頑張れば報われるなんて常識


俺は今、最高に緊張している。

時間は8:25分。

あと数分で、これまでの努力の結果が形となって表れる。

そして、努力が無事実ったのであれば、あの念願の美志世恩高校に入学できる。


――――そう、受験期間を終えて、遂に合格発表日になったのだ。

発表時間は30分ごろ。


悪ガキ勉強会を立ち上げてから、はや4か月。

あれから一切解散することなく、チームワークで乗り切っていった……はず。

――まあ、癖有チームだから多少困り事はあったけど。

でも、誰しも真剣だったし、大丈夫だと信じたい。


蜜花から勧められた、美志世恩高校。

因みに、志望高校はあのころから一切変えなかった。

さらに面白い事に、悪ガキグループは皆同じ学校を受験していた。

……いや、これは本当に予想外だ。

建前としてみんな同じ学校にはいって仲良くしようと言ったものの、

俺としては勉強している間に自分の入りたい本当の高校をそれぞれ見つけてもらうことも視野に入れていた。


鶴奈「緊張しかしないし……どうしよう!!」


颯太「心配しなくとも多分受かってるっしょ」


渚「そーゆーの『フラグを立てる』って言うんだよ…?」


スマホの画面越しに騒がしい声が聞こえる。

今は、悪ガキグループで通話をしているのだ。

鶴奈以外全く緊張感が無いのが面白いな。

なぜ通話を繋いでいるかというと、後々に落ちたとか報告されても気まずいため。

すぐにでも自分の状況を報告しあう事によって、痛みを紛らわせようかという作戦。


……最近は学校の現地に行って、自分の番号を確認せずともスマホで自分の合否が分かるんだから不思議なものだ。

表現するのは難しいが、一言で済ますならば臨場感が無い、というところだろうか。


ちなみに、今年も美志世恩高校は人気だった。

試験の倍率は1.5倍 推薦は5.1倍

まあ、推薦は枠が極端に狭いからここまで上がってもしょうがないといったところか?

それでも十分高いな。

一応、試験の方も3人に1人は落ちるような計算になっている。

――やはり、全員合格は厳しいのではないだろうか?


「……お前ら、時間になった。合否を確認しようか」


拓斗が時間が来たことを告げる。

そして、俺らは一斉にウェブ上で合否の確認を行った。


「「「「「…………」」」」


不意に誰も喋らない空白の時間が生まれた。

合否の反応を誰も感覚でリアクションする人はいないらしい。

数秒経った後……


「僕、渚は合格しました」


最初に渚が自分が合格したことを告げた。

とりあえず、このグループで一番頭のいい人が受かったってことか。

当然だけど、なんだか安心した。

そして次々に合否の状況を発表する。


「俺、颯太も合格した」


「拓斗も落ちてないぜ」


普段から感情の起伏が見れない拓斗も今回ばかりは声のトーンが違った。

やっぱ、受験ってみんなを変えるよなー。

じゃあ、そろそろ俺の結果を発表するか。


「―――伊久磨も合格だな」


合格しました。

まあ、多分前世の知識無双だったと思うけど。

それでも、この県立問題は普通に難しかったし、内申も低かったからな。普通に緊張した。

内申の低さを表すと、

美志世恩高校から3ランクぐらい下げた高校が俺の内申での合格圏内だった。


――――さて、残るは鶴奈か……。


俺らのグループからしては内申はまあまあ良かったけど、当日点取れたのかが不安要素。

…一生懸命勉強していたことは知っていたから、本当に受かってほしいな。

全員合格という希望を持っている俺はスマホの持つ手が震えた。


「……鶴奈も合格したよ!全員合格だね!」


少しの沈黙。

そして次の瞬間、グループのみんなが一斉に口を開いた。


「全員合格まじかよ!」

「いやー、驚いたな」

「き、緊張した……!!」

「やっぱ俺等はやりゃあできるグループだな」


グループ中で嬉しさと安堵感が湧く。

数カ月間でこれまでに感じたこともないほどに全力で勉強に向かった姿勢。

それは無駄にはならなかったようだ。


「実感が湧かないな…。美志世恩高校に全員合格したのか……」


俺は無意識につぶやいていたようだ。

そうこう俯瞰気味の俺でもこの光景はあまり予想していなかった。

この高校は俺等にとっては偏差値が10から20上の高校。

誰か一人落ちてしまうことを予め視野に入れていたみたいだが、まさに今、俺は狐につままれたような感覚に陥っていた。

こいつらスペック高すぎるだろ……!!


