第6話


 授業が終わった後、クラスメイトに囲まれて質問攻めにされそうになったけれど、やって来たエリンジ先生に助け出されて、寮へと向かう。

 クラスメイトも、僕が新入生だからって色々と気遣ってくれたんだとは思うけれど、やっぱり一度には覚えられないから、少しずつ仲良くなっていきたいところだ。

 まずは、席の前後や隣の生徒辺りから。


 ウィルダージェスト魔法学校には、寮が四つ存在してる。

 一つは初等部の生徒が寝泊まりする、卵寮。

 他の三つはそれぞれ黄金科、水銀科、黒鉄科の生徒が寝泊まりする、黄金寮、水銀寮、黒鉄寮だ。

 どの寮も食堂や浴場等の設備があって、更に生徒の身の回りの世話は、魔法人形がしてくれるという、至れり尽くせりの環境だった。


 僕は初等部なので、向かう先は当然ながら、卵寮。

 初等部の間は、皆が魔法使いの卵だからと、こんな名前になってるのだろうか。


 そしてエリンジ先生に案内されたのは、卵寮の食堂だった。

 あぁ、そういえば朝にパンを少し食べたきりだから、随分とお腹は空いている。

「ここでの注文の方法は独特でね。馴染みがなかろうから、今日は私と一緒に食べようか。他の事はゆっくり覚えれば良いが、食事だけは欠かせないからね」

 なんて言って、エリンジ先生は笑う。

 僕はエリンジ先生の、こういった考え方は大好きだ。


 ただ、確かにケット・シーの村では食事を注文する事なんてなかったが、この食堂の使い方は見れば何となくわかる。

 だって入り口に置かれているのが、紛れもなく券売機なんだもの。

 電気もないこの場所で、どうやって動いてるのかと考えたら、そりゃあ魔法の力なんだろうけれど、……違和感が凄い。


 ときにこの魔法学校に来て、少し疑問に思った事がある。

 魔法は、魂の力で理を塗り替えて望む現象を引き出すと教わったが、この魔法学校には、あまりに魔法に由来する何かが多かった。

 この券売機もそうだけれど、生徒の身の回りの世話をするという魔法人形や、勝手に開くドア、警備を担う生きた彫像……等々。

 あれらは一体、誰の魂の力で動いているのか。


 僕はエリンジ先生に倣って券売機を使い、出てきた木札を取ってテーブルに着き、その事を問うてみた。

 あ、券売機とは言ったが、別に食券を買った訳じゃなくて、食堂での食事は、魔法学校の生徒は無料だ。

 ケット・シーの村での生活はお金とは無縁だったから、無一文の僕には正直助かる。


「ふむ、なかなか良いところに気付くね。この魔法学校を維持してるのは、誰の魂の力でもないよ。ここはずっと昔から魔法の学び舎として存在してて、魔法の力を積み重ねていったんだ」

 暫くすると魔法人形が湯気の立つ料理を運んで来て、代わりに木札を回収していく。

 メニューは、パンと鶏のクリーム煮と、サラダにフルーツだ。

 お替りもできるらしい。


 僕はシャムの為に鶏肉を解して別の皿に移しながら、エリンジ先生の言葉に耳を傾ける。

「魔法学校の歴史の力、というべきかね。例えばさっき食事を運んでくれた魔法人形は、もう三百年は動いてる働き者だ。機嫌を損ねないように気を付けたまえよ。魔法人形の機嫌を損ねれば、魔法学校での暮らしは酷く劣悪な物になる」

 エリンジ先生の本気とも冗談ともつかぬ言葉に、視線を給仕の魔法人形にやると、彼、或いは彼女は、こちらに向かって手を振った。

 あぁ、どうやら冗談ではなさそうだ。

 この忠言は肝に銘じて、魔法人形には丁寧に接しよう。


「また異界と化したこの場所で、長く頻繁に魔法が使われ、魔法の品も多く生み出されてきた結果、ウィルダージェスト魔法学校がある空間は、世界の理が揺らぎ易くなっているんだ。だから魔法の修練にはより適してるという訳だね」

 食事を口に運びながら、エリンジ先生は楽しそうに語ってくれた。

 この先生は、ケット・シーの村で教わってた時もそうだったけれど、魔法の話をしている時が、何時も一番楽しそうだ。

 

 でも、話してくれた内容は随分と怖い物に思える。

 世界の理が揺らぎ易いって、……危ないんじゃないだろうか?

 いや、そりゃあ優秀な魔法使いの先生が沢山いて、問題ないと判断してるなら問題はないんだろうけれども。

 もしかしたら、既に何か対策はしてるのかもしれないし。

 僕も魔法に関して学んで行けば、やがてはその辺りもわかるようになるだろうか。



 食事の後、エリンジ先生に連れられて寮監に挨拶し、部屋の鍵を受け取った。

 これから先に必要な教科書の類は、既に部屋に運んであるらしい。

 あぁ、でも、寮監はちゃんと普通の人間である。

 少なくとも、見た限りではその筈だ。


 部屋に入り荷を下ろすと、大きなため息が漏れる。

 今日は、もう結構色々とあったから、まだ日も暮れてないけれども、妙に疲れた。


 部屋にはベッドが二つあるけれど、僕だけで使うらしい。

 いや、もちろん、シャムも一緒ではある。

 何でも今年の初等部の一年生は、男子と女子が丁度十五人ずつなので、男女ともに、誰かは一人部屋になるそうだ。

 尤も僕の場合は、シャムの存在があるから、マダム・グローゼルやエリンジ先生が気遣ってくれたのだろうけれども。


「なかなかいい部屋じゃないか。食事も美味かったし、村にいるより全然いいな」

 空いたベッドに飛び乗って、シャムがそんな事を言う。

 暢気でいいなぁ。

 確かに食事は美味しかったけれど、僕は結構大変だった。

 でもそんなシャムは隙だらけで、僕はサッと彼を抱え上げると、背中に自分の顔をうずめて大きく息を吸う。

 つまりは、そう、癒しの猫吸いだ。


「わっ、馬鹿! それはやめろ! くすぐったいって!!」

 シャムは口では嫌がるが、全力で抵抗するような事はない。

 多分、今日は僕が本当に疲れてて、癒しを求めてるんだって、わかってくれているのだ。

 まぁ、それでもあんまりしつこく吸い続けると、へそを曲げられるから程々にはするけれど。


 これから先も、このウィルダージェスト魔法学校での生活は色々あるだろうが、シャムも一緒に居てくれるから、きっと乗り越えて行けると思う。

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