぎてないこの時期に研究室を与えられてる生徒は、流石にシールロット先輩以外にはいないらしい。
つまりやっぱり、彼女は凄い先輩だった。
でもシールロット先輩は、自分は初等部の頃から水銀科に入ると決めてて、ずっと研究室を持つ準備を進めて来たから、高等部に入ると同時にその成果が認められただけなのだと言う。
そして僕もそれを望むなら、同じ事ができる筈だと。
一体、何故だろうか。
妙に、彼女からの評価が高い気がする。
さっきの、当たり枠というのが関係するのだろうか。
「さ、ここだよ。入って入って」
ふと、シールロット先輩が足を止めたのは一つの扉の前。
扉にはプレートが張ってあって、確かにシールロットって書かれてる。
開かれた扉の中に足を踏み入れると、広さは錬金術の授業で使ってる教室の半分くらいの、だけど個人で使うにしてはあまりに広い、立派な研究室だった。
中に招かれ、席を勧められた僕は、シャムがどこかへ行ったりしないように抱えて、腰を下ろす。
いや、ケット・シーであるシャムは部屋の中で好き勝手したりしないが、その辺りを知らない部屋の主には、配慮してるってポーズは必要だから。
何だか、錬金術の授業で使ってる教室と、雰囲気がとても似てる。
同じ目的で使う部屋だから、そりゃあ似てるのは当然だけれど、それ以上に、何か共通するところを感じた。
「えっと、当たり枠の話だね。ウィルダージェスト魔法学校からのスカウトって、色々種類があってね。手紙での誘いだったり、人が直接訪ねてきたりするんだけど。その直接スカウトに来る人も、実は何人かいるんだ」
僕の前に別の椅子を引っ張って来たシールロット先輩は、杖を振って卓上に火を熾すと、そこに瓶を掛けてから椅子に腰を下ろした。
あれは、他に机の上にあるのは、茶葉だろうか。
どうやらお茶を出してくれる心算らしい。
錬金術の研究室で出てくるお茶。
うん、相手がシールロット先輩じゃなかったら、謹んでお断りしてしまいそうだ。
しかしそれにしても、スカウトってエリンジ先生だけじゃなかったのか。
手紙での誘いがある事は、実は知っていた。
親しくしてるクラスメイトの中にも、手紙で誘われたからって言ってた人が、チラホラいる。
ただそれは、ポータス王国以外の、遠いところだからだろうって、勝手に思い込んでたのだけれど。
「そしてエリンジ先生って、今の校長先生の右腕、みたいな人でね。あの人に直接スカウトを受けた生徒って、優秀な生徒が多いの。多分、学校は何らかの方法で、魔法が使えそうな子供を発見すると同時に、その才能の多寡も測ってるんだと思う」
……なるほど。
そういえば校長のマダム・グローゼルと、エリンジ先生は同じ黄金科の出身だから、右腕のような存在と言われたら、そうなのかもしれない。
優秀な生徒って言葉にも、まぁ頷ける。
自惚れる訳ではないけれど、僕は今の段階の話ではあるけれど、呪文の習得に躓いた事はなかった。
なので自身の事に関しては、それはそうなのだろうと受け止められる。
「それでね、その一年で、一番最後にエリンジ先生がスカウトしてくる生徒は特に優秀な事が多いから、当たり枠って呼ばれるの。そうした生徒は学校に入る前にエリンジ先生が直接指導をしてたりして、魔法への興味を持たせるんだろうね。つまり学校が、絶対に手放したくない才能って訳」
なので続くシールロット先輩の言葉にも、あまり動揺はせずに耐えられた。
あの一ヵ月が、僕の特殊な事情に対する已む得ぬ措置じゃなくて、魔法学校への勧誘の一環だったなんて。
でも、それも、恐らくシールロット先輩が言う通りなのだろう。
その事情を知ってから、あの一ヵ月を振り返れば、確かに思い当たる事は幾つもあった。
「そうした生徒の見分け方は、幾つかあってね。学校に皆よりも遅く、エリンジ先生が連れて入学してくる子は殆どこれ。一応、贔屓にならないように、エリンジ先生が教えてる期間は、入学を遅らせてるのかな」
だがそうした事情を知った上で、僕の中にあるエリンジ先生への敬意は、実は少しも変わらない。
そりゃあ、仕事だもの。
すべき必要があるなら、そうするだろう。
そしてそれでも、エリンジ先生が教えてくれた事の価値は、別に減ったりする訳じゃないのだ。
必要な事を沢山教えてくれたし、別に必要ではない、単に面白い話もしてくれた。
ケット・シーの村にスカウトに来たのがエリンジ先生じゃなかったら、僕は魔法学校に来なかったと思うし、今は来て良かったと感じてる。
多くのケット・シー達に囲まれる夢は、今でもたまに見るけれど。
まぁ、シャムは近くにいてくれるし、楽しい毎日が過ごせているから。
「他には、エリンジ先生を、先生って呼ぶ事。あの人に直接教わってる生徒って、当たり枠の他には滅多にないからね。多くの人はエリンジ先生を単なるスカウトの人とか、校長先生の密偵くらいにしか思ってないもの」
シールロット先輩は沸いた湯を使って二人分のお茶を入れ、一つを僕に渡してくれる。
もちろん、ちゃんとコップに入った奴を。
中身に息を吹きかけて冷ましてから口に運べば、僅かに甘い。
あぁ、でもこの話だと、つまりはシールロット先輩も、エリンジ先生に指導を受けた、当たり枠ってやつなのか。
だから高等部に上がってすぐに研究室を持てるくらいに、きっと彼女の学年では一番優秀で、同じ当たり枠の僕にも、その気になれば同様の事ができる筈だと言っていたのだ。
二年生を想定した仕事の募集だったが、一年生の僕でもいい、何故なら当たり枠だからって言葉は、……他の人の場合は優秀だろうからって意味になるんだろうけれど、シールロット先輩の場合は多分少し違う。
彼女の場合は、同じエリンジ先生に教えを受けた仲間だから、信用できるって意味なのだろう。
「うんうん、そうだよ。私も二年前の当たり枠。お仲間だね。私は孤児院で生活してたから、ここに来る前に何週間か、エリンジ先生が色々と教えてくれたんだ。あ、でも読み書きは院長先生が教えてくれてたから、前から一応できたんだよ」
楽しそうに自分の事も教えてくれるシールロット先輩に、僕は腕の中のシャムに、視線を落とす。
すると彼は僕を見上げて、一つ頷く。
ここまで話しを聞いた以上、僕も自分がどのようにエリンジ先生に教わったのかを語りたい。
そして、話してもいいと、シールロット先輩が相手ならそう思えた。
だって僕と彼女はエリンジ先生を、先生と慕う仲間だから。
秘密は守ってくれるだろう。
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