第7話


 それから学校に慣れるまでの一ヵ月は、瞬く間に過ぎて行く。


 友達……か、どうかはまだわからないけれど、親しく話す知人は幾人かできた。

 具体的には、五人居て、一人は前の席の男子でクレイ。彼は北にあるノスフィリア王国の農村の出身だ。

 二人目が隣の席の女子でシズゥ・ウィルパ。彼女は東にあるルーゲント公国の、男爵家の令嬢らしい。

 三人目は後ろの席の男子でガナムラ・カイトス。彼は南のサウスバッチ共和国の出身で、貴族じゃないけれど家名がある。

 しかもこの学校を卒業して魔法使いになれば、更にもう一つ名前を名乗る事が許されるんだとか。

 別にあまり羨ましくは感じないが、本人はそれを目標に頑張っていて、明確に目指す物があるのは良い事だなぁって思う。


 四人目は、別に席は近くないけれど、授業の合間に熱心にシャムに構いに来る女子がいて、名前はパトラ。

 彼女はウィルダージェスト魔法学校があるポータス王国の、王都の出身なので、貴族ではないけれど都会っ子である。

 シャムはあまり構われ過ぎると逃げるけれど、パトラの事は決して悪くは思ってないそうだ。

 実際、彼女は良い子だと僕も思う。

 猫好きに悪い人は、……皆無だとは言わないが、そんなにいない。


 最後に五人目は、同じくポータス王国からだけれど、こちらは伯爵家の三男だとかいう、ジャックス・フィルトリアータ。

 最初は物凄く高圧的に、シャムを自分に差し出せ、みたいな台詞を吐いてきたから、右ストレート一発で地に沈めた。

 僕は暴力が好きって訳じゃないけれど、それでも許せない事の一つや二つはある。

 また理不尽には、力で抗うより他にないとも、知っていた。

 いやぁ、……正直、やり過ぎたかなって思ったけれども。


 ただその後、医務室に運んで、二人揃って先生に叱られた後は、何故か不思議と打ち解けて、仲良くなった。

 話してみると、まぁ、そんなにいい奴ではないんだけれど、別に悪い奴って訳でもなくて、しかし横柄な態度からクラスメイトには避けられていて、孤立気味だったようだ。

 だからこそ、シャムが傍らに居るだけでちょっと目立ってる僕が妬ましかった様子。

 まぁわかってしまえば、友人として付き合う事に支障はない。

 ジャックスも、二度と僕からシャムを奪おうなんて思わないだろうし。



 朝、目を覚ました僕は杖を手に取り、それを翳してこう口にする。

「集え、ケット・シーの抜け毛」

 すると僕の杖の先に、シャムが部屋に昨日撒き散らした全ての抜け毛が集まって来て、それを箱に受け止めた。

 これは基礎呪文の先生、ゼフィーリア先生にお願いして教えて貰った、収集の魔法だ。

 本当に、あまりに便利で、この魔法を覚えてからは、毎日が魔法の偉大さに感謝する日々である。


 ちなみに収集の魔法の使い道としては、川で砂金を集めたり、等が他にあるらしい。

 この魔法の利点は、範囲内の、認識してない対象も集められる事。

 逆に欠点は、重量制限が厳しく、生き物の身体に繋がった一部は集められない事だった。

 具体的に言うと、小さな石ころは集められるけれど、岩は無理で、抜け毛は集められるけれど、身体に生えてる毛は無理といった具合になる。

 これとは別に、大きな岩でも、木に生った実も引き寄せられるけれど、対象を明確に認識しなきゃいけない魔法が別に存在していて、そちらに関しては一年の間には教えてくれるそうだ。


 魔法で集めたシャムの抜け毛は、箱に纏めて取ってある。

 実はこの毛も、ちゃんと加工すれば魔法の発動体にできるらしい。

 もちろん普通の猫だと無理なんだけれど、シャムは妖精、魔法生物であるケット・シーだから。

 特別な油を塗って、縒って糸にして紐にして、ミサンガでも編めば、予備の魔法の発動体が作れるだろう。


 その話をすると、シャムは割と嫌がったが、魔法の発動体を買ったら幾らになるかを説明したら、やむを得ないと認めてくれた。

 魔法の発動体は、正直、本当に高いのだ。

 今のところ収入が全くない僕には、とても縁がない物になる。

 学校にも慣れて来たし、そろそろ何らかのアルバイトをしてみようとは思ってるが、材料が手に入って魔法の発動体が作れるなら、それに越した事はない。


「おはよう、キリク。今日は何の授業がある日だっけ?」

 大きく口を開けて欠伸をしながら、シャムが僕に問う。

 その言葉に僕は脳裏で授業予定を思い出しながら、

「戦闘学と、錬金術だね」

 そう答えた。


 一年の間は授業は五種類しかなく、基礎呪文学、戦闘学、錬金術、魔法学、一般教養のみである。

 一つずつどんな授業なのかを説明していくと、基礎呪文学はとにかく色々と呪文を覚えていく授業だ。

 多分単純に魔法が使える人になるには、この授業だけで十分じゃないかと思う。


 戦闘学というのは、その名の通りに戦い方を学ぶ授業だ。

 何でも、魔法が使える=強いって訳じゃないらしく、これを=にするのが戦闘学の意味なんだとか。

 但し戦闘学で得られる強さは主に人に対しての強さだから、普遍的な強さに関しては、自分で模索して見付けて欲しいと、戦闘学のギュネス先生は言っていた。


 具体的には、以前に北の国を滅ぼし掛けた悪竜は、魔法使いが何十人居ても勝てないが、それを封印したマダム・グローゼルには、戦闘学を修めた魔法使いが十人で囲めば勝てるらしい。

