第3話
そこは、広場のような場所だった。
正しくは広場の中央にある池……、いや、水が湧き出てるから泉の水面に、足が沈む事もなく僕は立ってる。
「さぁ、キリク君、こちらへ。魔法の効果が切れると、水に落ちてしまうからね。急ぎたまえ」
掛けられた声に我に返れば、既にエリンジ先生は泉の外だ。
慌てて小走りに、だけど水面を踏む足は慎重に、彼のところへ急ぐ。
どうやら旅の扉の魔法には、水をはじく効果もあるのだろう。
僕も、肩の上のシャムも、もちろんエリンジ先生も、水に濡れた痕跡はない。
冷たさだって感じなかった。
泉から出て、改めて周囲を見回せば、広場を囲むように四体の石像が立っていて、更に向こうには大きな石造りの建物が幾つか見える。
一番大きな、まるで城のようにも見える建物が、魔法学校とやらなのだろう。
すると他の建物は、……学生が寝泊まりする寮だろうか。
いや、それにしては大きいし、数も多いから、別校舎といったところかもしれない。
どちらにしてもこんなに大きな建物は、この世界に生まれてからは初めて見るから、少しばかり驚いた。
所せましと立ち並ぶ高層ビルの群れに比べると、そりゃあ規模は小さいから、圧倒されるって程じゃないけれど。
あぁ、でも、肩の上のシャムはすっかり圧倒されていて、口がぽかんと開いたままだ。
僕は別にいいけれど、猫のフリはどこへ行ったのか。
ふと、気配を感じて後ろを振り向くと、僕らがさっき出てきた泉の水が盛り上がり、大きな水鏡、もとい水の門を作ってる。
そしてその中から、僕よりも二、三歳くらいは歳上の、制服を着てるから恐らく女生徒が、するりと姿を現した。
多分、僕らがここに来る時も、彼女のように現れたのだろう。
「あら、エリンジ先生。という事は、君はきっと新しい生徒ね。それから可愛い猫さんも、ごきげんよう」
慣れた足取りで水面の上を歩く女性とは、なんというか、とても優雅に見えて、物怖じしない真っ直ぐな挨拶に、僕は少し戸惑ってしまう。
もしかすると、僕の顔は今、少しばかり赤いかもしれない。
僕が咄嗟に返事ができないでいると、
「ふむ、シールロット君と会うのは久しぶりだね。そう、こちらは新入生のキリク君だ。彼は今しがた住んでいた村から出て来たばかりでね。君のように素敵な女性との出会いには慣れず、戸惑っているのだろう」
エリンジ先生が助け舟なのか、揶揄いなのか、判断に困る言葉を口にした。
でも、うん、どちらかと言えば助け舟か。
向こうから挨拶して貰ったのに、何も返せないようでは、今後に支障をきたしてしまう。
「あっ、はい。キリクと言います。こっちはシャム。シールロット先輩ですね。すいません、よろしくお願いします」
何とか絞り出した挨拶は、人付き合いの不慣れさが露骨に現れたものだったけれど、肩の上のシャムがそれに合わせてニャアと一つ鳴いてくれて、そのお陰か、シールロットと呼ばれた女生徒の顔には、とても嬉し気な笑みが浮かぶ。
どうやら彼女も、猫が好きな人らしい。
だったら、多分きっと、良い人だ。
その後は、エリンジ先生が間に入ってくれながら、シールロットと少し話せたが、彼女は高等部の水銀科というところの、一年生になるらしい。
何でもウィルダージェスト魔法学校には初等部と高等部、それから大学があるという。
基本的には、初等部で二年、高等部で三年学び、一人前の魔法使いとなる。
そして大学には、本当に優れたごく一部の、それも魔法に関しての研究意欲が著しく高い生徒のみが進学するのだとか。
大学はさておいて、初等部と高等部の違いは専門性だ。
初等部の間は全ての生徒が同じカリキュラムで、同じ寮に住んで学び、高等部からは専攻する分野によって三つの科にわかれ、寮も別になるらしい。
尤も専攻する分野を選ぶには、本人の希望だけじゃなく、適性も大きく影響するそうだけれども。
以前は初等部の頃から三つの科にわかれ、それぞれ三つの寮に住んでたらしいけれど、その頃は科や寮の違いによる対立が酷かったという。
なので先代の校長が、初等部は科を分けない事にしたんだとか。
同じ釜の飯を喰えば、たとえ進む道が違っても、一定の理解ができる筈だと考えて。
実際、先代の校長の任期から、黄金、水銀、黒鉄の三つの科の争いは、大きく減少したそうだ。
まぁ各科の特徴は、追々、ゆっくりと知っていく事になるだろう。
初等部に入る僕と、高等部のシールロットでは行き先が違うから、彼女と別れた後、僕とシャムはエリンジ先生に連れられて、一番大きな建物に向かった。
まず最初は、校長への挨拶を済ませるそうだ。
道中、ところどころに石像を見掛ける。
上半身のみの胸像じゃなくて、手も足もある全身像。
それもどれもが、鎧兜を纏った戦士や騎士、或いは虎や獅子のような、いかにも強そうな像ばかり。
偉人を記念したモニュメントの類とは、どう見ても意味合いが違った。
これは多分、防衛設備の一部だと思う。
ウィルダージェスト魔法学校は外敵が入って来られないように、結界に覆われた異界に存在してるらしいけれど、中に侵入された際の備えがない筈はない。
さっきの泉、旅の扉は出入口だから、重点的に守られていて当然だ。
ならばいかにも意味ありげにあの泉があった広場を囲んでた四体の石像が、その守りであると考えるのは自然の流れである。
すると僕の視線の意味を察したのか、
「気付いたかね。これらの像は、学校を守る
さらりとエリンジ先生が教えてくれた。
村に滞在してた時もそうだけれど、彼は本当に勘が鋭い。
そしてその勘を欠片も疑う事なく、当然のように振る舞うから、まるで僕が見透かされてるみたいで、少し怖くなる時がある。
凄い魔法使いというのは、誰もがそうなんだろうか。
エリンジ先生が凄い魔法使いである事には疑う余地もないけれど、ここには同じくらい、或いはそれ以上に凄い魔法使いが、恐らく幾人もいるのだろう。
例えば、今から会う校長先生とか。
「ねぇ、シャム。なんだか、凄いところに来ちゃったね」
僕は、本当に今更なんだけれど、胸の内に畏れと期待が混じり合った、複雑な感情を抱く。
シャムは呆れたように、ニャアと一つ鳴いてから、僕の頬を前脚で押した。
しっかりしろと、言わんばかりに。
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