君を知らない



神崎は俺の方を真っすぐ向いて話した。

一応、俺はこの体に転生してまだ中途半端な記憶しか引き出せていないのは事実。

でもこれは記憶喪失の部類に含まれるのだろうか。


―――多分だけど、神崎にとっては俺は記憶喪失に該当するだろうな。

再生されている断片的な部分でしか判断せずに神崎に接している。

相手からしてみれば、最近の俺の行動が妙なのは当たり前だ。

でも、簡単に頷けない。

最低な事をしたうえで、それをすっかり忘れてしまったなどという事は

彼女にとってさらに傷になってしまうのではないかという……。

簡単な例としては、いじめる側はすぐ忘れる。いじめられた側は一生忘れない。


「記憶喪失だと?俺を馬鹿にしているようにしか思えないな」


攻撃的で曖昧な回答しか答えない。

いや、答えられるわけ無いでしょ。

俺ははまるで質問の意図を全く無視して冷たく言葉を言い放った。


「ごめん、変な事聞いて」


すると神崎の方が俯いて小さな声で謝罪をしてきた。

――本当に今の状況は胸が痛い。

ずっと傷ついている神崎の方が常に俺に対して下手で接している。

そして、神崎は俺の表情をちらっと確認すると顔をそむけた。

お互いに緊張感が漂う。

あー学習委員なんて真面目に仕事来るんじゃなかった。

どうしてこんな攻撃的な返ししかできないんだよ!!

結局こういう事の積み重ねで、神崎は病むんだと思う。


や、やばいから取り敢えず先ほどの自分の言葉を否定しないと!

俺はこれから伊久磨の体で一生、反射的に答えることを辞めようと思った。


「……やっぱ、馬鹿だとは思わない……な」


「え?伊久磨君どういうことなの?」


プークスクス、神崎のことを馬鹿だとは思わないんだって。

さっきまでの言葉との温度差に笑いが込み上げてくるわ。

俺はコミュ障だったのかもしれない!


「いや、その心配とかそういう部類だろ?」


更に言葉を重ねる。

でもなぜだろう?

説明をつけ足せば付け足すほど自分が恥ずかしくなってくるのだ。

心配して質問してきた……いや、自己中の考え方すぎる。


「え…、うん。なんか伊久磨君…フニャフニャになった?」


先ほどの気弱な神崎と打って変わって、

今は小動物でも見るような眼差しと、赤くなった顔が伺える。

どうやら口元は手で覆っていたが、彼女の手が少し笑って震えているせいかうまく隠しきれていない。

俺には笑っている口元がハッキリ見えた。

もっと恥ずかしくなってきたわ、てかフニャフニャってなんだよ!!


「……フニャフニャにはなった覚えはないな」


「でも、いつもの伊久磨君は素直じゃないから今はフニャフニャなのよ」


「素直ではないってどこ目線だよ」


「」


なんか神崎って気を落としたり俺を揶揄ったり大変だな。

俺はさらに伊久磨と神崎との関係に疑問を持ち始めた頃でもあった。

そのあと盛り上がってはいないもののポツポツと会話を交わし――


そして数分後、俺が仕事を終えたのを確認すると神崎は職員室に報告しに行った。

その間、玄関で一人で俺は待機していた。

俺が望んでいることではなく、神崎がステイと言ったから待っている。

いや、犬かよ。


とやかく仕事は終わった。

帰ってゲームしたいなーって、電気代高くてあまりできないけどw

夕食をどうするかを考えるべきか…。

そういえば服も洗ってないな。てか、そろそろ洗剤枯渇しそうなんだっけ?


そんな事考えているといつの間にかスタスタと足音が聞こえた。

振り向くと、そこには……傘を持っている神崎が居た。


「ん?その傘どうしたんだ?」


俺はその傘を指さして神崎に言う。

すると、彼女は笑いながら


「今日は予報で雨降るから持ってきたの。伊久磨君はどうせ持ってないかなーって思って」


雨が降る?

まあ、俺は雨が降るとは思っていなかったから傘は持っていないが…

さっきまで空を見ても雨が降っている様子は無かったんだけどな?


「いつから降るんだ?」


「多分、今から降るわよ」


え?まじ?

そう思ったのもつかの間、これまで校舎で隠れていた方の空から黒雲が現れた。

そして、少し強めな雨が降り出し始める。


「うわー、最悪だ。ずぶ濡れ覚悟しねえと……」


教科書どうしようか?などといろいろ頭に浮かんだが、すぐに神崎によって言葉を遮られた。


「大丈夫。一緒の傘に入って帰ればいいのよ。そうすれば濡れないから」


神崎は傘を広げ、伊久磨に対して手招きをした。

相合傘をすれば俺はずぶ濡れにならずに済むらしい。らしい。

……らしいな……。


カレシさんとするものでは?

いや、別に俺はいいんだよ。

でも何がダメかって?カレシいるじゃん神崎は。

しかも、最低な事をした俺が一緒の傘に入れるほどの器を持っていない。

無理無理~色々アウトだよ!