その後も、それぞれの自慢話を俺に散々聞かされた。

どうでもいい話から、悪ガキグループでしか話せないようなグレーゾーンのお話。

ぐちゃぐちゃに会話が入り混じっていた。

まあ、極端にまとめて共通しているところを抜き取ると、

受験の重荷も降りたし遊びたいらしい。

……ん、まあ、県立テストを受けに行った帰り道からゲーセン寄ったけどな。

それでも、今はこれまでにない以上にはしゃいでる様子が見受けられる。


何言われても平坦で性格が読みにくかった拓斗でさえ、めちゃめちゃ嬉しそうな声のトーンになっていた。

――鶴奈は本当に受かっているのか不安になって、

高校のサイトで何度も自分の番号を確認しているらしい。

いや、合格の表示が出れば合格に決まっているだろ、なにを緊張しているんだが……。


まあ、それから電話を切って各自、入学手続きをしに家を出た。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「……」


緊張する登校初日。

やはりこれから一年間をともにするクラスメイトがどんな人かが気になってドキドキする。

―――喧嘩ではその場限りの関係だからそこまで緊張しなかったけどさ、

やっぱ、小学校中学校の席替えとかクラス替えとは全く違う雰囲気を感じ取っていた。


「ベア君とおんなじ組だよ!これからもよろしくね!」


で、俺の横には鶴奈がいる。

ちなみに通学路ではグループで登校していた。

でも、他のみんなは違う組だったからここで解散したのだった。

そして、鶴奈だけが俺と一緒に校舎の中を歩いてた。


「……結局、鶴奈としか同じクラスに成れなかったのか」


颯太、渚、拓斗は共に4組。

俺と鶴奈は5組。

運命の悪戯か、校長先生の悪戯か、俺等のグループは二等分にされてしまったのだ。

―――ん、まあいいけど??

だって、正直去年はクラスで俺一人だったからさ。

あのグループで同じクラスになってしまうと収集がつかなくなってしまうとかの理由で意図的に俺が他のクラスへ左遷されていたんだっけ?

だから、今年は一人でも同じクラスに入れて満足なのだ。


「べ、ベア君は私とクラスが一緒なのは気に入らないの??」


不安そうに聞いてくる鶴奈さん。

どうしたんだい?そんな申し訳無さそうな顔をして。

この前なんて礼すら言わずに「おいしー!!」って言いながら俺の血を飲んでいたじゃないか。

毎回、針で手に穴を開けている。月に一度ぐらいだけど、痛いのよ。

それに比べて同じクラスなだけで、そこまで鶴奈は過剰に反応するのか?


「いや、気に入らないなんて一言も言っていない、むしろ逆だ」


「……逆って、まさか……無関心なの?!」


ショックを受けているような表情で俺の顔を伺う。

最近はショートボブにしている鶴奈、そのせいか表情が前よりももっとはっきり捉えられるようになった。

美顔だったから前よりももっと垢抜けた明るさと可愛さを表に出している。

元々、目がパッチリしているからなのが原因かもしれないが……。


「どうやったらそんなさみしい解釈に行き着くのかが不思議だな」


「じゃあ、『同じクラスになって嬉しい』って言ってよ!」


「なんか積極的すぎないか??…いやちょっと、殴るなって」


「言うまで辞めないから」


暴力で解決しようとしちゃだめだよ。

遠回しな言い方すら、鶴奈に咎められてしまった。

片腕を俺の片腕に絡ませて、もう片方の手でポカポカと肩をたたいている感じ。

はたから見れば関係を誤解されそうだな……、


「あーわかった、わかった。言うから」


俺が悪役ポジションだって言うのに鶴奈にはずっと振り回されているなー。

ずっと同じグループでつるんでいる奴だから、別に悪い気はしない。

でも拓斗とかに同じことしたら鉄拳が飛んでくるだろう。

喧嘩っ早くて器超狭いし。

他の人にもそうやって引っ付いているとぶん殴られるぞ!とか注意しないと。


「……」


鶴奈は立ち止まって俺の言葉を待っていた。


「きっと鶴奈も同じだろうけど、俺めっちゃ不安で緊張しているんだわ。

だからこそ、心を許せる友達が同じクラスにいて、俺は嬉しい」


率直に述べた感想。

それを聞いて、鶴奈はどう思ってんのかな?

まさか、散々に強請ねだっておいて、「キッモ」とか言わないよな??

