第9話
季節は少しずつ、春めいてきた。
ウィルダージェスト魔法学校の一年は、冬に始まり、冬に終わる。
具体的に言うと、年末年始と共に学年が切り替わる形だ。
正直これは、僕にとっては違和感が大きい。
なんといっても僕の感覚だと、学生の一年って、春に始まって春に終わる物だったから。
あぁ、でも、僕が以前に生きた世界でも、外国の学校は夏の終わり、秋の始まり辺りに学年が切り替わってたっけ?
そちらに比べると、年末年始って区切りは、まだわかり易くはある。
いや、寧ろ以前に生きた世界と同じく、冬に一年が終わり、新しい年が始まると定められている事に、疑問を持つべきだろうか。
考えても、答えなんて見付かりそうにはないけれど、いずれ図書館で、その謂れを調べてみるのもいいかもしれない。
ちなみに図書館の利用も生徒は無料で、これは収入のない僕には本当にありがたい話だった。
普通、この世界で図書館を利用しようとすると、それなりのお金が必要になるし、そもそも身分によっては利用ができない場合も多いらしいから、ウィルダージェスト魔法学校は、本当に恵まれた環境である。
ただクラスメイトの多くは、休日はポータス王国の王都に、魔法の馬車で遊びに行ったりしてるから、それはちょっと羨ましい。
寮監に相談すれば、魔法学校でのアルバイトを紹介して貰えるらしいから、そろそろ何か探そうか。
まぁ何にせよ、三月に入れば春にも近い。
すると幾つかの授業でも、これまでとは少し違いが出始める。
具体的には、錬金術と魔法学の授業で、前者は錬金術で使う素材の採取の為に、後者は実際に魔法生物を目の当たりにする為に、ウィルダージェスト魔法学校の周囲にある森に、足を踏み入れるようになったのだ。
この魔法生物を見る授業を、クラスメイトの中で最も楽しそうに受けているのは、僕と仲の良い知人……、そろそろ友人って呼びたいけれど、その一人であるパトラであった。
授業の合間に、飽きる事なくシャムに構いに来る彼女だけれど、どうやら猫だけじゃなくて、生き物全般が好きらしい。
森に向かう足取りも軽いパトラの姿を見ていると、僕も自然と気持ちは上向く。
いや、別にパトラの事がなくっても、森に入って魔法生物を見る授業は、とても楽しいのだけれども。
あぁ、もしかすると傍からは、僕もパトラと同じように見えるのかもしれない。
今日、魔法学の授業で観察する魔法生物は、燃えるたてがみを持つ馬、ファイアホース。
断じて消火用の、水を掛けるホースじゃない。
ファイアホースのたてがみは、空気に触れると炎を発し、彼らが走るとたなびくように炎が流れる。
その為、森の中でも特別な、燃えにくい木々が生育してる地域に暮らしてて、個体数は多くないそうだ。
以前は平野に暮らしていたそうだが、たてがみが燃えてるファイアホースは、その皮もまた特別製で火を通さない為、それ目当ての乱獲が相次ぎ、個体数が著しく減少したのだとか。
故にこの辺りでは、ファイアホースはこのウィルダージェスト魔法学校に隣接する森と、ジェスタ大森林以外で見かける事はないと、白髪のお爺ちゃん、魔法学のタウセント先生は言う。
僕はファイアホースを見た事はなかったのだけれど、実はシャムはその存在を知っていて、
「あぁ、たまに森を火事にしちゃう馬か。まぁ迷惑なのは迷惑だけど、自分が燃えてたらしょうがないよね」
なんて風に、小さく呟いていた。
ちょっと規模の大きなおおらかさで、笑ってしまう。
妖精的には、木々が燃えた後にはまた新しい芽が生えて来るから、それはそれで構わないそうだ。
森の新陳代謝って扱いなんだろうか。
パトラは、ファイアホースの個体数が減ったいきさつには、物凄く憤っていたけれど、……僕は、仕方のない話だとも思ってしまった。
人だけでなく生き物は、自らがより良く生きる為に他者を食い物とする。
それはきっと、前に生きた世界も、今、この瞬間に生きてる世界も変わらない。
多くの肉食獣は、傷を負う事なく獲物を狩る為、狙う相手を選べるならば、親ではなく弱い子を狙う。
托卵をする鳥もいれば、群れの最も強いオスが、全てのメスを独占する獣も少なくなかった。
ファイアホースを仕留めた狩人は、きっと大金を得ただろう。
そのうちの幾人かは、得た金を酒や賭け事に使ってしまったかもしれない。
しかし幾人かは、得た金で無事に子を育てたのかもしれなかった。
僕にはそれが、必ずしも、絶対に悪い事だとは、言えやしないから。
ウィルダージェスト魔法学校も、単に善意だけで、絶滅しそうな生き物を保護してる訳じゃない筈だった。
錬金術の授業でも、夏前にはファイアホースのたてがみを、燃えぬ手袋等の道具を使って刈り取り、素材にするって話は聞いていた。
その方が、ファイアホースも夏が過ごし易くなるらしい。
また寿命や怪我で死んだファイアホースに関しては、やはり埋葬の前には皮を素材として得る。
パトラの怒りは優しく、尊い。
だけど同時に、視野は狭く、幼稚でもあった。
年齢的な物もあるかもしれないし、王都育ちだからかもしれない。
田舎に暮らせば、色んな生き物を見慣れてたり、或いは家畜を絞めて食事とした経験だって、多いと思う。
僕もケット・シーの村では、狩られた獲物を捌く手伝いはしょっちゅうしてたし、大きな兎を自分で仕留めた事もある。
いや、決してパトラを馬鹿にしてる訳じゃなくて、寧ろ彼女の純粋さは貴重なのだ。
美しく炎がたなびく様に素直に感動して、いきさつに憤って、最初は警戒してたファイアホースに、授業が終わるまでには幾分近付けたと、喜んで僕に教えてくれる。
パトラと一緒にいると、僕も素直な目でファイアホースを見られるように感じられて、とても嬉しい。
やがては彼女も色々な事情に触れて、物の見方も変化していく。
しかしその優しさは、何時までも失わずにいて欲しいと思う。
同じ生き物が好きな仲間、或いは友人として。
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