第4話
「ようこそ、ウィルダージェスト魔法学校へ。キリクさん、我が校は貴方を歓迎いたします。それからシャムさん、もちろん貴方も」
エリンジ先生に案内された校長室で僕らを出迎えてくれたのは、上品で優しそうなお婆さんだった。
だけどこのウィルダージェスト魔法学校の校長、マダム・グローゼルといえば、国の王でも頭を下げる、最優の魔女と呼ばれる人物らしい。
何でも北の国を滅ぼし掛けた巨大な悪竜を、魔法で封印したんだとか。
でもこうして対面しても、そんな凄い人には、あまり見えない。
例えばエリンジ先生には、一目でも見れば、逆らうべきじゃない人だってわかる凄味がどことなく感じられるんだけれど、マダム・グローゼルは、我儘を言っても許してくれそうな、そんな柔らかな雰囲気があった。
まぁ魔法学校の校長ってだけで、ただ者じゃないのは間違いないから、余程に自分の凄さを隠すのが上手なんだろう。
「ありがとうございます。早く一人前の魔法使いになって、村に帰れるように頑張ります」
無難な挨拶を並べると、マダム・グローゼルの口元に微笑が浮かぶ。
あぁ、やっぱり怖い人かもしれない。
エリンジ先生のように内心を言い当てられてる訳じゃないのに、何だか見透かされてる感じがした。
「ボクの事も、受け入れてくれてありがとう。人の魔法には詳しくないから、どんな授業をしてるのかとても楽しみなんだ」
肩のシャムが、人の言葉でそう喋る。
エリンジ先生が滞在の許可を取る為に事情を話してるから、マダム・グローゼルはシャムがケット・シーである事を知っているのだ。
「えぇ、ケット・シーの方をお迎えできるのは本当に光栄だわ。貴方の目から見て、ここの授業がどう映るのか、また感想を教えてくださいな。あぁ、だけどこの学校の近くの森には、クー・シーもいますから、どうか喧嘩はなさらないでね」
シャムはマダム・グローゼルの言葉の最後の部分に、僅かに顔を顰めた。
ケット・シーの表情は、人には恐らく読み取り難いだろうが、付き合いの長い僕にはバレバレである。
ちなみにクー・シーというのは、犬の妖精だ。
別にケット・シーとクー・シーの仲が特別に悪いって事はないけれど、確か人にとっては割と危険な妖精だった筈だから、何でこんなところにいるんだって思ったんだろう。
……本当に、何で?
個人的には猫程ではないが、犬も結構好きだから、クー・シーは一度見たいけれど、流石に危ないか。
何しろ妖精の中には、人にとって危険な連中も少なくない。
というよりも、寧ろケット・シー程に友好的で害がない妖精の方が珍しいくらいだった。
妖精が人に悪意を抱いてはいなくても、両者の価値観や力には大きな隔たりがある。
些細な行動や、軽い悪戯、或いはそれが善意であったとしても、妖精は人を害しうるのだ。
例えばクー・シーの場合は、決まった領域を守っている事があり、そこに入り込んでしまった相手を襲って命を奪う。
その際、警告の吠え声を、ゆっくりと間を開けて三度発するので、三度目の吠え声が聞こえる前に遠くに去らねばならない。
多分、クー・シーが森にいるのは、そこを通ってウィルダージェスト魔法学校へとやって来ようとする侵入者に対する守りだと思う。
優れた魔法使いなら、妖精の行動原理を理解して、その力に対抗もできるから、友となって妖精の助力を借りられるのだと、エリンジ先生は言っていた。
実際、彼がケット・シーの村に辿り着いたのは、周囲の森に住む妖精と友好を結び、その助けを受けて結界を突破したからだ。
尤も、凄く苦労はしたみたいだけれども。
きっとマダム・グローゼル、ウィルダージェスト魔法学校の校長は、森に住むクー・シーの友なのだろう。
つまり僕も、この学校で優れた魔法使いになれたなら、クー・シーと仲良くなって触らせて貰える可能性は大いにある。
何ともやる気の湧く話じゃないか。
「今日は、そうね。今からなら基礎呪文学の授業に間に合うから、そちらを受けて頂戴。その授業が終わったら、寮に案内して貰うわね。エリンジ先生、お願いできる?」
校長の話といえば長いのが相場だが、マダム・グローゼルは違うらしい。
まぁ学校初日の生徒とはいえ、校長先生が一人の為に、長々と時間を取る訳がないか。
僕もエリンジ先生も、向けられた言葉にそれぞれ頷く。
「では私からは以上よ。キリクさん、困った事があったら私でも、他の先生でも、何でも相談して頂戴ね。貴方が楽しい学校生活を送れるように、祈ってるわ」
その言葉に背を押され、僕らは校長室を後にした。
校長室の扉は、マダム・グローゼルが視線を向けただけで勝手に開き、魔法の力を見せ付ける。
僕とシャムはエリンジ先生に連れられて、初等部の一年生が授業を受けるという教室を目指す。
道すがら、エリンジ先生は学校の事を色々と教えてくれる。
例えば、食事はこの校舎から少し離れた場所にある、寮の食堂で取るとか、学校の各所にあるトイレを使う際の注意事項とか。
初等部の一年生は僕を除いて三十人おり、同い年の子供が沢山いる教室の風景には、きっと驚くだろうとも言っていた。
でも正直、この学校の規模なら、もっと沢山の生徒が居るものだと思ったから、少し拍子抜けをしてしまう。
だって単純に計算すると、初等部は二学年だから六十人。
高等部は三つの科に分かれると言っても、総計は変わらないだろうから三学年で九十人。
大学はちょっとわからないけれど、学校全体で百五十から二百人程しか居ないって事になる。
方々から生徒を集めているとは言え、魔法の才能を持った子供は、やはり数少ないのだろうか。
あぁ、それから、大切な事だけれど、これから呪文を学ぶのだからと、魔法の発動体を、エリンジ先生から渡された。
魔法の発動体は、人が魔法を扱うのに必要になる物だ。
これを用いずに神秘的な現象、例えば炎を吐いたり、風を巻き起こしたりできる生き物は、魔法生物と呼ばれる。
なので妖精も、その定義に従えば魔法生物の一種になるだろう。
魔法の発動体には定まった形がある訳じゃなくて、エリンジ先生は常に身に付けている手袋がそうらしい。
ただ魔法使いの多くは、使い易い杖を好む事が多いそうで、僕が渡されたのも小さく短い杖だった。
長さは、そう、三十センチ程だろうか。
杖といえば歩行の補助に用いる物だが、この長さじゃとても地には届かない。
この類の杖は、
魔法の発動体としては、携帯性に優れ、尚且つ装身具を発動体とするよりも、魔法の扱いが易しいという。
材料となったのは、動き回る樹木、トレントの枝だとか。
トレントもまた魔法生物であり、魔法の発動体には基本的に、魔法生物の素材が使われるそうだ。
これまで、一ヵ月程だがエリンジ先生に色々と学び、魔法に関しても教えられたけれど、実際に使った事は一度もない。
だけど今、僕の手の中には魔法の発動体の短杖があって、魔法を振るう瞬間を待っている。
あぁ、流石にこれは、ちょっとばっかり興奮が抑え切れそうにない。
多分、緩んでしまってる僕の顔を、シャムの尻尾がぺしりと叩いた。
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