第14話
シールロット先輩のアルバイトを始めてから、少しが経った。
今のところ、アルバイトは、うん、とても楽しい。
学生として過ごす上で、先輩との縁というのは非常に有用な武器となる。
何故なら彼らは、僕らがこれから歩く道を、既に歩いて知っているからだ。
例えば躓き易い石がどこにあるのか、或いは普通なら見落としてしまいそうなショートカットの存在を、先に歩いた先輩は知っていた。
もちろん全てを先輩からの情報に頼ってしまうと、自分で物事を判断したり、調べたりする事を怠るようになるから、そこは気を付ける必要があるけれども。
「あー、そうそう、ギュネス先生の戦闘学の授業は、苦手な子には厳しいよね。私もあんまり得意じゃなかったから、魔法薬を持ち込んで怒られたなぁ。素の実力をつける授業だって。あ、でも、後期に行われる二年生との模擬試合では、魔法薬を使ってもいいんだよ」
なんて風に話しながら、シールロット先輩と素材の採取をしていると、自然と今後の授業予定が把握できた。
というか、戦闘学の後期は、二年生と模擬戦するのか。
それって、一体どんな苛めだろう。
新しい環境に来て数ヵ月の、初等部の一年生にとっては、教えて貰える情報の効果は、より顕著に表れる。
例えばこの学校って、前期とか後期があるのかって、今、この瞬間に気付いたし。
あぁ、じゃあ、前期の終わりには、試験もあるのかもしれない。
そう思って確認したら、シールロット先輩はよく気付いたと言わんばかりに頷き、頑張るようにって言われた。
授業の手応えから考えて、今の調子なら、そんなに酷い結果にはならないと思うけれど、もしもシールロット先輩に自慢できる結果を取ろうと思ったら、やっぱり努力は必要だ。
僕はアルバイトに来てるのだから、話にかまけて手元が疎かになっては話にならないから、それに関して考えるのは後回しだけれど。
仕事である以上、当然ながら給金が伴っている。
孤児院の出であるシールロット先輩にそのお金があるのは、錬金術で作った魔法薬を、クルーペ先生を通して学校に売ってるからだそうだ。
錬金術でお金を稼ぐのは、他にも方法があるそうだけれど、まぁそちらは追々知れるだろう。
今日、シールロット先輩に連れられて僕が森に採取をしに来たのは、半炭樹の花の蕾だ。
前に魔法学の授業で、ファイアホースを見に来た辺りの近くである。
半炭樹は、その名の通り、半分程が炭と化した、樹木だった。
まぁ、正直その説明だと意味不明だと思うのだけれど、半炭樹の花粉は空気に触れると燃え上がり、周辺の木々を焼き払うと同時に、半炭樹自身も焼く。
但し半炭樹は外側を焼かれても死んでしまう事はなく、炭と化した自身の身体を鎧とし、その中側を守ると同時に、広い土地を確保して大きく育つ樹木である。
いや、どう考えても生き物としてはおかしい気がするけれど、魔法生物の生態に疑問を持ってもキリがないので、そういう物だと納得しよう。
今はまだ半炭樹が花粉を撒き散らす開花の季節じゃないけれど、既に蕾は付いていて、その中には花粉の準備が着々と進んでる。
これを蕾ごと頂戴し、管理した環境下で開花させる事で、燃やさずに花粉を採取できるのだとか。
半炭樹が花粉の採取は、初等部の二年で教わる内容で、つまり来年の今頃の季節には、僕は錬金術の授業で蕾を採取に来るそうだ。
一年、授業を先取りしたお得感がある。
いや、もちろんそんな単純な話ではないだろうけれども。
「キリクなら、魔法なんて避けて殴れば勝てるだろ?」
無茶を言って来るシャムに、苦笑いしながら、僕は慎重に蕾を、炭と化した枝からほじり出すように、根元から切って採取した。
誤って蕾を破くような傷を付ければ、開花はできなくなるし、もしかすると既に中で花粉が出来ていて、大きな炎を発する可能性もある。
動作の一つ一つに、決して気を抜けない作業だ。
「クラスメイトが撃ってくる魔法は、まぁ、確かに頑張れば避けられるけど、相手は二年生だよ。そんな簡単にいかないでしょ。それに、殴って勝つのって、魔法使いとしてどうかなぁ」
一つの蕾の採取を終え、シールロット先輩に渡された布に包んで籠に入れてから、僕はシャムに言葉を返す。
どうやらシャムは、二年生が相手でも僕が勝てると思ってるらしい。
しかもパンチで。
まぁ手段を選ばずに相手を打倒するのなら、格闘で制圧するのは確かに有効だ。
魔法の撃ち合いは、こちらは魔法使い始めて半年で、二年生はその期間が一年半。
相手はこちらの三倍の経験者って見方をするのが正しいだろう。
だけど殴り合いだったら、こちらは十二歳で、相手は十三歳。
同じ一年の差でも、意味合いは全く異なってくる。
でも別に、僕って格闘技の鍛錬を積んだ格闘家って訳じゃない。
相手に護身術の心得でもあれば、逆に倒されてしまうだろう。
「魔法を避けるって、キリク君そんなのできるんだ? うーん、それはちょっと面白そうだから、見てみたいかも」
シャムに乗っかるような事を言うシールロット先輩に、僕は慌てて首を横に振る。
同い年のクラスメイトならともかく、一年上の二年生の魔法だって厳しいと思ってるのに、高等部である彼女の魔法なんて、尚更避けられる気なんてしない。
そりゃあ、シールロット先輩なら危ない魔法は使わないだろうけれども、避け損ねるなんて、格好悪いところは見せたくなかった。
僕が慌てて拒否する姿に、シャムも、シールロット先輩も笑う。
シャムは、とても機嫌が良さそうだ。
実際、これまでは部屋に帰るまでは黙ってる生活だったから、新しい話し相手ができた事が楽しいのだと思う。
このウィルダージェスト魔法学校にシャムが付いて来てくれたのは、彼と離れたくなかった僕の我儘である。
その結果、シャムに不自由をさせてしまってるのは、申し訳なく思ってるから、シールロット先輩という知り合いが増えて、本当にありがたい。
「よし、このくらいかな。一杯採れたねー。やっぱり一人でやるのとは早さが全然違うや。じゃあ、後はこれを私の研究室に運んだら今日は終わり。明日の開花も一緒にやってくれる?」
一杯になった籠を見て、シールロット先輩は満面の笑みを浮かべる。
仕事ぶりに、喜んで貰えたなら幸いだった。
明日もって言葉には、もちろん喜んで、僕は頷く。
予定は特になかった筈だ。
ジャックスと遊ぶ為のお金は多い方がいいだろうし、どんな風に花粉が採れるのかも気になるし、その花粉で何を作るのかも、気になった。
そして何よりも、折角得たこの縁を、もっと深めたいと思ってる。
だから僕は、不要になったと言われるまでは、シールロット先輩のアルバイトを続けるだろう。
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