「いやずぶ濡れでもいい。一人で帰らせてもらう」


俺はカバンからタオルを取り出し、それを頭の上で広げて雨の中を走り出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ここは悪ガキグループが愛用するカラオケである。

今日は全ルーム満員だったが、渚が店長に交渉した結果、他の客の予約席をその時間まで自由に使えることになった。


「ベア君がいない。」


「そうだね」


「ベア君がいないとつまらないんだけど!!」


「あー俺も同意だわ」


「まあ、くまさんは忙しいみたいだし…それはしょうがないよ」


そこで鶴奈は伊久磨が居ないことに対してとても腹を立てていた。

渚はそれを牽制していた。

さらに、颯太もつまらなそうな表情をしていた。


「まあ、鶴奈は伊久磨しゅきしゅきだから仕方ねえか」


「っ!ちょ、颯太!!」


拓斗は鶴奈を揶揄う様子を見せる。

すると、鶴奈は顔が真っ赤になった、いまにも頭の上から蒸気が噴き出そうなほどだ。


「おもれーな。鶴熊コンビはいつでも健在ってか」


颯太が話に乗ってくる。

男女の関係が絡む話になると途端に興味を示してくるのが颯太の性格だ。


「まあ、ベア君は最近、神崎に興味をしめしているから取られるかもしれないね

今日も委員会の仕事でベッタリだと思うよ?」


「彼氏いるのに神崎の伊久磨に対するあの反応はおもしろいよね」


渚が意地悪く鶴奈の心を揺らそうとした。

さて、気になる鶴奈の反応は??


「うー!!だったら無理!!あの女に取られるのは嫌だよー!!」


効果は抜群だ!

鶴奈は見悶え始めた。

一見、伊久磨の前では冷静だが、陰でコソコソ燃え上がっているタイプらしい。

続けて、


「ベア君が一番美味しいから本当に取られたくない……」


こう鶴奈は嘆いていた。

その発言に渚一同は苦笑する。

そう、彼女がサイコパスと言われる理由の一つにカニバリズムであることが挙げられた。

自分のその症状に気付いたのは5歳の時、男子が鶴奈の大切なペンを折った時に、

怒りの衝動で男子の腕にかみついたらしい。

そしたら案外美味しかっただとか……

それから鶴奈はこれまで生きていた中で人を見て美味しそうだと感じたことが幾度もある。

ちなみに彼女は一応この事をひた隠しにしているが、周囲に結構バレている。

なにせ鶴奈は血を見るだけで相当興奮するからだ。誰が見ても分かるほどに。


鶴奈曰く、人は見かけでもまあまあ美味しそうだけど耐えられる。

でも、血に関しては生々しすぎて食欲が抑えることが困難らしい。


だから前にも述べた通り、鶴奈は拓斗や伊久磨の喧嘩には必ず付いてくる。

そして、喧嘩している背後でウットリと色々なものを眺めているのだ。


しかも、伊久磨はさらに特別で、鶴奈に直接血を飲ませてもらっているらしい。

因みにほかの悪ガキメンバーは一応鶴奈に全員の血飲ませてみた。

そのなかで、伊久磨のが一番美味しかったため彼女は彼に執着しているのだ。

この悪ガキグループではカニバリズムである彼女も心から迎え入れられているため珍しい。


「そんな血っておいしいのか?」


颯太が疑問を投げかける。


「ファンタグレープと同じくらい美味しい」


「―――いっぺん飲んでみようかな?いや、体液は不味かったな。多分、後悔しかしねえからやめておくわ」


鶴奈の言葉に乗っけられそうになるも、これまでの事を振り返って颯太は思いとどまる。

颯太は謎に人の体液の味を知っているようだ。


「血以外の体液は美味しくないと思うけど、唇辺りとかは絶対美味しい!!」


「鶴奈、一旦その話はやめようか」


話の論点がグレーゾーンから逸脱する前に渚がストップをかけた。

渚としてもつまらない話を永遠に聞かされるなんてたまったものではない。

もちろん拓斗もあくびをしながら聞いていたようだし、すぐに話は別の話題へと変わっていった……

―――――そして、一時間ぐらいが経過した時


「そろそろお開きにすっか……」


颯太がのっそりと席を立ち、帰る支度を始める。

そして他のメンバーも帰る準備を始めた。

一見するとただ解散して帰宅するだけの光景だが時間はまだ午後5:00。

誰一人としてまだ遊びたいなどと叫ぶ人が居なかった。

これは異様である。

なにせ、この子達は普段は夜の8時くらいまでは平気で店を渡り歩くような性格だ。

要するに【夜遊び】という危険な行為に快感を覚えて仄暗い闇をぎゃはぎゃはと

さ迷い歩くグループであった。


しかし、今日に限っては誰一人として遅い時間まで残ろうとしている人はいない。

一体なぜか?

