第10話


 一般教養の授業を熱心に受けてるクラスメイトは、あまりいなかった。

 それは一部の子にとっては今更な話が混じるせいかもしれないし、そもそも魔法に関係のない事に関しては、興味が持ちにくいからなのかもしれない。


 科目を担当してるヴォード先生もそれはわかってるらしくて、皆が話を聞いてなくても無駄口を叩かなければ叱らないし、時々行う質問に生徒が答えられずとも、あまり気にせず授業を進めていく。

 なんというか、非常にドライな態度の先生だ。

 見た目はエリンジ先生より少し年上の、びしっとした感じの紳士だから、ちょっと冷たくすら感じもする。

 

 個人的には、僕はこの世界に関する情報が殆ど入って来ない生活を送ってたから、授業の内容も興味深い。

 例えば、今話してる授業の内容は、ポータス王国と周辺諸国の貴族制度の違いに関して。

 ポータス王国の周囲には四つの国があり、その一つであるサウスバッチ共和国には、そもそも貴族が存在しない。


 しかし貴族制度が存在する国にも、実は細々とした違いがあって、ポータス王国の貴族は王の親族である公爵、それから偉い順に、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。

 まぁこの子爵と男爵に関しては、子爵は侯爵や伯爵の領地の一部を治める代官であったり、王都で役人として働く法服貴族が任じられる爵位だったりするので、小さくとも自前の領地を有する男爵と明確にどちらが上とは言い難いらしいが、建前上はその並びだ。

 だがこれが東の隣国であるルーゲント公国になると、国のトップが王ではなく公なので、公爵は存在せず、ついでに侯爵もいないらしくて、伯爵、子爵、男爵と続き、更に準男爵、騎士爵までが貴族として扱われる。

 実に面倒臭い。

 公を王にして、全てを二階級ずつ上げればいいのにって思うけれど、きっとそうもいかない理由があるのだろう。


 恐らく、ルーゲント公国はウィルダージェスト同盟との関係が悪いボンヴィッジ連邦と国土を接している為、戦いの際に重要な騎士の待遇を、良くしておく必要があるんじゃないだろうか。

 多くの騎士がボンヴィッジ連邦に寝返れば、ルーゲント公国は容易く食い破られる。

 そうならぬよう、他の国よりも騎士の扱いを良くする事で、ルーゲント公国は彼らからの忠義を繋ぎ止めようとしている……、というのが僕の勝手な想像だ。

 ヴォード先生の話から、こうした事情を想像するのは、これは意外に楽しい。

 大抵の物事には何らかの理由や成り立ちがあって、それらは今の状況や、或いは歴史から見えてくる。

 もちろん当事者からするとあまり気分のいい話じゃないだろうから、ルーゲント公国から来てる、それも男爵令嬢のシズゥには、そんな事は言えないけれども。


 ちなみにルーゲント公国の貴族は、他の国では少し配慮がされて、爵位の扱いが良くなるそうだ。

 例えばシズゥは、ポータス王国だと子爵の令嬢と同じくらいに扱われるだろう。

 尤も、ウィルダージェスト魔法学校の中では、その身分にもあまり意味はないのだが。

 そもそも彼女も、貴族扱いは喜ばないし。



 さてそんな一般教養だが、前の席のクレイは、この授業を熱心に受ける数少ない生徒の一人だ。

 いや、彼の場合はこの授業をというか、全ての授業に対して、少し心配になるくらいに熱心だった。

 クレイはノスフィリア王国の農村の出身なので、僕と同じくこの手の知識を得る機会に恵まれなかった事は確かである。

 だが彼は、この一般教養で得られる知識を面白く感じてるから熱心になっている訳じゃなくて、そうせざるを得ないから、努力して頭に知識を詰め込むのだろう。


 この世界における農村の暮らしは、あまり豊かなものじゃないらしい。

 村長や名主のような役割の、管理側の人間はそれなりに裕福だろうけれども、それはごく一部の話だった。

 一般的に村に生まれた者は、その村から他に移り住む事は許されず、他の仕事は選べないという。

 これは基本的に、生まれた時に定められた状況を覆す手段が殆どないって意味だ。


 収穫を得られる土地の広さは限られるから、村は人を増やし過ぎる訳にはいかず、結婚が許されるのは家長となる長男のみで、次男、三男は実家で居候暮らしを強いられ、戦争が起きれば徴兵を受ける。

 但し兵士となって何らかの功績を挙げれば、居候の生活を脱する事が叶うかもしれないので、命の危険と引き換えにはなるけれど、状況を変える大きなチャンスでもあるらしい。


 そしてクレイは、そんな農村で、三男として生まれたという。

 自分の未来に希望がない事は、十二にもなれば既に実感もしていた筈だ。

 しかしある日、唐突に、魔法使いになれるという、想像もしなかった未来が彼には開けた。

 兵士になって手柄を立てるよりも、ずっと高くに飛躍できるだろう未来が。

 そこで必死にならない理由が、果たしてあるだろうか。


 当然、僕はそれに関して何を言う資格も持たないし、口を挟む心算はない。

 基本的には、とても良い事だと思うし、応援したいくらいだ。


 ただ最近のクレイは、その熱意が少し空回りしてるようにも見えて、心配になる。

 張り詰めた糸は、切れる時はあっけない。

 魔法学校という、農村とはあまりにも違い過ぎる環境で、全く縁のなかった知識を頭に詰め込むのは、恐らく本人が思う以上に、ストレスが掛かっている筈だった。

 僕にはシャムがいるけれど、クレイは一人でここに来てるから。


 何か、力になれる事はあるだろうか。

 鬱陶しいと思われない程度にこちらから声を掛けるようにはしてるけれど、僕はあんまり話し上手な方じゃないし。

 今のところは、学んだ事を互いに確認し合うのが、僕にできる最良に思えた。

 効果は些細かもしれないけれど、積み重なれば馬鹿にはならないだろう。


 今、仲良くなりつつある幾人かとは、やがて高等部になれば別々の科に分かれる事になる。

 それは避けられぬ未来だけれど、より良くその日を、悔いなく迎える為には、やれるだけをやるべきだ。

 きっと僕ならどうにかなる筈。

 なんといっても僕には、シャムが付いててくれるから。


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