嫌な方向性にしか意識を伸ばさない俺、流石歪んだ家庭で育っただけあるな。


「……わ、私も同じ!嬉しいよ!!」


ワチャワチャと騒がしくなる鶴奈。

本当に何を考えているのか分からない。

これだけの言葉で一喜一憂してさ――

……んー、でも前世の記憶を手繰ると……

恋愛感情??を持っているっぽい仕草しているんだよな。

前世で彼女を作りたいがために、そういう本を読んだことがある。


まあ、思い違いかな。

思い違いではなかったらそれはそれで嬉しいんだけど。

……やっぱ悪友グループの奴は心が読めない。


「……なんだかそういうの想像したら気まずいな……」


「どうしたのベア君??」


「……いや、なんでもない」


「……」


「そ、それよりも同じ中学校から来ている生徒は他にいるのか気になるよな!」


自ら和やかな空気を乱しそうになって、あえて話題を変えてみた。

やっぱ登校初日からこんな野蛮な話はするもんじゃないよな。

ただただ、鶴奈は純粋な心で俺に『同じクラスは嬉しい?』と聞いたことに違いない。


俺はカバンからクラスメイトの名前が書いてあるプリントを取り出した。

これは校門で配られていたものだ。

自分のクラスを確認できていたのでカバンに投げ込んだが、もう一度使う機会が現れたようだな。


「別に、私は気にならない……」


「でも一応、クラスの奴の名前とか覚えといたほうがいいだろ?」


「それは……私も必要だと思った」


なんでも笑って答えてくれる鶴奈。

今回だってこんな雑な話題で盛り上がれると思った。


しかし現実は違った。

全く逆の結果となり、鶴奈の目の色が暗くなった。

あまりの感情の落差にもちろん、俺はそのことに気付く。


踏み込んではいけない話題に転じてしまった……。


しかし、俺は鶴奈がこの話題で落ち込む要因が分からないため困惑していた。

会話から探るに、クラスの人と距離を置きたいわけではないようだ。

しかも、ここの生徒は皆お互いを認め合うという良生徒の集まり。

不安は無いはず。

だからこそ、鶴奈の考えていることが分からずにいる。


「鶴奈、一体何を気にして暗くなっているんだ?」


俺は下を向きかけた鶴奈の顔を覗き込む。


するとしばらくたって、顔を上げた鶴奈はボソボソと口を開いた。

だが、心ここにあらずのような感じであった。

多分、鶴奈の目は全く別の方向を見ている。


「……同じクラスに美紅がいるの」


しかし声が小さすぎるせいか聞こえない。

もう一度聞こうとせがむか、あえて無視しておくか

もしかしたら本当に言いたくない自分の事情があるのかもしれないと考え始めた。

その時、目の前の鶴奈の姿が揺らぐ。


「ん、いつものね」


そして不意に体全体に温かい感触がしたのだ。

自然なものではない。

四月の肌寒い季節に、こんな温かみは感じないだろう。

少し放心状態で上を見上げていたが、俺は視線を下に落とす。

するとそこには、抱き着いている鶴奈の姿がそこにあった。


顔は横を向いており、さらに服で隠れているため全く見えない。

ただ声と、腕にかかる生暖かい息だけを感じる。

もちろん、嬉しさよりも驚きの方が強かった。

逆にここで全力で喜べる猛者はいる訳ないだろう。


逆に困惑の感情でいっぱいいっぱいだった。


「いつものって……どういうことだ??」


抱きしめられている状態で答える。

しかし鶴奈はまるで抱きしめ返さない事に不服を立てているのかというように、

無言で俺の足を軽く踏みつけていた。


……情緒が読み取れないな……。緊張しているのか?

ってか周りの目を気にするのを忘れてたな。


一旦、鶴奈の事は手で背中をポンポンと叩いて、

情緒を安定させるのを待つ。

そうしながら、俺は周囲を見た。


もちろん、そこには見ず知らずの沢山の生徒が登校していた。

この奇妙な光景に笑っているものや、驚いているもの。

中にはもちろん無関心な人もいた。

しかし俺の目はある人を捉えて、止まった。

それと同時に思考も停止しかける。


周囲は微笑ましいような笑みを浮かべていたが、その人物だけは違った。

まるで激動しそうな感情を押し殺したような笑みを浮かべていた。

目のハイライトは完全に濁っていた。


「か、かんざき……」


……ほとんど真後ろに居た人物。

相も変わらずロングヘアに清楚を思わせるかのような制服の着こなし。

現実に無い、まるで絵の中から飛び出してきたようなほど周囲よりも抜きんでている美貌。

――――同じ委員会に所属していた。そして俺が過去に泣かせた一人の少女。

そこには、神崎美紅が立っていた。
















~~作者より~~~


運命は主人公を逃がさない。がんば、伊久磨君。

誤字脱字や分かりずらい表現の報告を待っています。

普通の応援コメントも待っています。


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