すると、何気なく渚は颯太に言葉を返した。


「まあ、伊久磨君の言っていた事に従ったほうがいいよね。くまさん起怒ると怖いし」


そう、これは伊久磨の何気ない一言が、このグループを動かしたのだ。

「夜は危ないから早く帰れ」

まるで大人から子供へ受けるありがちな文句のようだ。

しかし、その一言でさえも、

この悪ガキグループに所属している拓斗達は真摯に受け止めていた。

理由は簡単、このグループを作ったのは他の誰でもない、伊久磨だからだ。


渚は伊久磨にとてつもないほどに興味を持っている。

颯太は伊久磨に何度も助けられた過去がある。

拓斗は伊久磨に何度もお得意の喧嘩で負けたため無意識に敬っている。

いじめを受けていた鶴奈を初めて仲間だと認めたのは伊久磨である。


「不幸とかに対して伊久磨は妙に感がいいからさー。

止められたうえで今日夜遊びするなんて命とりだもんなあ~」


拓斗は颯太を見ながら苦笑した。

どうやら、伊久磨は神聖なものであるというのがこのグループの常識らしい。

もちろん、この事を彼自身は知らない。

創設理由は、

ただ自分と合う仲間を寄せ集めたグループで悪い事を共有したかっただけだ。

しかし、典型的な悪は物語で必ずどこかで成敗される時がくる。

もしくは悪が全てを支配する時がくるだろう。


個々だから弱かったものの、集団にしてしまったら悪ガキグループの暴走を止められるものは居ない。

このことが原因で更にこの物語を悪い方向へ加速させていくことは誰も知る由が無い。






~~~~~~~~~神崎美紅SIDE~~~~~~~~~



あ……伊久磨君先に帰っちゃった……。

伊久磨君が大雨の中、そそくさと帰っちゃった後、私は一人呆然と校舎で突っ立っていた。

傘はもちろんあるからいつでも帰ることはできるわ。

でも、私はずっと放心状態だった。

思っていることはただ一つ。


―――なにか私……伊久磨君に嫌われることしちゃったのかな?


不安感と焦土感が私の心をえぐる。

寒いはずなのに目頭がずっと熱い……。


いや私はすでに気付いていた。

嫌われることをしたのは彼の行動のせいではないことを。

全部全部、私が彼に重い荷物を背負わせてしまったのだ。


「私って……やっぱ最低だったのね」


傘を握る手の力が強くなり、

顔を俯かせた。


すると今日の私自身の行動が止めどもなく流れ出てきた。

――学習委員に所属していると嘘を言って、伊久磨君を束縛したこと。

――過去の辛い出来事を何回も思い出させてしまった事。


もともと、こんな嘘をつくつもりはなかった。

でも、彼が隣の子だけに笑顔を見せることに腹が立ってしまった。

なんで私の前では悲壮感の交えた表情しかしないの!!って……

独占したい……私の前でもっと笑ってよ……。


委員の編成が変わった頃から伊久磨君は登校していなかったし

簡単に騙せてしまった、

でも、仕事を疑わずに素直に受け入れてくれるのが苦しかった。

もし彼が私の嘘に気付いたら、もっと嫌いになるだろう。


だって彼は自分なりに頑張って私と接しようとしてくれているもの。

でもここで私が彼を騙してはいけないわ。

歪がうまれるから、そして関係が壊れてしまうから。


「あの時はもっと伊久磨君を困らせた。

……こんな最低な女に性行為を懇願されたって伊久磨君は断るわよね…。

いまなら彼の真意が分かった気がするわ―――」


過去の事と交えて、言葉がどんどん溢れてやまない。

幸い雨のため周囲に音は聞こえないし誰も居ない。

だから普段学校では見せない私自身の弱さを吐き出していた。


ヴィ―ン


不意にケータイが振動した。

「ガラケーなら持ち込んでも良い」なんて規則に則った持ち込み。

私は泣きながら震える指で画面を開く。


『今日は誰となにしたか報告プリーズ!☆♡(^^♪』


まるで「監視をしています」かのようなメールの文章だった。

詳細を見なくても私はすぐに送られた先が誰だが気付く。

私の彼氏である庄田しょうただった。


『報告は絶対だからね?小学生の時の君も「カップルは全部報告は鉄則」っていたからさ。昔から僕に素直だったから承知はしているはずだけど……』


まるで洗脳でもしてくるような文章。

普通の人だったら無視して当然よね。

……でも私だけは素直に受け止めるしかなかった。


『今日は学習委員の仕事を伊久磨君とずっとしていました。帰りは一人です』


こう打ち込んですぐに送信した。

従うしかなかった……だって、私は知らないから。

私は知らない、自分事を。

だって、私は完全な記憶喪失だから。

中一以上からは記憶はあるが、それ以下はすべてさっぱりと抜けてしまっている。


唯一、過去を知っている庄田からは離れることが出来なかった。

例え偽物の過去だったとしても、その上で今の私が成り立っている。

もし、私の過去を知っている人が居なかったら――もう何もできないから。

疲れたせいで庄田を疑う事もできない。


「また私が弱くなっちゃった……」


庄田を見ててもなんとも思わないが、伊久磨君を見てるとドキドキしてくる。

私の直感が伊久磨君を離しちゃだめだと何度も叫んでいる。

でも、何も決められない、傷付けることしかできない私に手に入れられるものは一つも無い。














~~~~作者より~~~~

分かりずらい表現、誤字脱字の報告を待っています。

ギフトありがとうございます。

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