第8話


「ホラ、のろのろするな! 走れ、走れ!」

 戦闘学の教師、ギュネス先生の掛け声に従って、グラウンドを駆ける。

 クラスメイトの走る速さや持久力はまちまちで、意外な事に貴族の子であるジャックスは、足も速いし体力もあった。

 何でも幼い頃から、剣術やら乗馬やら、身体を使う習い事をしていたのだとか。

 他には、農村の出身のクレイは体力がある方で、逆に都会のパトラは、見ていて可哀想になるくらい、走るのが辛そうだ。

 でも魔法使いであっても体力は大事だから、身体は鍛えろってギュネス先生の言葉は正しいと思うので、何とか頑張って欲しい。


 ちなみに僕は、クラスでもトップクラスに足は速いし、体力もある……、というか、正直に言えば断トツであった。

 まぁ、ケット・シーとの追い掛けっこに比べれば、グラウンドを走るのなんて大した事じゃなかったし。


 だから授業としては、戦闘学が一番、付いて行くのは楽だった。

 逆に最も苦労してるのは、一般教養の授業だ。

 エリンジ先生に一ヵ月教わって、ある程度の準備はしてたけれども、付け焼き刃の知識ではどうしたってボロは出る。

 その為、あまり関わりがないクラスメイトからは、僕は魔法の使える野生児、みたいな評価を受けているらしい。

 少し心外ではあるけれど……、残念ながら妥当と言えば妥当な評価だろう。


 もちろん、戦闘学の授業は走るばかりじゃなくて、人に向かって魔法を撃ち、撃たれた魔法を防ぐという訓練もちゃんとやってる。

 ギュネス先生からは既に三種類の防御の呪文を教わっていて、それを上手く駆使すれば、基礎呪文学で習う範囲の魔法は殆ど防げるそうだ。

 そしてその三つとは、一つは貝の魔法。

 これは周囲に障壁を張って、貝のように閉じこもる魔法だ。

 障壁は上下前後左右の全て、全面を守ってくれて、尚且つ防御力も非常に高い。

 但し貝の魔法を発動してる間は、身動きは取れないし、こちらからの攻撃も不可能となる。


 二つ目は盾の魔法。

 これは盾のように前だけを守ってくれる障壁を張る魔法で、放たれた魔法に対してしっかりと障壁を向ける必要はあるけれど、障壁を維持したままに移動もできる。

 また二つ以上の魔法の発動体を持っていれば、例えば左手の発動体で盾を使い、右手の発動体で攻撃の魔法を行使する……、なんて真似も可能らしい。

 尤もそれは、初等部の一年生の範疇ではないそうだけれども。


 三つ目は鎧の魔法で、これは身体全体を保護してくれて、使用しながら動ける代わりに、防御力はそんなに高くないって魔法だった。

 こういうとあまり有効に思えないかもしれないけれど、鎧の魔法をかけてるだけで、不意打ちで命を落とす危険はグッと減る。

 或いは毒ガスのような、盾の魔法では防げないけれど、貝の魔法を使って動けなくなっても解決できない状況に対して、この鎧の魔法は効果的だ。


 この三つの使い分けを、ギュネス先生は重点的に教えてくれる。

 なんというか、戦闘学の授業は、戦闘を学ぶというよりも、戦闘から生き残る為の術を、教えてくれてるような気がした。

 それが、ウィルダージェスト魔法学校の方針なのか、ギュネス先生の方針なのか、一年生のカリキュラムだからなのかは、わからないけれども。



 戦闘学の後に錬金術の授業があると、生徒は皆、教師のクルーペ先生に、汚れ落としの魔法薬を振り掛けられる。

 この魔法薬がミントを強烈にしたような匂いがするので、戦闘学の後の錬金術の授業では、シャムは僕に近寄らず、教室の一番後ろのロッカーの上に避難してしまう。

 というかどう考えても、汗に塗れて土にも汚れる戦闘学の後に、薬草を調合したりもする錬金術の授業があるのは、カリキュラムの組み方がおかしい。

 恐らくクルーペ先生が、汚れ落としの魔法薬を、生徒に使いたいだけなんじゃないだろうか。

 だってこのクルーペ先生ときたら、シャムにも何かと魔法薬を使いたがるし。

 もちろん毎回、逃げられてはいるけれど。


 ただ、錬金術自体は、とても面白い。

 この一ヶ月間、基礎呪文学の授業では、魔法を覚えるのに苦労をした事はないのだけれど、錬金術は毎回苦労をしてる。

 魂の力と感覚でどうにかなる呪文と違って、錬金術は素材と魔法の相性や、その特徴を引き出す方法、つまり知識が重要だからだ。

 だけどその難しさの分、望む物をちゃんと作れた時の達成感は、とても大きい。

 また錬金術はその場限りの魔法と違って、作った物が残るというのも素敵なところだった。


 僕が今後、どんな魔法使いになるのかはわからないけれども、今、最も心を惹かれてるのは、錬金術だろう。

 もしもその道に進んだなら、猫が長生きできるペットフードとか、猫アレルギーを治せる魔法薬を作りたい。

 そして雨を降らせる魔法とかに乗せて、世界中から猫アレルギーを消し去るのだ!


 ……なんて話をしていたら、クルーペ先生に聞かれて、僕は水銀科に行くべきだと強く強く勧め、或いは勧誘された。

 高等部になると三つに分かれる科の中でも、水銀科は特に錬金術を専攻する科で、クルーペ先生もそこの出身なんだとか。

 その事実一つで、水銀科への好感度が少し下がってしまうのだけれど……あぁ、そういえば、この学校に初めて来た時、出会ったシールロットという先輩も水銀科だったような気がする。

 あの先輩は凄く素敵だったし、クルーペ先生で下がった分は取り戻せそうというか、意外とまともな所かもしれないって、思える。


 クルーペ先生も悪い先生では、ないとは思う。

 髪はぼさぼさで、服はよれよれだけれど、清潔だった。

 多分あの魔法薬を、自分も常用してるのだ。

 酷く痩せているけれど、ちゃんと食べているのかは、割と心配になる。

 食堂のご飯は美味しいから、食べてないなら勿体ないなぁと思う。

 分厚い眼鏡をかけているから表情は読み取り難いが、多分顔立ちは整った女性だ。

 あぁ、そう、この世界で、眼鏡をかけてる人を見掛けたのは、彼女が初めてだった。


 それから、錬金術の教え方はとても熱心である。

 時々、話す内容が別の、それも凄く高度で、僕らがまだ理解のできないところにすっ飛ぶけれど、錬金術への熱意というか愛情は、これでもかってくらいに伝わってくる。

 クルーペ先生の熱意の一端に触れたから、僕は錬金術を面白いと感じてるんだろうなぁとは思うし。

 そして何より、今の僕の実力じゃなくて、僕が錬金術でしたい事を聞いて、評価をしてくれたというのは、思いのほか嬉しかった。


 ……いい先生だと、思うんだけどなぁ。

 僕はともかく、シャムに魔法薬を使いたがるところを除けば。

 いやでも、うん、錬金術という繊細な作業の場に猫がいたら、普通は追い出すし、何らかの魔法薬で対処しようというのは、寧ろ穏当なんだろうか。

 そんな気がしてきた。


 まぁ、様子見をしよう。

 僕はまだ一年生だし、急いで先を決める必要はない。

 どんな道を進むのかは、もっと学校を、それから先生達の事も理解してから、決めればいい。

 概ね、今は毎日がとても楽しく、満足してるのだから、それで十分だ。

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