 しかし本当に優れた魔法使いは、そもそも自分を害する魔法使いに囲まれるなんて状況には陥らないそうだ。

 つまり単に魔法が使えたり、素早く動けたり、力持ちだったりする事だけが、強い訳じゃないって話だろう。

 例えば人を金で雇えるのだって、金力というくらいだから強さの内である。

 まぁ戦闘学を学んで得られるのは、単純な強さの方なのだけれど、もちろんそれは決して無駄にはならない。


 錬金術は、魔法の品を作る授業だ。

 魔法生物の身体の一部や、魔法の影響を受けて育った木々の葉や種等は、魔法に強く親和性があった。

 それ等を素材に使う事で、個人の魂の力だけでは届かない現象を引き起こしたり、長時間の魔法の維持を行えるのが、錬金術のメリットなんだとか。

 寮で働く魔法人形も、この錬金術で生み出された存在である。

 本来なら術者が確認しながら一つ一つの動作を人形に取らさなければならないところを、魔法人形は自ら周囲を認識し、最適な動作を判断して動く。

 それどころか長く稼働してる魔法人形には、人格のようなものすらあるそうだ。


 あぁ、魔法人形に関して、一つ失敗した事があるんだけれど、寮で毎朝洗濯物を回収に来てくれる魔法人形の14番、僕が付けた愛称はジェシーさんなんだけれど、実は魔法人形に愛称を付けるのは、あまり良くない事らしい。

 というのも、名付けというのは人格の形成を補強するそうで、まだそれが完成してない魔法人形は、名付けてくれた人に強く執着するようになってしまう。

 幸い、ジェシーさんはもう本当に長く稼働してる魔法人形で、僕に名付けられても今更人格に大きな影響は、多分なかった様子だけれど、これが若い魔法人形なら、或いは監禁事件に発展した可能性だって、決して皆無ではないのだとか。

 普通に怖い話だった。


 うん、まぁ、話を戻して、次は魔法学だけれど、これは魔法に関わる知識を全般的に学ぶ授業だ。

 危険な魔法生物の話とか、魔法使いを酷く敵視する宗教がある事とか、過去に魔法使いが引き起こした重大事件なんかを、教えてくれる。

 いや、多分まだ前半だから、危険に対する注意喚起の割合が多いだけで、後半になればもっとこう、ユニークな魔法生物の話とかが増えると思う。


 最後に一般教養は、ポータス王国とサウスバッチ共和国の政治形態の違いやら、歴史やらを、雑多に教えてくれる授業だった。

 生徒の大半は、魔法使いになっても、結局はそうでない人に囲まれて生きていく事になる。

 故に魔法使いではない物の見方、魔法とは関係のない知識も、大切になるのは当たり前の話だ。

 そういえば僕はこの授業で、自分の住んでたケット・シーの村が、実はポータス王国ではなくて、ジェスタ大森林という場所にある事を知った。


 ウィルダージェスト魔法学校は異界にはあるけれど、一応はポータス王国の国土に存在してる事になっていて、その周辺国は四つ。

 北がノスフィリア王国、東がルーゲント公国、南がサウスバッチ共和国、北西がクルーケット王国だ。

 この五ヶ国は同盟を結んでて、それを仲介、成立させたのがウィルダージェスト魔法学校である為、ウィルダージェスト同盟と呼ばれる。

 尤もこの世界の戦争は、隊列を組んで槍を構えてって感じらしいので、そこに魔法使いの集団が出てきて同盟を組めって言われたら、断れなかっただけかもしれないが。

 ちなみにジェスタ大森林はポータス王国の南西、クルーケット王国の南にあって、一つの国くらいの大きさがあるんだとか。

 そこまで僕を探しに来てくれたエリンジ先生は、本当に苦労したんだろうなぁって、そう思う。

 他にもウィルダージェスト同盟に敵対的な国が、ルーゲント公国の更に東の、ボンヴィッジ連邦らしい。


 まぁ、授業は、概ねそんな感じである。

 寝間着から制服に着替えていると、コツコツとドアをノックする音がした。

 どうやらジェシーさんが、洗濯物の回収に来てくれたらしい。

 ドアを開け、お礼を言って洗濯物が入った籠を渡すと、ジェシーさんは手を伸ばし、僕の頭を撫でてから去っていく。


 後は、食堂で朝食を食べれば、朝の準備は完了だ。

 戦闘学の授業は汚れてもいい体操着に着替えるから、最初の授業が戦闘学だと、なんでわざわざ一度制服を着なきゃいけないのか、これがちょっと面倒で不満である。 

「シャム、行こう」

 手を伸ばせば、僕の腕を通り道に、シャムが肩へと駆け上がった。

 さぁ、今日も一日、頑張ろう。

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